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51.メイドと弟

 私は確かに目の前の不法侵入者にナイフを投げた筈でした。

 だけど侵入者は横転する事で見事に避けやがりました!

 ……侵入者の足下、地面に生じた爆発跡を見るに爆発の魔術は確実に喰らったはずですよね?

 彼は一体何者なのか。えぇ、それは分かりきってますよ、こんな時間帯にわざわざ柵を越えてやって来るなんて……ずばり! ジークの命を狙った暗殺者の類いでしょう!

 ……それにしては素顔を隠さずイケメンを曝け出しているとは。


「私も侮られたものですね! ここで返り討ちにしてやりますよ!」


 私は着ぐるみに隠していたナイフを手早く十本取り出し、低姿勢から侵入者の懐に入り込むように滑り込んだ。

 そこから上半身を捻り上げて、ナイフを爪のように振り抜く!

 肉を斬る感触は訪れず、あろうことか侵入者は剣の腹で防いでいるではありませんか!

 くっ、反応も良いと。しかも剣の焼印はダイクン製の物!

 わざわざ得物をダイクンから仕入れて犯行の凶器に使うだなんて下劣ですねぇ!


「村人に罪を着せようとも無駄ですよ!」


 私が鋭く、自分でも驚くほど怒りが篭った声を放つ。

 すると侵入者は一瞬だけ呆けると、すぐさまニヤリと口角を吊り上げてこう言い放ちました。


「へぇ〜、なら村人には手は出さないとも」


「意外と話しが通じる?」


「その代わり! 俺がキミを打ち負かしたらデート一回でどうかな!?」


 なんて奴なのでしょうか! 私にデートを申し込むだなんて!

 いくらイケメンでも私がそう簡単に靡くと思わないことですね! というかデートなんて一度もした事が無いのに、こんな軽薄そうな男とだなんて絶対に嫌です!

 だから私は、好きな人との初デートのために本気で彼を排除することに決めました。

 まあ、好きな人なんて居ないですし、そんな機会有るの? なんて考えが頭によぎりましたが……。


「貴方は危険ですね!」


 悲しくなった心と彼に対する軽蔑と一緒にナイフを五本投擲。

 

「それは通じないって」


 そう言って飛来するナイフに向けて剣を振り抜く……その瞬間を待っていました!

 私は彼が剣でナイフを防ぐという行動を読んで、更にナイフを先に投げたナイフに隠れるように一本だけ額に向けて放つ。

 五本のナイフが侵入者によって弾かれる。けれど私の読み通りに、一本のナイフが侵入者の額に吸い込まれるように届く!

 ガキンっ! 月明かりに照らされた闇に響く音に私は耳と目を疑いました。


「いつつ、兄貴ほど頑丈じゃないだ」


 確実に額に突き刺さる勢いで放ったナイフは、なんという事でしょうか! 侵入者の額に弾かれちゃいましたよ!?

 なんという鉄壁! なんという理不尽!

 これはもう私に打つ手は無いの?

 いいえ、まだです! この辺り一体は私でも把握しきれない数の罠がわんさか!

 それにいざという時の地下通路に逃げ込めば!

 ふふっ、これは完璧な勝利プランですね。

 私は浮かべた作戦を表情に出さないように努め、後方に退がる。


 そして軽やかに着地すると私の足元が光って……アッ!

 ズッボっ! と私の脇下まで埋まるじゃあないですか。

 そういえば、落とし穴の魔術も仕掛けたんでした……もう! こんなに時にミスるなんて私のバカ!

 見事に自分の罠に引っ掛かった侵入者は勝利を確信した笑みを浮かべ、地面に剣を引きずりながら私に近付く。

 

「これで俺の勝ちは明らか! 明日のデートが楽しみだなぁ!」


 この男! もう明日の予定を作ってやがります!

 いや、それよりもまだ脱出できれば私に勝機は……ふぬぬ! くっ、丁度私ぐらいの体型が嵌まるように仕掛けたのが仇となるとは! 全く抜けません!

 

「諦めなって」


 そう言って侵入者は一歩踏み出した……その瞬間、彼の足元が光った。

 あっ、私が仕掛けた罠が発動しました!

 侵入者の足元に穴が空き、彼は反応もできず首下まで埋まるじゃあないですかぁ!

 

「ふふっ、これで勝負は分かりませんね」


「状況はキミだって同じだろ?」


 確かにこのままじゃ、ジークに脇下まで埋まった着ぐるみと首下まで埋まった侵入者なんて珍妙な光景を見せることになります。

 自分の失態を見せるのは恥ずかしい!

