45.ファーストキス?
アマギが去った後、山脈の山道はどうなっているのか気になった俺は、早速メイドを屋敷に置いて来たのだが……。
「アイツも連れて来れば良かったな」
山頂まで登り詰めて俺は目前に広がる光景に少々後悔を浮かべていた。
山頂から見える海と魔界、振り返れば大自然に囲まれた高原と俺達が暮らす追放村が見えるんだ。
思えばメイドにしてやったのは給料を払った程度で、何か褒美の一つも与えてはいなかったな。
「……メイドのことだ、この光景を目にしたとしてもボケた事を抜かすのか……いや、魔王に対して想うかもしれんな」
今度メイドも連れて来よう。そう決めた俺は登って来た山道を引き返すことにした。
▽ ▽ ▽
この山脈の山道は人の手が入って無い筈だが、自然によって形成されたのか道は緩やかな斜面と比較的に整っていた。
大規模な整備計画が不要なのは行幸と言えるが、それでも崖沿いにロープなり補強は必要だが……。
問題は山脈の山頂まで標高が高いことだな。空気も薄ければスリーピーススーツでは少々肌寒い。
いや、これは俺の基準だ。きっとメイドなら寒さと空気の薄さに酸欠を起こすかもしれんな。
「酸欠は慣れが必要らしいが、何か魔術で対策でもできるか?」
いかんな、俺には魔術の知識が無い。
魔術で酸欠を防ぐ術が有るならメイドに……いや、魔女を頼るとするか。
何か言われそうだが、メイドが酸欠で倒れる可能性について説けば彼女も協力に応じるだろう。
俺はそんな事を考え小さくほくそ笑むと……空から悲鳴が聴こえてきた。
何だ? 空から悲鳴って空耳の類いか?
などと無警戒に空を見上げた俺の目前に迫って来たのは……なんて事は無い生首だった。
いや!? 待って! 生首が飛んで来るってなんだぁぁ!?
あんまりな状況に反応が遅れた俺に、
「ちょっ!? 避けてくれ!」
生首は必死な形相で叫んだ。
「生首が喋っただとぉぉっ!?」
そう言った幻想生物が存在する事は知っていたが、いざ目の当たりにすると驚愕してしまうのは無理もないだろう。
などと思考を挟んだのがいけなかった。
すっかり反応が遅れた俺に向かって飛来した生首が……いや、正確には生首の唇と俺の唇がぶちゅうっ! と音を立て衝突したっ!!
あまりにも衝撃的な体験と出来事に俺は地面に崩れ落ち、そして。
「おえぇぇ!!」
形容し難いはじめての味に吐いた。
胃の中の物を全て吐き出し、なんて事をしてくれたんだ! と生首を忌々しげに睨む。
だが、向こうも同じ考えのようで、生意気にも俺を睨むときた。
……それでも俺の腹の底から込み上がる怒り、まさに腑が煮えたぎるような感覚と生首に対する殺意が俺を突き動かす!
「よくもわたしのはじめてを奪ってくれたなぁぁぁ!!」
俺は殺意の衝動に身を任せて生首に拳を振り下ろした。
すると生意気にも生首は転がることで拳を避けやがり、行き場を失った拳が地面を叩き割った。
生じる亀裂と振動、崩れて山道を転がる岩に生首は慌てふためいて様子で、
「ま、待ってくれ!! こっちだってはじめてだったよ!」
涙を流しながらそんな事を叫んだ。
なに? こいつもはじめてだと?
……落ち着け俺! 怒りに身を任せては山頂が崩壊してしまう恐れがある!
それは誠に大変不本意なため、俺は怒りを鎮めるべく何度も深呼吸を繰り返した。
「……なぜわたしのはじめたが女性では無く、こんな……こんな! 奇天烈な生物なんだ!」
深呼吸したところでどうにもならなかったから俺は怒りを言葉にして叫んでやった。
「奇天烈って! こちとら妖精の一種と名高いデュラハンなんだぞ!」
「デュラハン? そういえばメイドから森に生息してるっと聞いたことが有ったな」
しかしこいつの身体は何処だ? そもそも何故生首だけで?
