67.メイドとデート?
朝、いつものようにベッドから起き上がる私に違和感が襲う。
なんだか、少しだけ身体が怠くて頭がぼーっとしている?
もしかして私はやっちまったのでしょうか。いえ、私は超優秀メイドですから風邪なんて引く訳がないです。
きっと身体が怠いのも気のせいですね、それに馬鹿は風邪引かない!
心で思っていて少しだけ悲しくなった私は、気を取り直してメイド服に着替えて朝食の準備に取り掛かりました。
▽ ▽ ▽
朝食を食べ終えた私は、今度はメイド服から昨日買ったばかりの洋服に着替えてからジークが待つコネクト村に出掛けました。
既に商人たちが到着して村のあちこちで露店が建てられる光景に、感動と同時にジークに対する疑問が芽生えていました。
如何して一緒に行くという選択は無かったのでしょうか? 男性が考えるデートプランってちょっと分からないです。
いえ、誘う相手が同じ屋根の下だからでしょうか? まぁ、何にせよジークを待たせるわけには行きませんね。
急足でジークと待ち合わせした宿酒場ウルスラグナに向かう道すがら、
「あれ? もしかしてメイドかい!?」
声の方向に振り向くとエリオがそこに居ました。
「おや、五日程前に帰ったばかりですが無事に合流できたんですね」
「そりゃあガッシュが率いる商人の通行ルートを設定したのは俺と兄貴だからな」
そういえばそうだった。
私は一人納得していると……むむ、何だか奇妙な視線をエリオから感じますね。
「……驚いたなぁ。俺の知ってるキミはメイド服姿だけだったから、なんか印象が変わるというか」
確かに普段の私はメイド服ですからね。エリオがそう思うのも無理無いかもです。
「ところで兄貴は一緒じゃないのか?」
「旦那さまとは待ち合わせしておりましてね。これから向かうところです」
私がやんわりと告げるとエリオが一瞬驚いた表情を浮かべ、
「……おっと、向こうの美女が俺を呼んでる声が聞こえるぜ!」
そんな意味不明な事を吐かして彼は足速に立ち去って行きました。
商人の方へ向かったエリオが見えなくなった頃、ふと私は視線を感じて辺りを見渡す。
辺りを見渡せども視線の正体は掴めず、代わりに私の視界に映るのは商人が積荷を降ろしてコルル達と取引きする様子でした。
そこにアマギが混ざって人から困惑の声も上がっていましたが、そこは彼の人当たりの良さが功を成して事なきを得ていましたね。
それにしても視線は……気のせいですかね。
コネクト村は普段以上に人が多いから私の神経が敏感になっているかもです。
私はそう思う事にしてジークが待つ宿酒場に向かった。
▽ ▽ ▽
コネクト村唯一の宿酒場という事も有ってチェックインに並ぶ来客達と応対するミント達の活気に溢れた声が外まで聴こえて来るではないですか。
「おお〜大盛況ですね」
なんて感想を漏らすと、突如私の視界が揺れて……急激な脱力感に襲う。
思わず私が転びそうになると誰かが腕を掴んで身体を支えてくれたではありませんか。
「何方か存知ませんが、危ないところ……っ!?」
私が振り向きながら礼を告げようとした相手は……なんと私の腕を支えたジークでした。
「大丈夫か? 朝からあまり顔色が優れないようだが」
ジークに腕を支えられた事にも驚きましたが……如何して頭がこんなに熱いの? あぁ、風邪のせいですね。
「いえ、大丈夫ですよ。それより危ない所をありがとうございます」
「それは構わぬが……無理をしていないか?」
「してませんよ? それよりも先ほどエリオに会いました」
すると彼は眉間に皺を寄せ、
「……一緒に出れば良かったか?」
ボソリっと何かを言っていました。
彼は一体なにを言ったでしょうか? その事に疑問を感じているとジークは私の視線に気付いたのか笑みを浮かべました。
「おっと、先ずは露店を見て周るとしようか」
「そうですね。……でも、何だか不思議な気分です」
「不思議というと?」
「多分、服装の影響も有ると思うのですが……旦那さまとこうして出掛ける日が来るなんて考えてもみませんでしたから新鮮と言いますか、少し緊張してると言いますか」
自分で言っておいて要領の得ない返事ですね。
でも、私は男性とメイド業務以外で出掛けるのははじめてなんですよね。
だからですかね、こう胸がドキドキするのは。
「そうか、君もか。いや、実はわたしも君が普段とは違う……そう、涼やかで清楚感溢れる私服で来たものだから妙に緊張しているようだ」
ふむ。この場合女性側からこの服似合ってる? と聞くのが定番と聞きますが、私はあえて! そうあえてその質問はしません!
何故なら私とジークは恋仲で行うデート中じゃあないですからね!
そう、このデートは視察と紛れ込んだ危険人物に対する警戒とジークの護衛を兼ねた演技!
