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69.攫われたメイド

 

「……なさい」


 誰かの声が聴こえる。

 俺を呼ぶのは誰だ? 

 よく聞こえなかったせいか、声の正体が誰か分からない。

 ただ目覚めなければならないというのは明確に理解してる。


「起きなさい! ジークっ!」


 紛れもない魔女の怒声に俺は飛び跳ねるように起き上がった。

 そして何が有ったのか直前までの記憶を探り……今すぐ俺自信を殴りたい衝動に駆られた!

 いや、それよりもミルフィは無事なのか!?

 俺が辺りを見渡せども湖に居るのは、魔女とウェンダム。そして様子を見守る妖精達の姿だけで……そこにミルフィの姿は無かった。


「ミルフィは!?」


「貴方が気絶してる間にあの子は連れ攫われたわよ」


 俺が気絶してる間に……クソッ! あんな露出女の素肌で気絶した俺が憎らしい!  

 違う。今は後悔よりも先にミルフィを助け出す方が先決だ。

 きっと魔女ならミルフィの居場所を特定してるはず。

 そんな淡い希望に俺は魔女の両肩を掴み問うた。


「行き先は!」


 冷静になるべきところが、俺は自分が思っているよりも焦っていたらしい。


「落ち着きなさい! 貴方が取り乱したところでミルフィは助けられないわよ……それに私とウェンダムも悔しいのよ」


 魔女は確かにそう言って悔しそうに下唇を噛み締めていた。

 そうだ。昔馴染みの魔女とウェンダムがこの状況で一番辛いはず。

 なのに俺は……護れる位置に居たにも関わらず気絶した! 

