56.メイドと地下通路
中心の支柱を基点に螺旋状に掘り進め、木材で補強し地下通路。
そして照明となる魔術の灯が通路を照らす。
地下通路の内部に私がジークにドヤ顔を向けると、彼は非常に驚いた様子で、
「完成まで立ち入り禁止だったが……まさかこんなに規模がでかいとは!?」
「ふふっ、これで旦那さまの執務室からいつでも村に行けますね!」
「そういえば繋がっていた。というか大木の下に入り口を作った意味は有るのか?」
「あれは私が最初に掘り出した場所なので、そのまま入り口にしたんですよ。ほら大木の下なら雨の侵入も防げるじゃないですか」
私がそう伝えるとジークは納得したのか、
「ふむ、それもそうだな」
笑って頷きました。
なんだか最近のジークは笑顔を見せるようになったような? いえ、あまり笑わないという訳じゃないんですが……何でしょうか? この違和感のような感覚は?
私はジークが見せる笑顔に首を傾げると、先に彼が歩き出した。
まぁ、所詮は些細な違和感ですよね。なら明後日の方向にポイです!
違和感を捨てた私は先に進むジークに急足で追いかけ、
「旦那さま! 罠も有るので気を付けてくださいね!」
三歩背後から呼び止める。
するとジークは顔だけをこちらに向けて、
「さっきも罠が有ると言っていたが、どんなものなんだ?」
説明を求められました。
まぁ、ジークの疑問も当然ですよね。脱出経路なのに罠も有るとなれば身の危険……ジークにとっては平気かも。
何にせよ説明は果たすべき義務ですね。
「出口を偽装した罠が一つ。壁に埋め込まれた物を取ると作動する罠が四つ、なんとなく脇道に置いた宝箱が一つですね」
「……さては遊び心も入れたな?」
おや、バレちゃいましたか。
まぁ命の危険性が高いのは一つだけですけどね。
でも説明するより見てもらった方が早いかもです。
「出口の偽装に関しては見てもらった方が早いですね」
「ふむ。それは楽しみだが、危険なのか?」
「常人なら即死しちゃうかもですね」
「物騒だな!? いや、大方それを考案したのは魔女だな?」
「はい、脱出路からの侵入も想定して私の安全を護るためにと作ってくれました!」
いやぁ、先生から確かな愛情を感じてミルフィは幸せです!
なんて事を思っているとジークはなんとも言えない表情を浮かべていました。
「魔女はわたしの心配などせんのかね?」
先生は態度には出しませんが、結構ジークのこと信頼してきてます。
それにいつから気付いていたのか、ジークが強靭な肉体を誇ってることにも知っていたようです。
まあ、先生のことですからジークの指輪で察したのでしょうね。
だから私は先生に代わって……余計なお世話かもしれませんが彼に伝えました。
「旦那さまなら何が有っても大丈夫だと言ってましたよ」
するとジークは意外だったのか、若干照れ臭そうに頬を掻いた。
それから私とジークは歩みを再会させて、第一の罠が有る場所まで到着!
そう、ここは村から見て丁度裏側に位置する場所で支柱の後ろで屋敷の真下に来る場所なのです!
そしてこの先の通路が『出口』と書かれた看板に私は、
「旦那さま、これが偽装した出口です!」
「……ふむ? 拍子抜けするほど普通の様に見えるが、いや位置関係からすれば屋敷に直通していると誤認するか?」
確かにその狙いも有りますとも。でも先生はそんな生優しい人じゃあ無いんですよ。
伊達に元宮廷魔術師を名乗ってませんからね!
でも罠の威力を実際にジークに身を持って体験してもらうのは……いくら平気と分かっていても私の胸が苦しくなる。
それは例えエリオでも同じ、侵入者の類いなら平気ですが、知人や親しい人が罠に嵌るのは嫌です。
「旦那さま、この先には進まないでくださいね」
「それでは罠を理解できないが?」
「旦那さまなら平気と理解してますよ? でも、ほら旦那さまを罠に嵌めるのはちょっと……その、苦しいです」
はっきりと私の意志を伝えるとジークは驚いた様子で、なぜか頬が少しだけ赤くなってるように見えるのは気のせい?
それともミルフィちゃんの献身さに心打たれちゃいました?
「メイドの気持ちはよく理解した。では、口頭で解説してくれぬか?」
言われて私は頷く。
そして偽の出口に続く通路に魔術の灯りで照らす。
通路の最奥に見える『出口!』と自己主張した木製の扉にジークが呆けた様子で、
「これが危険な罠なのかね?」
「あれはブラフです。本命は背後の支柱ですよ」
私は丁度支柱と出口が直線になる位置に移動して、先生が施した見えないように施した魔方陣に触れ、
「隠匿されし陣よ、我が師エリカの名において姿を現せ」
隠匿の魔術を詠唱で解除した。
これは先生が事前に魔方陣に組み込んだ特定人物じゃないと発見できないように細工ですが、魔方陣の点検と説明のために教えて貰ったんですよね。
「隠された魔方陣と偽の出口……まさか背後から使い魔が召喚され袋叩きにする算段かね?」
「その案も有ったそうですが、使い魔を召喚するためには悪魔契約と支払う対価も必要なので不採用にしたそうです」
いや、実際に採用されてたら常人はまず悪魔に抵抗する術もなくやられちゃいますけどね。
でも騎士とか戦闘に携わる職業の方に対しては確実性に欠けるとのことです。
まあ、それはさて置き、そろそろ本命の説明に移るとしましょう。ジークもすごく気になっているのかそわそわしてますし。
「実はこの魔方陣と扉は連動してるんです。扉を開けると魔方陣が起動して暴風で崖の外へ吹っ飛ばすという罠です!」
ここの高台は結構高いです。
しかも高台の裏側はクッションになる木々や芝も無い、有るのは岩場だけです。
そう、これは出口は出口でも!
「名付けて【この世の出口】です!」
常人ならあの高さで落ちたら死んじゃいます。しかも下は岩場だらけなので、最悪助かっても後遺症が残るというデス・トラップ!
「誰が上手いこと言えと言ったかね!? いや、確かに恐ろしい罠だが!」
「しかも外側から開けても作動しちゃうので、暴風で落とされるのが関の山ですね」
「君の師は恐ろしい事を思い付くな」
「本当ですね! でも自己主張を強めているので引っ掛かる間抜けはそうは居ないでしょう!」
先生はそれを見越して遊び心を加えましたからね。
先生ってば優しい! なんて心の中で浮かれているとジークは私から顔を背け、
「……恐らく、わたしは嬉々としてあの扉に突っ込んでいたかもしれん」
そんな冗談を……冗談ですよね?
私がまたまたご冗談っと言いたげな視線を送っても、ジークは私を見てくれませんでした。
それから私はジークに地下通路の罠を解説しながら本物の出口まで到着するのでした。
そして外へ出る頃にはすっかりと雨も止み、ちょっとだけ雨具の意味について私とジークが顔を見合わせたのは、二人だけの秘密です。
……こうして私とジークは村人全員に魔王ユヒナの来日を伝えると、ちょっとしたお祭り騒ぎに発展しました。