05.メイドと自警団
隣に眼を向ければ石の塔。そして私の目の前に堅牢な造りの石造りの建物──恐らく騎士団の詰所を基に建造したのでしょうね。
それにしてもさっきから三人の賑やかな声が外まで聴こえて来るなぁ。なんだか聴き覚えの有る声のような?
賑やかな声を他所にジークは、ドアを少々強めに叩き……あれ? 私の気のせいでしょうか。少しだけ建物が揺れたような?
見間違いかと眼を擦ると慌てたように駆け付ける足音が、豪快にドアを開け……!!
思わず私は驚き固まってしまいました。
「失礼、わたしは領主としてこの地を任されたジーク・リンデバルドと言う者だ……あぁ、悪魔だぁ!! などと決して騒がぬように、流石に四度目となるとわたしも不快になるのでね」
一度目は私ですね! そんなツッコミも入れられないほどに、金茶髪に赤い瞳、騎士として凛然な佇まいを見せる四十代半ばの男性を食い入るように見ていました。
いやぁ、何でこんな村に居るんでしょうか?
「むむ、領主殿だったか。思わず叫びそうになったこと、誠に詫びたい一心では有るが……おや? もしやそなたはミルフィか?」
漸く私に気付いたのか、彼はそんな事を尋ねてきたました。
「えぇ、ミルデア城の超優秀メイドのミルフィちゃんですよ」
「ははっ、ポンコツメイドの間違いだろうって」
竹を割ったような笑みを浮かべる彼に、
「ポンコツメイドとは失礼な。聴きたいことも有りますが、先ずは旦那さまに名を名乗ったら如何です?」
そう言い返す。
それでも彼は詫びれた様子も無く、本当に裏表のない穏やかな眼差しで、
「そうさな。ワシはこの村唯一の自警団を任されとるウェンダムという者だ。元騎士団として培った経験を遺憾なく発揮しよう……貴殿が善良な領主であることを切に願うがな」
「ああ。肝に命じておこう……それよりメイドと旧知の仲ようだが」
ジークの視線を向けられた私は首肯き答えた。
城下町に買物に出るとしょっちゅう犯人を追い回すヴァンダムと遭遇するんですよねー。
「えぇ。ウェンダムは王都の警備隊でしたから、何度か顔合わせる機会もありまして」
「王都の……なぜその者がこんな場所に?」
私も気になって仕方ないところを聞きましたね。
「なあに、悪事を働く貴族連中を捕まえた結果としてな」
そういえば、ウェンダムはよく王都で悪事を働く貴族を捕縛してましたね。
どんなに悪事を隠し通そうとも彼は並外れた調査能力と嗅覚で犯罪者を捕縛する。
王都の守護神として名高いウェンダムが、まさか追放されていただなんて。
「貴族制度の強い国で損な性格だな」
「不器用故になぁ」
彼はそう言いながら笑って、私の頭をくしゃくしゃ撫で始め……。
「や、やめて………やめろぉぉぉ!!」
丸太のように太い腕を払い退けるとウェンダムは心底意外そうな眼差しを……この人は相変わらず女性の扱いが下手ですね。
「私はもう15歳ですよ? いつまでも子供扱いされては困ります」
「ワシから見たらまだまだ子供なのだがな。……あぁ、そうだった。中に鍛冶屋と鉱夫が居るから呼んで来よう」
「……鍛冶屋と鉱夫か。手間が省けるのは有り難いが、自警団は一人なのか?」
「生憎とワシ一人でな。まあ一人で事足りておるからなぁ」
ウェンダムは人員の補充予定が無いとはっきりと告げ、一度中に入っては、間もなく二人の男性を連れて来た。
一人は茶髪に琥珀色の瞳。低身長で樽のような体型をした男性。
もう一人は青髪に紫色の瞳。そして筋肉質の男性でしたか。
何方もジークを視界に入れた途端、面白いぐらいに顔面蒼白になりましたが、流石に事前にウェンダムに言われたのか叫びはしませんでした。
ジークは二人に名を名乗り、私も彼に続いて名乗ると二人は気前が良さそうな笑みを浮かべ、
「村唯一の鍛冶屋ダイクンだ」
笑みとは裏腹に多くを語ろうとはしない職人気質っと。
「オレは村唯一の鉱夫マデュラ。オレが採掘した鉱石はダイクンが鍛造してくれる。何か入り用なら鍛冶屋を尋ねてくれよ」
相方となるダイクンの宣伝も欠かさないとは。気遣いが回る男性といった印象でしょうか。
「ダイクンとマデュラか。何か入り用となれば発注するとしよう。……して、坑道の類は何処に有って鉱石は何が採れるのだ?」
ジークの質問にマデュラは頭を掻きながら、
「坑道はこの村から西に500メートルほど進んだ先に。主に銅、銀、金が採れるがまだ発掘をはじめたばかり。奥の鉱脈にはきっと良質な鉱石が眠ってるかもしれない」
それを聞いたジークは悩み出し、やがて一息吐き出した。
領主としてどう村を経営していくのか悩んでるんですね。
そんなジークにダイクンが一つ尋ねて来ました。
「ところで領主が赴任したとなると、やっぱり税金を納めなきゃならないんだろ?」
「本来ならばな。……この村にはどの程度の頻度で商人が足を運ぶ?」
「稀に旅人が来るだけで人の出入りは殆ど無い」
ダイクンのそんな返答に私は顔を顰め、なぜかジークは楽しそうな笑みを吊り上げてました。
どんだけ人の出入りが無いんですかぁ? というかジークは笑っても恐いです!
「領民の収入が安定しない状態では税金は取れんな! 屋敷に戻ってから色々と計画を練るか」
そしてジークは笑顔のまま3人に。
「これで失礼させてもらう」
踵を返し私も歩き出すと3人の小声が耳に。
「やはり顔で判断するのは早計だが、身が震える程の凶悪な笑みだったな」
「あぁ。もしかしたらオレ、一人で会ってたら泣き叫んでたかもなぁ」
「……悪魔と領主、何方が恐いか……妻と倅は失神してしまうか」
あっ、ジークが肩を震わせてますね。きっと聴こえてしまったのでしょう。
まあジークが恐がれようとも私の空腹は紛れません。
寧ろ笑いを堪えるのに必死で余計な体力が浪費しそうですね!