49.メイドとリオン
畑仕事も終え、遂に宿屋も完成して村人も私とジークの気分も最高に鰻登りの今日この頃。
晴々とした青空の下、私は今ではすっかりと日課になった石の塔に赴きました。
ふふ、今日はレオスとダルニも一緒ですよ。
「さあ、二人とも! 魔術を唱えるのです!」
私の合図に二人は嬉々としてパイプに向かって、
「「リオン! いっしょにあそびましょー!」」
よく子供が友達を誘うあの言葉をリオンに向けて放つ。
すると如何でしょう? 友達が来たことに喜んだ子供が駆け出して外へ!
だけど扉は依然として沈黙を貫いたまま、あろうことか返って来るのは、
『ひっ! 知らない人の声!』
怯えた声でした。
うーむ、レオスとダルニの呼び掛けでダメとなると大人達は論外ですね。
「ミルフィおねちゃん、あそべないなら向こうであそんで良い?」
「きょうこそいしのとうでぼうけん〜、ちょっとざんねん〜」
リオンと遊べない事に二人は明らかな落胆を見せ……うぅ、私とした事が純粋無垢なこの子達を落ち込ませてしまいましたね。
「今朝、お裾分けしたアップルパイでも食べて元気出してくださいね」
そう伝えるとレオスとダルニは眼を輝かせて、
「おやつがおうちにかじをきれとさけんでる!」
「レオス、さきにいくよ〜」
テンションも高らかに叫ぶレオスを他所に、ダルニはゆったりとした性格とは裏腹に俊敏な動きを見せて一足先に駆け出して行きました。
「……ダルニは足が速いんですね〜。これは新しい発見です」
まだまだ知らないこと、新しい発見が有るのはとても楽しいことですね。
心が弾むのを感じながら私はパイプに顔を近付け、
「さっきのお二人は以前にお話ししたレオスとダルニですよ」
『……村の子供、なんで連れて来た?』
「交流が私だけじゃ後から大変じゃないですか」
『此処から出る事なんてない。……外は恐いし』
外が恐い。それは紛れもないリオンの本心なのでしょうか。
ふむ、少しだけ踏み込んでみますか。
「村の中は安全で楽しいですよ。動物も沢山居ますし」
『……塔からよく見えるよ。だけど突然、沢山の人に襲われた経験が有る?』
リオンからぽつりと紡ぐがれた予想外な言葉に私は、思わず沈黙してしまっていた。
沢山の人に襲われた経験からリオンがひきこもりに?
いえ、そんな思考よりも質問に答えるのが先ですね。
「ありますよ。これでも私、幼い頃は下町の貧民街出身でしたから」
貧民街のルールというのは単純明解、他者から奪って生き延びろ。それがルールでした。
当然私も幼いながら食べられる野菜屑を集めて、それを巡って追い回されたりしたもんです。
でもリオンの襲われたと私の襲われたは違うんだろうなぁ。
「まぁ私は襲って来る連中に対して反撃したりしましたけど、リオンは違ったんですか?」
『キミって逞しいね。……ある日、父から不要と言われて護衛の騎士と一緒に荷馬車に乗せられてさ』
追放村までの道中に少なくとも護衛が着いていた。ということはリオンは高貴な身分ということですかね。
私は推測を浮かべながらリオンの話に黙って耳を傾ける。
『でも、騎士は護衛じゃなかった。始末するために用意された者達だったんだ』
それはトラウマになっても仕方ない事件ですね。
仮に私が高貴な身分で、ある日父親に捨てられたとしましょう。
そして頼りになる筈の騎士に裏切られたのなら、それはもう人間不信になっちゃいます。
「でもリオンは生きてますよね? という事は誰かから助けられたと」
『……エリカ先生にね』
つまりリオンが追放された時期と先生が追放された時期は同じ?
「じゃあ石の塔は先生が用意したんでしょうか?」
『……此処はボクを幽閉するために父が用意した物さ』
なるほど。リオンの話しを聴くと父親は元々追放村に用意した石の塔に住まわせるはずだった。
だけど護衛を務めた騎士がリオンの殺害を目論んだ。
これは……アレですね。良くある要人殺人事件です。
リオンのような前例は実のところミルデア王国では決して少なく無いんですよねぇ。
噂では大臣が貴族と結託して不都合な者を消してるとか、そんな話しも有るぐらいです。
でもリオンの父親に関して何も情報が無いので、ちょっと判断に困りますね。
そういえば……王城で私より歳下の子供を見かけた事が有るような?
でも気付いたら居なくなって、先生も居なくなちゃって気に留める暇も無く、メイド業務に打ち込むようになって忘れちゃってしまたね。
「……もしかして私はリオンと会った事が有るのでしょうか?」
『人違い。そう言って姿を拝もうなんて卑怯』
えっ!? 私はそんな事考えてませんよ!
侵害だなぁと思いつつも、王城で見かけた子供は気の所為だと判断することにしました。
「まあ、姿はいずれ拝ませてもらいますが、リオンのトラウマは少しだけ理解できたので私としても嬉しいですよ」
『なんで?』
「知人の事を少し知れたので。なので私も強行策は控えます」
裏切られた傷は深いです。
もしも私も先生やクラリスに裏切られたら……もう先生とクラリスを殺して私も死ぬ! まで行きそうですし。
「……でも、村の事に付いては相談に乗って頂ければ助かります」
『その時は協力するけど、もちろんこういった形でだけど』
まあ流石に引きこもっていたリオンが、村のためにすぐに外に出るなんて事は無理でしょう。
そもそも対人経験不足のリオンが、ジークと出会ったら?
間違いなく昇天しちゃいそうですね。
あと男子なのか女子なのか不明瞭なところもあります。
うーん、聞いたら答えてくれるのでしょうか?
「そういえばリオンって男の子? 女の子?」
『どっちだと思う?』
質問で質問を返されちゃいましたか。
口調、一人称で判断は難しいですね。
……これはアレですかね? 稀に居る中性的な顔立ちで性別が何方にも分類されない……あの!
「分かりました! リオンの性別は【リオン】ですね!」
『……キミはバカかい? でもその方が面白いかも』
おや、罵られましたが案外乗り気じゃあないですか!
「では旦那さまにはリオンの性別は【リオン】と伝えておきます!」
『じゃあ、また明日も来るんだろ? その時のジークの反応を聴かせてよ』
「えぇ、任せてください!」
こうして私は村で用事を済ませ、ついでに屋敷に向かう道中で立派な鹿を一頭狩ってから帰るのでした。