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06.メイドと魔女

 村の奥に位置する丘の平地。それは牧場と呼ぶにはあまりにも異質で、むしろ動物園と呼んだ方が差し支え無いのでは?

 いえ、土地は柵で囲まれてますが仕切りなんてありません。

 でも私とジークの目前に広がるのは、牛、鶏、馬、山羊、羊。ここまでは牧場と言えるでしょう。

 でもねぇ、それだけじゃないんですよね。


「……まるで食物連鎖を無視した牧場? だな」


 そう。ジークが言った通りそこは食物連鎖なんて度外視、どうして共存できるのか不思議でならない空間が広がってるんですよ。

 だって柵の中には、熊、狼、犬、猫、兎まで居るんですよ? 


「仕切りさえ有れば動物園と呼べるんでしょうけど……」


「不思議なものだな。一ヶ所に閉じ込められた動物が寛いでいる光景など」


「きっと飼い主の育て方が良いのでしょう」


「ふむ。ではさっそくあいさつに行くとしよう」


 そう言って近くに佇む鶴が伸びきった木造の一軒家にジークが近付く。

 魔女の自宅。そう思わせる程に充分なハーブのプランターや薬草の数々。

 特に城の庭園で見かけたラベンダーが私に懐かしさを与えるには充分でした。

 先生が好んで育てたのもラベンダー、そして動物たち。

 そういえば、ここは先生と共通点が多いような?

 いえ、共通点が多いだけで先生がここに居るとは限りません。期待するだけ損ですよね。

 そんな事を考えている私を他所にジークがドアを叩く。

 すると中から鈴を転がしたような声が、


「あら、どちらさまかしら?」


 これまた聴き覚えの有る声に心が浮き足立つ。

 もしかしたらという期待感を胸にドアが動く。

 そしてドアの向こう側から出て来たのは、長い紫の髪にとんがり帽子。赤い瞳と耳にピアスを付けた妙齢な美女。

 あぁ、見間違える筈が無い。彼女は先生だ。

 先生は私の視線に気付いたのか、一瞬驚いてはすぐさま微笑み。


「あら、ミルフィじゃない。5年振りになるとすっかり大きくなったわね」


 穏やかな眼差しを向けてくれました。


「先生! エリカ先生! 本当にお久し振りですっ!」


 懐かしさに駆られた私は呆然とする主人を放置して、先生に飛び付いた。

 すると先生はそんな私を優しく抱き止め──大きなお胸に頬が弾かれましたがっ!?


「大きくなったわね。……如何して貴女が此処に来てしまったのかとか色々積もる話しも有るだろうし。そちらの悪魔さんもどうぞ中へ」


「わたしは人間だが!?」


「あらあら? 悪魔のような顔をして……えっ、本当に人間なの?」


 先生はジークに疑うような眼差しを向け、やがて私に視線を落とした。

 あぁ、直に悪魔を召喚して契約した事も有る先生からしたらジークは悪魔に見えますよね。

 そういえば小さな使い魔も居るんでしょうか?


「彼は私の新しい雇主で人間ですよ」


「改めてわたしはこの村の領主となったジーク・リンデバルドだ」


「国境の狭間に位置する村に? 随分と物好きな領主なのね」


 微笑む先生にジークは肩を竦め、


「大変不本意ながらね。国境の狭間、つまり隣接する両国と商売はやり易いと考えてはいるがな」


「追放されてただじゃ起きない、か。……一応名乗っておくわ。魔女エリカ、元宮廷魔術師よ」


 先生の言葉にジークは驚き、鋭い眼孔を大きく見開いてました。

 驚き顔も怖いとか。いえ、驚くのも無理は無いですよね。

 だって魔女に至れる魔術師は貴重、ましてや宮廷魔術師ともなればなおさら。


「そのような人物がなぜ追放村に居るのか」


「その話しも含めて中へどうぞ」


 改めて先生に招かれた私とジークは自宅へ上がった。


 ▽ ▽ ▽


 暖炉付きのリビング。暖炉の前に虎が横たわって寝てますが、私は気にしない事にしてソファに腰を下ろした。

 するとジークは真向かいに座り……虎に視線を向けていた。

 はて? 如何して私の隣が空いているのに真向かいに座るのでしょうか。

 ジークの行動に疑問が芽生える中、


「さっき焼いたばかりのクッキーよ。……貴女はお腹空いてるのでしょう?」


 そう言って皿に盛られた焼きたてのクッキーと紅茶が置かれました。

 やっぱり先生には空腹も隠し通せませんか。

 甘くて香ばしい匂いが空腹を刺激してきます。

 だけど差し出されたクッキーを前に私の腕は動かず、ジークに視線が行く。

 先生の焼いたクッキーだ。美味しいのは判り切ってますが、メイドの矜持が此処で邪魔をする!