ふっ、私としたことが危うく本命を忘れかけるところでしたよ。
「……旦那さまも緊張してると知れたので少し安心しました」
「そうかね。……ふむ、あっちに小物が出品されているようだが、覗いて行くかね?」
「そうですね。この村には雑貨屋さんもありませんからね! この気に髪留めでも買っちゃおうかなぁ」
それから早速雑貨を取り扱っている露店を訪れた私とジークは、並べられた品に目を向けました。
そこで真っ先に私の眼に着いたのが、黒いリボンでした。
最近暑くなったから髪留めに丁度良いですね。それに値段も六百ゴールドと安いです。
私が黒いリボンを手に取ろうとした時でした、ジークが先に手に取り背後を向いている女性店員に声を掛けたのは、
「このリボンを一つ貰おう」
「毎度〜って! ジークじゃない!」
女性店員はジークを見るなり頬を赤らめて……赤らめて嬉しそうな表情ですね。
彼女の様子を見るからにジークに好意が有るのは眼に見えて理解できます……えっ? そんな相手からジークはリボンを購入して私に手渡すつもりですか?
「ナタルか。親父さんの代理か?」
「そうよ、腰をやっちゃってねぇ。ところで隣の子は誰なの?」
ナタルと呼ばれた女性は私を観察するような眼差しを向けて……うぅ、明らかにジークのなに? っと言いたげな視線をぶつけられちゃってますね!
ここは正直に答えた方が私の身の為です!
「この子は……わたしの彼女と言ったところか」
私がナタルに告げるよりも早くジークは答えちゃいました。しかも確実に誤解を招く解答で。
やべぇです。ナタルの視線に冷汗と悪寒が止まりません。
「あ、あの! 私は旦那さまの下で働くメイドとして、今のは旦那さまの冗談ですよ!」
慌てて修正を入れるとナタルは安堵の笑みを浮かべ、
「そう。ジークの冗談だったのね。てっきり彼女かと思ったけど、あれだけアプローチしても触れさせてくれはしないジークに限って彼女なんて、ねぇ?」
そんな事を言ってました。
いえ、単にジークが女性恐怖症だったからですよ。
私はその件を口に出さず心に留めておく事にしました。
ふむ、ナタルはジークのお見合い候補の一人で……。
どういう訳か彼女をお見合い候補の一人と考えた瞬間、私の胸は締め付けられるように苦しくなって頭痛が起こりました。
「……まあいい。それでリボンは600ゴールドだったな」
ジークはそう言って財布からお金を取り出してナタルに払っちゃいました。
あっ! 私が払うべきなのに! もう! 今日のジークは先走りですね!
内心で先走りジーク! なんて叫ぶと彼はリボンの入った紙袋を手に持って、
「次はあちらの店に行くとするか」
「えっ? もう少しお話ししなくて良いんですか?」
「構わんだろ。思い出話しよりも優先すべき事が有るからな」
視察ですね! ナタルの私を見る視線が恐いので早く離れましょう!
私は彼と一緒にその場から離れて次の露店に向かいました。
その道中で私はジークに、
「あの、リボンありがとうございました」
「大した事ではないさ」
それだけ答えたジークは私の隣に並んで歩き始めました。
なんという進歩なのでしょうか!? まさかジークが進んで女性の隣を歩くなんて……これが私で無ければ完璧じゃないですかっ!
ジークの女性恐怖症に対する進歩に内心で喜んでいると、彼は不思議そうな眼差しで見詰めてました。
次に訪れたのはノームと露店主が炭火でジャガイモとベーコンを焼いてました。
網の鉄板の上で焼かれるベーコンが食欲を唆る芳ばしい香りを放ってて少しだけ小腹が空いちゃいますね。
「あれ? 領主様と……もしかしてメイド?」
「エリオもそうでしたが、この服装の私を初見で見抜けないものなんですかね」
「見慣れない服装だからかも。ところで領主様とメイドもお一つどうかな」
ノームが私とジークに串焼きにしたジャガイモとベーコンをすすめると、隣の露店主がこれまたジークと知り合いだったのか、
「おっ! ジークじゃねえか! 相変わらず恐い顔だなぁ」
「五月蝿いぞラリアン。……それでなぜノームと露店を開くことに?」
「いや、実はこいつとは同郷の古馴染みなんだよ。お嬢様からノームの様子を見て来いって頼まれてもいたからなぁ」
「ふむ……確かラリアンの故郷はバスルク男爵の令嬢が治めていたな。なるほど古馴染みの縁でか」
「アンナお嬢様がまだオラを気に掛けてくれてるなんて感激だなぁ」
「そりゃあオメェ、あの野菜嫌いのアンナお嬢様が気に入る野菜を作ったからなぁ」
ふむ、ノームはバスルク男爵に相当気に入られていたと。
それが土地枯らしをやっちゃったものだから追放しなきゃならなかった訳ですね。
「良かったですねノーム」
「土地枯らしのオラは幸せもんだ」
「……土地が枯れはしたが、ノームが残した堆肥や配合の知識は村を立て直すのに一役買ったからな。誰もオメェのことは恨んじゃねえさ」
ラリアンのそんな言葉にノームは感涙しては、私とジークは微笑ましいげに見守るのでした。
それから串焼きジャガイモと香辛料が効いたベーコンで小腹を満たした私とジークは周囲に注意を向けつつまたデートを再開させました。