54.メイドと猛特訓
エリオが宿酒場に帰ったあと、夕飯を食べてる最中でした。
「今晩はわたしの部屋に来い」
そう言い出したのは。
それでお風呂も済ませて夜になって、ちょっと暑いけど着ぐるみに着替えた私はジークの部屋の前に来てました。
……あれ? おかしくないですか?
あの女性恐怖症のジークが私を自室に招くだなんて。
これはきっと何か有ると考えた私は、そっとドアの隙間から部屋の様子を探った。
すると部屋にはベッドに静かに座り込む……それでいて何かを決心した様子のジークの姿が有りました。
私はなんで呼ばれたのか分からないまま、ドアを静かにノックする。
すると中からジークの緊張が伴った声で、
「う、うむ。は、入って来てくれ」
そんな声で呼ばれたら私まで緊張するじゃあないですかぁ!
でもそれとは別にジークが私を呼んだ理由、それに対する好奇心が勝って私は深く考えずドアを開けました。
「美少女メイドのミルフィちゃんが来ましたよ!」
「……俺は血迷ったのかもしれない」
おっと? 人を呼び付けて置いてそれは無いんじゃないですか?
それに一人称が素に戻ってますよ。
「冗談はさておき、旦那さまはいったい如何して私を呼んだのでしょうか? まさか……えっちな事はダメですよ」
無いとは分かっていても敢えて事前に釘を刺しておく。
するとジークは本当にそれは無いと言いたげな眼差しで、
「わたしの膝に座ってくれまいか?」
……いま彼はなんて? 膝に座ってくれと言った?
いや、聞き間違いの可能性だって有りますね。
なんせ紳士的で女性恐怖症のジークが、まさかねぇ?
「あの、すみません……ちょっと聴き逃したみたいなのでもう一度お願いしていいですか?」
「わたしの膝に座ってくれ」
聞き間違いじゃなかったぁぁ!?
一体どうしたと言うのでしょうか! あのジークが私にそんな事を頼むなんて!
これはきっとエリオに何か言われたんじゃないでしょうか? ヘタレ兄貴って馬鹿にされたとか。
「あの? エリオに何か言われたんですか?」
「何も言われては無いが、わたしにも思う所が有ってな」
その思う所とは何だろうか? 私を膝上に座らせるほどって本当になによ。
「えっと、旦那さまの思う所とは?」
「ふむ。いずれ村には人の出入りが増していくだろう。村も変わっていくが、わたしはこのままで良いのだろうか? とな」
なるほど。ジークはそこまで悩んだ末に導き出した荒療治……いえ! 猛特訓という訳ですね!
それなら……恥ずかしいですが、協力しない訳にはいきませんね!
「分かりました。……でも重いとか言わないでくださいよ」
「大丈夫だ。君が軽いのは知っている」
おや? ジークはいつ私を持ち上げ……あー、有りましたね、私を持ち上げる機会が。
ふむ、という事は着ぐるみ越しなら大胆な行動でも大丈夫と考えが至ったというところでしょうか?
まあ、何にせよ行動有るのみですね!
さっそく私はジークに近寄り、
「じゃあ……座りますよ」
「人思いにやってくれ」
そんな、今から処断される人みたいなこと言わないでくださいよ。
まあ、ジークの覚悟もお構い無しに私は座りますけどね!
いざ彼の膝に座ってみると筋肉質で硬い膝、座り心地は正直言ってあまりよろしくないです。
でも、背中を少し寄せるとジークの硬い胸板に当たるではありませんか。
私とジークの体格差も有って、私の身体はすっぽりと彼の腕に収まりそうですね。
それにいくら着ぐるみ越しとはいえ、ジークが相当辛いかもしれません。
私は確認のためにジークを見上げました。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ。やはり睨んだ通り着ぐるみ越しなら平気だな!」
まぁ、側から見たら男性が等身大のぬいぐるみを膝に乗せてるように見えなくもないですね。
「それなら着ぐるみ、脱ぎましょうか?」
流石に冗談ですけどね! だって脱いだら下着姿でジークの膝に座ることになっちゃいますし!
そのポジションに収まるべきはジークが選んだお嫁さんであるべきです!
今の私? イマノワタシハヌイグルミダヨォ〜。
「やめてください、死んでしまいます」
「や、本当にやりませんよ。というかそんな死にそうな声を出さないでください」
「すまん。だが、少し触れてもいいか?」
おや? 今日のジークは積極的ですね。
まさか進んで触れたいと言うなんて。
「胸とお尻はダメですよ。あと優しくですよ?」
まだ私は死にたくないですし。
「腕だけだ。……当然、細心の注意を払うさ」
これは、コルルに許可を得て袖を着脱式に改造したのが功を成しましたね!