「旦那さまは食べないんですか?」


「ふむ。では一ついただこう」


 先にジークの手がクッキーを掴み、口に運ぶのを確認してから私もクッキーを手に取る。

 そしてクッキーを噛むと、サクッとした食感とはちみつの風味が一瞬で口に広がった。

 あぁ、これは美味しいやつだぁ。


「どうかしら?」


「美味いな」


「先生のクッキーはいつも美味しいですね」


「ふふっ。久し振りに焼いた甲斐が有ったわ」


 私は紅茶を飲み、クッキーを頬張る。

 そしてまた紅茶を飲む。


「……そんなに腹が減っていたのか」


「国外追放に処されてからずっと何も食べてませんでしたからね」


 質問に答えるとジークと先生が眉を歪め、


「一番近い村からでさえ10日も掛かるのにか?」  


「その間、輸送隊はミルフィに食事を与えなかったと? ふーん、随分と舐め腐った奴が居たものね」


「いえ、実は私は人目に付くのも拙いらしくて、王都から転移術でこの地に飛ばされたんです」


 はぁ〜、今頃予定通りならお昼はユヒナにオムライスを作ってあげてる筈だったのになぁ。

 ミルクを混ぜ、バターを溶かして焼いたふわとろの卵に包まれたオムライス。

 ミルデア王国ではお米を扱ってませんから仕入れも難しいですね。

 東国から商隊が来てくれれば話は別ですけど。


「……メイドが追放処分にされたのはいつだ?」


 ユヒナ好みのオムライスを思い絵がている私にそんな質問を。


「えっと、今日の9時ごろですかね」


「手間がかかる転移術で追放、唱えたのは王城お抱えの魔術師団ね。……貴女は一体何をやらかしたのかしら?」


 あれ? なんだか私が質問攻めに合ってるような。

 でもジークは私の雇主ですから隠し事はなるべくしない方が良いですよね。


「あれは2年前の春頃でしたね」


「待て。そこまで遡るのか? なるべく簡潔に願いたいのだが」


 せっかく私の罪を告白しようと言うのに、仕方ない人ですね!


「……小心者ゲラルド王に魔王暗殺を命じられた超優秀メイドの私は魔界に潜入後、魔王城でメイドとして雇われ、程なくして魔王ユヒナ専属メイドに昇格。それから2年後、完璧な変装がバレた私は魔王から国外追放という名の強制送還、ゲラルド王に魔王は戦争の意思無しと伝えましたが、都合が悪いと国外追放処分に処されました」


 細かな部分は省きましたが、嘘は言ってませんとも。

 そんな私の証言にジークが先生に顔を向け、


「魔界、暗殺、国外追放処分か。こいつの経緯は理解したが、超優秀なのかね?」


「間違いなく優秀だけど、超は自称ね」


「メイド、雇主に虚言はよく無いぞ」


「虚言じゃないですよ!? いま先生も優秀って言ったじゃないですかぁ!!」


 私の言葉に先生は笑みを浮かべ、


「まあそれは生活していけば理解することよ。ねえ、魔界はどんな所だったのかしら? 魔族はどう?」


 先生の質問に私は2年の生活を振り返りながら。


「魔界は不思議な場所ですよ。石柱や島が空に浮いてたり、あとミルデアは春ですが魔界は夏なんですよ」

 

 陸続きなのに山脈の向こう側は夏になってる。

 魔王城の書庫で読んだ伝承には古の時代に大陸ごと移民したと記述されてますが、魔法の領域はさっぱりです。

 でもミルデア城の書庫で読んだ文献では、この土地に有る山脈の向こう側は海と記述が残されてました。

 つまり昔の魔王は海の上に大陸ごと転移──いえ、もしかしたら元々の環境をそのまま切り取って繋げたのではないでしょうか?

 まあ、答えはユヒナから聞く他にありませんけどね。

 それを詳しく話すと先生は興味津々に耳を傾け、ジークは眉を歪め何か思案してました。

 あっ、大事な魔族について話してませんでしたね。


「魔族も私達と同じですよ。悲しい事が有ったら泣き、嬉しい事が有ったら喜ぶ。ああ、でも魔法という奇跡が扱えるのは先生からしたら面白くないかもですね」


「そうでも無いわ、魔術が魔法の領域に近付く検証と実験の足掛かりになり得るわ」


 産まれ持った力に劣等感を抱くよりもそれらを糧にするなんて。流石は先生ですね。

 先生は興味深そうな眼差しを引っ込め、今度はジークに探る様な眼差しを向けた。


「……それで? ジークは如何してこの土地に追放されたのかしら?」


 質問の矛先をジークに変えました。

 私も気になっていたので丁度良いですね。


「簡単に言ってしまえば逆恨みだろうなぁ。これでもわたしは南の方では名の知れた商人だと自負しているが、まあ商人は何事も競争が付き物だ。その折りに怨みを買うこともね」


「確かに商人は競争と揉め事は付き物ね。……貴方の場合は単に顔が恐いから小心者がびびり散らかしたと思うのだけど」


「……それだけで簡単に追放処分を下せるものか?」


「あの王は近場に脅威が有ると知ると徹底して排除するわよ? 現にうちのペット達が恐ろしいから処分しろなんて命じてくるんだもの」


「そういえば、先生とゲラルド王はよく揉めてましたよね。まさか先生のペットの件だったとは」


 あの時はてっきり領主間の領土戦争に対する意見争いかと思ってましたが、まさかペットの件だったとは……何をしてたのでしょうか!?