 だが、魔女の言う通り冷静さを掻いてはダメだ。

 俺は昂った感情を抑え込むべくゆっくりと深呼吸を繰り返し、比較的頭の熱が冷めた頃。


「すまなかった。それで連中の行先はミルデア王国と仮定するが?」


「えぇ、その通りよ。けどミルフィを連れ去った露出女は未だ南の関所には到着していないわ。だからと言って余裕が有る訳でもないけど」


「それはミルフィの命が関わっているということか?」


「それは無いだろうな。ミルデア王国の情勢、特に真新しい事件と言えば、ゲラルド王による大臣の失脚と数名の貴族の爵位剥奪が新しい」


 ウェンダムが言った事件に関しては俺も聞き及んでいたし、だからこそ今回訪れる商隊に紛れ込んだ不貞の輩に注意もしていた。

 そこでミルフィの確保となれば連中の目的もある程度絞られるな。


「つまり露出女を雇った何者か……まぁ大臣なのだろうが、そいつがミルフィを利用してゲラルド王に報復行動に出ると?」


「そんなところだろう。しかし肝心のミルフィの居場所はハヤテが空から捜索しておるがまだ見付からん」


 広い高原の何処かに潜伏したとなれば、頭数が少ない俺達では捜し出すのは困難か。

 南の関所を見張る……これも別ルートからミルデア王国に帰還される恐れも有るな。

 ……そういえばミルフィは関所を経由せず、転移魔術で送られたと言っていたな。

 嫌な予感がする。


「魔女よ、占星術で居場所を特定できぬか? それか連中の仲間を捕縛しているなら話しは別だが」


「二人なら捕縛してるわよ。一応村に潜入した人数は三人だけって情報は吐かせたけど……肝心の合流場所に着いては何も話さないわ」


「どんな尋問に対してもか? いや、魔女の読心術ならば可能なのでは?」


「連中の心の中は、女の裸体ばかりの変態野郎よ」


 もしも件の男共を捕縛してなかったらと思うと背筋が凍る思いだ。

 しかし如何なる尋問に屈さないのか……少々手荒な真似では有るが大事なメイドのためだ、俺は悪魔にでもなってやろうじゃあないか。


「ならば尋問はわたしがやろう。連中は何処に居る?」


「……また剣一本がダメになるのか」


「いや、それはダイクンに恨まれるからな。もっと単純で明確な方法だ」


「何を考えてるのかは分からないけど、殺しは駄目よ。貴方があの子の為に手を汚したと知られたら、あの子はきっと立ち直れなくなるわ」


「無論殺しもしないさ」


 俺の言葉に魔女とウェンダムは互いに顔を見合わせ、やがて信頼されたのか二人は頷き合った。


「連中はこっちに拘束しておる。今回は森に手を出そうとしたからのう、妖精や森の怒りを買ってもいる」


 そう言いながら案内するウェンダムに着いて歩く。

 湖から西に少し歩いた場所に有る大木に到着すると例の二人組の男が蔓の枝によって縛り上げられていた。

 俺は二人が見守る中、ゆっくりと彼等に近寄り、


「二度は言わん。黙ってわたしに貴様らの合流場所を吐け」


「けっ! リーダーの大胆な服装に気絶した野郎の交渉なんざ受けたくないね!」


「だいたい情報を吐いた所で命の保証もしないんじゃあなぁ。それともあのメイドか背後に居る女で愉しませてくれるのか?」


 ほう? 中々小物臭が漂う物言いではないか。どうにもコイツらは自分の立場が対等に有ると見ているようだ。

 普段の俺なら冗談で返したが、生憎とコイツのは冗談では済まされないな。

 だから俺は有無を言わさず、地面を()()力を込めて踏み付けたのも仕方ないこと。

 その際に森全体に地響きが生じたが、これも仕方ないことだ。


「次はわたしの拳が貴様を完膚なきまでに粉砕する」


 敢えて握り拳を作って見せると二人組は、面白いほどに顔を青ざめさせ全身を震わせていた。


「……ウェンダム、私は魔女としての誇りが有ると自負してるわ。けれど魔術も無しに地鳴りを引き起こされた日には……」


「エリカ殿、気をしっかり保つのだ!」


 背後が少し煩いが俺は敢えて二人を無視して、拳を振り上げた。

 すると二人組は、


「じょ、冗談キツいですぜっ! アニキ!」


「そ、そうっすよ! もう無償で何でも喋っちゃいますよアニキ!」


「「だから殺さないで!!」」


 下手に出ては涙目で命乞いをした。


「ならば速く話せ!」


 少しだけ怒気を込めたのがいけなかったのか、二人組は泡を吹いて気絶してしまった……おいっ! まだ情報を吐いてないが!?


「責めて気絶するなら情報を吐いてからにしろ!」


「ジーク殿の威圧一つで気を失ったようだな。なんと恐ろしき威圧よ」


「確かに恐ろしいわね。でもこれならある意味ミルフィを任せられるわ……女性恐怖症が無ければだけど!」


「ぐっ! 魔女よ、今はそんな事を言ってる場合では無いのだぞ」


 しかし、どうする? 貴重な情報源が気絶してしまっては、ミルフィの居場所がわからぬでは無いかっ!

 俺が心底困っていると突如背後から、


「お困りのようですね」


 物腰が丁寧な口調、それでいて透き通るような冷静な声が響いた。

 思わずミルフィが自力で帰って来たのかと振り向くと、そこに居たのは、黒みのかかった青髪で無表情を浮かべたメイドの女性が居た。

 いや、誰だ? 彼女に魔女とウェンダムが心底驚いている様子だが、二人の知り合いか?


「久しぶりですね、エリカ、ウェンダム」


「クラリス!! いつコネクト村に来たのよ」


「今日です」


「今日? それにしては其方を一度も見掛けなかったが?」


「娘と再会するのが恥ずかしくて隠れてました」


 ふむ? いまクラリスは娘と言ったか、彼女は誰の母親だ?


「あぁ、申し遅れましたリンデバルド様……私はミルデア城のメイド長を務めるクラリスです。いつも()()()のミルフィがお世話になってます」


 そう言ってクラリスは優雅に一礼して見せた。

 彼女のその動作が、ミルフィと重なって見えたのは気のせいじゃないのかもしれない。


「クラリス? ミルフィは()()の娘でしょ?」


「おっと、これはうっかり。……時にミルフィの居場所でしたね。あの子の居場所なら超優秀メイドの私が既に把握済みです」


 無表情でアホぽっさ丸出しの言動とは……やはりミルフィの親。いや、育ての親の一人か。

 そもそもクラリスは信じていいのか? 言動からして不安要素しか感じられないんだが。


「安心してジーク。クラリスは超絶優秀なメイドよ」


「魔女がそう言うなら信じよう」


「リンデバルド様、ありがとうございます。先ず例の露出女の潜伏先は村から南東に位置する高台に在る洞窟です」


 クラリスが俺達に告げた場所は、既にミルフィが一度行った事の有る場所だった。


「ふむ。そこは確か以前ウルスラグナ団が宝箱を隠していた場所だな」


「そうね。ウチのアホ使い魔が守護していた洞窟ね」


「話を続けます。大臣の雇った魔術師集団による転移術が明日発動すると情報も掴んでいます」


「時間的猶予は有るわね。ジーク、あの子を助けたいのでしょう?」


 魔女に挑発的な視線を向け、俺は強く頷いた。


「当然だ。ミルフィはわたしが気絶しなければ捕まる事は無かった……だから彼女の救出はわたしの成すべき事だ」


 改めてそう伝えるとクラリスが俺に、


「森の出口に馬をご用意しておきました。リンデバルド様、どうか私達の娘をお願いします」


 そう伝えた。

 大事な義理の娘を任された以上、俺は何としてもミルフィを救出せねばな。

 そう決意を新たなに俺は森の出口まで駆け出した。


 ▽ ▽ ▽


 クラリスが用意した黒馬に乗馬した俺は、馬を走らせ例の洞窟まで向かった。

 長距離移動に適したスタミナと速度を兼ね揃えた馬なのか、村から高原の高台の洞窟まであっという間だった。


「帰りも頼むぞ」


 降りてから馬に伝えると、彼はただ尻尾を揺らすばかりで反応を返す事は無かった。

 無口なヤツめ、っと内心で苦笑しながら俺は洞窟に踏み込んだ。


 中は灯された燭台によって照らされ、一定の明るさを保っているな。

 ならばこのまま一気に最奥まで目指す!