 そんな情けない姿は見せたくないです! だから私は足首と膝、そして腰の関節を外して落とし穴からヌルっと脱出!

 

「狡い! ってかどうやって抜けたんだよ!」


「おや? 関節外しはメイド術の一つですよ」


「そんなメイド聞いたことが無い!!」


 おや? おかしいですね、ミルデア城に勤めるメイドは全員できると言うのに。

 一瞬だけ、侵入者から思考を外すと……なんだか地面が揺れてるような?

 いえ、確実に揺れてる!?

 

「せい!」


 そんな掛け声と一緒に侵入者が脱出を……力技って狡い。

 ……それにしても彼の筋力と肉体の強靭度、髪と瞳の色。どれを取ってもジークと類似性が有りますね。

 まさか? でも関係者なら不法侵入なんてしないはずですよね。

 私が侵入者の正体について少しだけ考察を挟むと。


「一体なにをしてるのかね?」


 背後からジークの声が響き、なぜか侵入者の顔が青ざめてました。

 まぁ、悪魔顔ですから彼の反応は分かります。


「メイドよ、こんな所で遊んで無いで紅茶を淹れてくれぬか?」


 いま、私のデートとジークの命を脅かす輩の対処を遊びと称しましたか?

 あ、なんか目元が熱くなってきました。


「……別に遊んでないもん」


 ジークに振り向くと、彼は狼狽えた様子で、


「す、すまなかった! キミはいつも職務に忠実だったな、うん、今のはわたしの失言だ!」


 どうやら私は涙を流していたようで、それでジークが慌てたのでしょう。

 この人は、本当に女の涙に弱いですね。これじゃあ悪質な女性に良いように利用されないか心配です。

 ほんと彼はしょうがない人。ほんの少しだけ頬が緩むのを感じると背後から、


「な、なぁ兄貴?」


 ジークに対して兄と呼ぶ侵入者の声が私の耳にも届いた。

 えっ? 兄弟!? 髪と瞳の色以外は全然似てなぁ!


「なんだいエリオ?」


「えぇっと、兄貴ってメイドを雇ったんだな」


「あぁ、木箱ハウスで膝を抱えていたところをな」


 確かにそんな事も有りましたが、恥ずかしいのでやめてください!


「へ、へぇ……着ぐるみ姿だけど美少女かなって思ったけど残念が付く方だったか」


「そうだ。メイドは残念美少女だ、口説くのならば他の者をすすめる」


 おい! 私を挟んで残念美少女とか言わないでくださいよ!

 

「えー? でもさ、負かしたらデートの約束しちゃったんだよなぁ」


「まだ負けてません、それに応じてませんし。一方的というか村人に手を出さないって明らかに脅しじゃないですか」


 彼に振り向き、そうはっきりと告げるとエリオの顔が真っ青に染まり……瞬間、風が横切りました。

 思わず長い銀髪を抑え、目に土埃が入るのを防ぐべく目を瞑った。

 そして風が収まった頃に目を開けると……またまた首から下まで埋まったエリオの姿が有るじゃあないですか。

 というか、エリオの頭部に大きなタンコブが……あっ、超優秀な私は察しました。


「旦那さま、いくら兄弟とはいえ村人を人質に取られるとお怒りになるんですね」

 

「……まあ、そんなところだ。此度は弟が余計な手間を増やしてしまったな」


「いえ、戦闘に持ち込んだのも私の勘違いも有ったので」


「……はぁ〜、このバカは何をしにやって来たんだ? まさか交際相手に所業がバレたからなんて事は無いよな」


 ジークは白目向いて気絶してるエリオに、そんな事をボヤいてましたが、


「彼をどうするんです?」


「……これでも一応わたしの可愛い弟だからな、ほとぼりが冷めるまでは村の宿酒場で宿泊させるさ」


「おや、てっきり屋敷に泊めるのかと」


「コイツはキミに手を出すぞ?」


「それは確かに困りますが、クレイ達に手を出さないのでしょうか」


「コイツは女好きだが、人妻と彼氏持ちには手を出さないんだ」


「それなら安心ですね。……ふぅ、汗も掻いちゃいましたからお風呂に入り直しても良いでしょうか?」


「かまわない。あとはゆっくり休むといい」


 そう言われた私は、早速着替えを取りに部屋に戻ってから軽くお風呂に入るのでした。

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