私は早速袖部分を脱いで素肌をジークに晒す。
ジークは私の腕をそっと、慎重に触りはじめました。
不思議と触れられる事に対する不快感もありませんでした。
むむ? なんだか不思議な感覚です。恥ずかしい状況のはずなのに、それ以上にジークが女性恐怖症に向き合いつつ有る事に対する安堵と言えば良いのでしょうか?
自分の中に巡る感情がちょっと説明できないですが、
「大丈夫ですよ。人は触れただけじゃ壊れません」
安心させるように呟くと、
「……そうか」
ジークから安堵の息が漏れました。
そう、結局のところジークの女性恐怖症は自身の体質による影響だった。
それが元々女性に対する免疫も弱々だったから裸体や黒タイツ越しの下着でも気絶する。
そして極度の緊張と不安、恐怖と畏れ。とどめに母親からのビンタの影響でジークは女性に触れただけで鳥肌が立つようになった。それが私が導き出した推測!
これはかなり正解に近いじゃないんですかね! なんて一人で舞い上がっているとジークが、
「しかし、君は至る所にナイフを隠し持っているのだな」
あぁ、着ぐるみの内側にもベルト帯を巻いてますからね。
当然着脱された袖の裏にもナイフを仕込んでますし。
「隠し武器はメイドの嗜みですからね」
「……わたしはメイドに触れているのか? それとも着ぐるみの綿なのかナイフなのか分からなくなるのだが?」
「両方ですね。でも私の重みは感じてますよね」
「君は軽すぎるが、確かに膝上に感じているさ……ベルトとナイフの鞘と一緒にね」
ふむふむ、ここまでは平気と。
「じゃあ次のステップとして髪、触れてみます? これでも先生とクラリスメイド長から断髪を止められるほど自慢の髪ですよ」
「……やってみよう」
まあ、気絶した時は顔に『ヘタレ主人』とでも落書きしてやりますかね。
私はそう軽く考え、着ぐるみから髪を曝け出した。
細長くて細かい銀髪ですが……実は私から男性に触らせるのははじめてなんですよ。
ウェンダムは子供相手なら誰の頭でも撫でますけどね。
なんて事を思っていると、ジークの指先が髪に触れる。
ジークは髪に触れるのは平気なのか、しばらく指先で私の髪に触れ……そして頭にジークの手が優しくポン、と置かれました。
「……平気ですか?」
「……驚くほどにな」
ジークが私の頭に触れた。それはもう大きな進歩っと言って良いでしょう!
これなら先生にちょっと協力を頼んでみようかな?
「では、次は先生に触れるというのは如何でしょうか?」
「それは遠慮しておこう」
まあ、確かに先生も協力してくれないかもですね。
「じゃあ次は如何します? 握手でもします?」
「うむ、それはいいな!」
私はさっそくジークの膝上から降りて、彼に振り向く。
そして手を差し出すとジークは、
「……なあミルフィ」
本当に今日のジークは如何したと言うのでしょうか?
彼は私の名前を滅多に呼ばないのに。
……真剣な眼差しで、しかも急に呼ばれたからびっくりして胸がドキドキしちゃってるじゃないですか。
「何でしょうか?」
「君は……これから村も発展していくだろう。君はわたしに変わらず仕えてくれるか?」
ふむ、何を言い出すかとも思えば、そんな事を聞くなんてバカな人ですね。
「旦那さま。当然私はずっと仕え続けますよ。貴方が私を解雇しない限りですけど」
「仮にだ。仮に魔王ユヒナが国外追放を解いた場合、あるいはゲラルド王も同様に国外追放を解いた場合はどうだ?」
ふむ? そうなったら私の足で食材と調味料を直に吟味できるし、メイド業界で開催されるサロンにも参加できますね。
まあ、でもここの生活は華やかな王城よりも好きです。
「ユヒナ様に戻って来いと言われても私はこの村に残りますよ。なんせここの暮らしは気楽で楽しいですから」
「そうか。ならばこれからもよろしく頼むぞ」
そう言ってジークは私が差し出した手を掴んだ。
それは硬くて指輪でゴツゴツしてて、でも力強くて温かくて安心感を与える手でした。
ちょっと気恥ずかしさから頬が熱くなるのを感じて、ふとジークに視線を向けると……彼は笑ってました。
ふふっ、何だか私も吊られて笑ってしまったのは仕方ないことですね。
それからジークに鳥肌が現れ始めた頃に、特訓を中断したのでした。
……その晩、なぜあんな状況になったのか冷静に振り返って、超絶恥ずかしくなった私は結局一睡もできませんでしたけどね!!
もう! 夜のテンションって本当に怖です!
【お知らせ】全72話で完結
今日と明日に分けて完結まで更新していきます。