 俺は足にグッと力を入れ、地面が凹む勢いで踏み抜く。

 そして一気に駆け出しては、最奥に向けて一直線に走り出した。

 道中で仕掛けられた罠が作動したが、天井から降り注ぐ槍? 岩? 壁から噴き出す炎の息吹? その程度で俺が傷付くと思うなよ!

 俺は罠を強靭な肉体で強引に突破して行く。

 ……罠を仕掛けていたとなると、事前にこの場所に目星を付けていた事になるな。

 だが、ミルフィの話では洞窟に燭台は無かったと記憶しているが……商隊到着以前から潜伏先として手を入れていた?

 転移魔術ならば俺達に悟られず洞窟を改良しながら行き来することも可能か。

 そんな答えを導き出すと最奥の扉に辿り着く。

 すると扉越しから、


『ごめなさい、ごめなさい、ごめんなさい!」


 女性の泣き叫ぶ声に思わず扉を破ったのは無理もない。

 そして俺は洞窟の最奥で行われていた惨劇を前に……言葉を失っていた。


「ふんっ! このミルフィちゃんを捕らえようとするなんて10年速いんですよ! 露出で旦那さまを誘惑しようだなんて、そんなの許しませんよ!」


 縄で雁字搦めに縛られ、天井から吊り下げられた露出女に対して……ミルフィが彼女を擽り棒で攻める姿が俺の前で行われていた。

 ……えっ? 俺の心配は? ミルフィの危機を心配した俺のこの気持ちはどうなる?

 あれ、無事ならそれで良いのか? いや、良いんだな。

 ……あるぇぇ〜??


「あぁ! 旦那さまだぁ〜」


 俺に気が付いたミルフィが、顔を真っ赤にして駆け寄って来た。

 彼女の表情は頬に熱が帯びているせいか色っぽく見えるのは気のせいだと思いたい!

 正直言ってミルフィから感じる違和感に困惑を隠せない!


「どうしたんですかぁ〜?」


 いつもと違った間延びした口調で、なぜかミルフィは甘えるように……そう、まるで猫のように頭を身体に擦り寄せて来るではないか。

 何だろう? 若干嬉しいような、役得のような……って、違う! 


「お、おい? なぜ頭を擦り寄せて来るのだ?」


 どう考えても普段の彼女からすれば有り得ない行動だ。

 それにやはり様子が可笑しい。

 ミルフィに何が有ったのか、俺は吊るされた露出女に視線を向ける。


「この子に何をした?」


「……なにをそれたのはこっち」


「喧しいわ! ミルフィの様子が可笑しいんだ」


 俺が露出女に尋ねると、ミルフィの腕が視界の端から伸ばされ……っ!?


「何処見てるですかぁ〜? 私だけを見てよ」


 なんだ、この可愛い生物は?

 抱き締めても良いか? いや、良い訳が無い!


「おい! 抱き付くでない!」


「えへへっ、旦那さま暖かあぃ」


 これは異常だ。それに彼女の身体が妙に汗ばんでいるような?

 汗ばむ? そういえば、今日のミルフィはあまり顔色が優れなかったな……っ!


「まさか、風邪を引いてるのか?」


「そのまさか。彼女は風邪で思考回路がおかしくなってる」


 露出女の発言に俺は思わず頭を抑えた。

 これもミルフィの体調不良に気付かなかった俺の失態だ!

 俺はふらつく彼女の額を触れた。

 掌に感じる高温、これは明らかに酷い発熱を引き起こしているのは明白だ。同時に俺の中で最悪の結果が頭に浮かぶ。

 昔、俺とエリオを養うために無理をして身体を壊した母さんの死が重なって見えてしまう。

 母さんも仕事で無理をして……病気と過労が祟ってそのまま目覚める事は無かった。

 ミルフィも母さんと同じように? 

 そう考えた俺の行動は自分でも驚くほど躊躇もなく迅速だった。

 ミルフィを抱きかかえ、洞窟の出口を目指す。その際露出女が、


「放置? 放置プレイなんて……っ!」


 若干熱の篭った声で叫んだ無視だ。

 それから外に出た俺はミルフィを抱えたまま馬に乗馬して、魔女の自宅を目指したのだった。

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