鎮まった怒りの代わりに疑問が湧く。同時にデュラハンに付いて興味も芽生えた……別にこいつがはじての相手だからじゃあない! 食べた物はどうなるのかとか純粋な好奇心によるものだ。
誰にでも無い自分に言い聞かせているとデュラハンが、
「メイド? へぇ、他にもメイドが居たのかぁ」
メイドを知ってるらしい言葉を言っていた。
俺が雇ったメイド以外にもメイドが居る? いや、そんな筈は無い。
それとも他所から来た使者か何かだろうか?
アルザレス領から来た者ならなお都合が良い。そんな期待を胸に抱いている俺にデュラハンが訪ねてきた。
「そのメイドはかわいいか? パンツは何色だ? 胸のサイズとお尻の形は?」
そんな事を……とんでもねえ変態じゃねえかぁぁぁ!!
この変態野郎にウチのメイドを会わせる訳にはいかん!
後々俺が魔女に怒られそうだからな!
「変態がっ」
「その蔑んだ目やめて? 今日だけで二度目だからね?」
そんな事情知ったこっちゃねえよ。
「……いや、流石にパンツとか聞いたのは悪かったよ。つい出来心でさ。……責めて髪の色と瞳の色だけでも答えてくれよ」
果たしてコイツに教えても良いのだろうか? いや、良くないな、こんな変態にいくらあのメイドでも付き纏われでもしたら可哀想だ。
「教えてくれたら我輩を蹴り飛ばし、悲惨な事故を招く結果を齎した者に付いて情報を提供しようじゃないか!」
諦めの悪いデュラハンはそんな事を……コイツはいまなんて?
「なに? 貴様は誰かに蹴り飛ばされたというのか?」
俺の聞き間違いでなければ確かにデュラハンはそう言った。
なるほど、そいつが知るメイドと俺の知るメイドの情報交換という訳か。
ふっ、ウチのメイドは自称超優秀だが、結構ポンコツで抜けてるところが有るが、幾ら何でもデュラハンの首を蹴り飛ばす真似なんてしない。
俺はそんな確信を抱きながらデュラハンの生首を持ち上げ、
「俺が雇っているのは腰まで届く長い銀髪に綺麗な碧の瞳をしたメイドだな」
「奇遇だな! 我輩を蹴り飛ばしたのも同じ髪色と瞳の美少女だった! そういえば黒タイツに紫のパンツを履いていたな!」
後者の情報は死ぬほどどうでも良いが、ミルフィと同じ髪色と瞳? 偶然か?
いや、待てデュラハンは黒タイツと言ったな? ……なるほど? 何故俺がデュラハンにはじめてを奪われることになったのか推理できるな。
つまりデュラハンは美少女メイドの前に生首を飛ばし、下からスカートを覗いたと考えられるな。生首から覗ける位置となると丈の長さは膝下程度か? それで黒タイツと。
……そこまで考えた俺は漸く結論に達した。
そうだ、それに該当するメイドなんて村じゃあミルフィだけだろ!
答えも解ってスッキリしたと同時にミルフィがコイツを蹴り飛ばした理由も理解できた!
「テメェの自業自得じゃねかぁぁぁぁ!!」
俺は怒りに任せてデュラハンにアイアンクローをかましてやった。
「うぎやぁぁぁ!! つ、潰れるぅぅ!!」
流石に潰しはしないが、さてコイツをどうするか?
一先ず下山してから考えるかぁ。
というか湖に投げ捨てて良いか? 良いよな。
そんな考えを察したのか、奴は俺に向かって。
「我輩に何かしたら村の中心でファーストキス相手を叫ぶからな!」
コイツ! なんて恐ろしい事を!!
俺が戦慄を浮かべていると、デュラハンは調子に乗ったのか、
「さあ! 屋敷まで案内してもらおうか? なに、身体が我輩を取りに来るまでの辛抱だ」
くっ、メイドには悪いがコイツを屋敷に連れて行く他無いな!
こうして俺はデュラハンの脅しに屈する形で渋々屋敷に帰った。