 

「本当に小心者よねぇ。うちの子達はどれもかわいいのに」


 先生の言葉に私は素直に頷けません。

 現にいつの間にか膝の上に顎を乗せている虎が私を見てるんですもん。

 でもかわいい! けど恐い!


「先生は昔から動物好きでしたよね。でも意外です、先生が牧場を営むなんて」


 私の言葉を聴いた先生は首を傾げ、


「あら? 誰も牧場なんて経営して無いわよ。あの子達は食糧にしないわ」


 つまり魔女らしく趣味に生きる隠居者?

 私のそんな視線を感じ取ったのか先生は言葉を紡いだ。


「……まあ、山羊と牛から採れるミルクは村に供給してるけれど。あとは羊の毛をコルルに。動物たちの糞尿をノームに譲るぐらいかしら」


 先生の真顔から繰り出された言葉にジークが頭を抱え出した。

 それは無理もないことだと思います。村の食糧事情の問題が浮き彫りになりましたからね。


「……村人はどこから肉を調達してるのだ?」


「森からよ」


 つまり肉類と魚は自給自足ということですか。

 それを踏まえて村の食糧の生命線はノームだけというのもなんとも言い難いですね。


「旦那さまは夕食に何をご所望ですか?」


「む? 君が狩りに出ると言うのか」


「業務外ですが、私の夕飯にもなるので!」


「なるほど。ではとり肉を所望しよう」


「任せてくださいよ! じゃあさっそく森に入って来ましょかね」


 そう言って立ち上がろうとして、私の膝に顎を乗せていた虎と目が合う。

 虎は爪を覗かせ、動いたら爪研ぎするぞ! と言いたげな眼光を向けて来ました!

 ちょっと動けないんですが、これは。


「あぁ、ミルフィの柔らかい膝を気に入ったのね」


「あのぉ、このままじゃ夕飯の仕込みは愚か食糧調達もできないのですが」


 先生に泣き付くように訴えると、優しい先生は仕方ないと一息。

 そして立ち上がり窓を開け、


「シュラウド!」


コケッ?(呼んだか?)


 呼びかけると。なんと先生の腕に一際大きい一羽の黒い鶏が乗るではありませんか。


「この子を領主に贈呈するわ」


コケッコ(貴様が我の飼い主)コケッー!(良かろう!)


 シュラウドと呼ばれた鶏は、私とジークに頭を向け理解したのか木箱に自ら入って行きました。

 えっ、そこなんですか? まあ運搬も楽ですから良いですけど。


「ほう、利口な鶏だな」


「魔女が飼育した鶏よ? そこら辺の鶏と一緒にしてもらっては困るわ」


「ふむ? よくは分からんが、わたしはこれで失礼させて貰おう」


 そう言ってジークは立ち上がった。


「あぁ、メイドは積もる話も有るだろう? 夕食に遅れない範囲でゆっくりするといい」


 先生ともっとゆっくり話したい。私が心に浮かばなかった心情を悟っていたのかジークはそんな事を言ってくれました。

 突然居なくなった先生と話したいことは山程有りますとも。まあ、それ以前に虎が退いてくれないので立てないんですけどね!


「ではお言葉に甘えて。旦那さまも道中お気を付けて」


 先に帰るジークを見送った。

 そして2人きりになったリビングで、


「如何して何も言わずに王城を出たんですか? クラースも心配……いえ、研究課題が片付かないと嘆いてましたよ」


「ごめんなさいね。さっきも言ったけどペットの処分に猛反発したのは本当だけど、それ以外にも理由が有るのよ」


「先生が宮廷魔術師を辞職するほどの理由ですか?」


「あの塔に住む者を護るためにもね」


 石の塔ということは明白。ですが、一体どんなお方が住んでいるのでしょうか?


「仕立屋のコルルはひきもこりと言ってましたが……そういえばウェンダムは何も言及してませんでしたね」


「そうでしょうね。ウェンダムもあの塔に住む者を知らないからねぇ」


「むむっ気になりますが、先生は話してくれるんですか?」


「まだ話せないわ。貴女は兎も角、まだあの領主は信用はできない……だから貴女にこれを渡して置くわ」


 そう言って先生はローブの懐から小さな袋を取り出して、私に手渡してきました。

 何でしょうか? 暴漢撃退用具?


「袋にはマヒマヒチョウの鱗粉が入ってるわ。もしもジークに襲われそうになったらそれを投げ付けるのよ」


「おおっ! 吸い込むとまる1日は動けなくなるあの!」


「そうよ。でも貴女がうっかり吸わないようにね!」


 微笑む先生に私も思わず微笑み返し、しばし今日までの出来事に付いてと魔界での暮らしを話すのでした。


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