04.メイドと仕立屋
次にやって来たのはノームの自宅よりも大きな外観でレンガ造りの家。
自宅前に置かれた『仕立屋コルル』の看板を見るに、こちらは住居と工場を兼ねているのでしょうか。
「2軒目で既に統一感が皆無だな」
「ざっと見渡した時点で既にありませんよね」
しかし仕立屋が在るのは行幸と言えるでしょう。
何せ私は着の身着のままで追放されましたからメイド服はこの一着のみ。
さて、まだ仕事もしてない私はジークにお願いしないといけません。
「旦那さまにお願いがあります」
「ほう? 察するに君は手荷物の一つも無い、つまり此処の仕立屋で衣類を仕立てて欲しいと」
「お話が速くて助かります」
「同じメイド服を何着か仕立てるように頼めば良いのか?」
「いえ、このメイド服は魔王城に勤めるメイドのみが着ることを許される衣装ですから別の物を」
私がそう告げるとジークは眉間の皺を伸ばすように摩り、
「その件は追々聴くとして、先ずは此処の店主にあいさつせねばな」
彼は敢えて何も聞かずドアを叩いた。
ふむ。ジークの優先順位はメイドの経歴よりもあいさつですか。
まあ話しもそれなりに要するのでこちらとしても助かりますし、何よりもメイドが主人の予定時間を浪費するのは好ましくないですからね。
私がそんな事を思っているとドアが開き、長い赤髪と翡翠色の瞳、目鼻立ちが整い、大きな瞳の美女が出て来ましたね。おまけに巨乳ですか……羨ましいなんて思ってませんからね!
美女はジークに一眼見ては絶句を浮かべ、視線を激しく揺らした。
「こ、こ……こ、これはこれは、ず、随分と恐い顔の男性が、た、尋ねて……来たわね」
すごく声も震えていらっしゃる。
そんな彼女を見兼ねたジークは、
「失礼、レディ。何分この顔は生まれ付きのものでしてね、怖がらせて申し訳ない」
腰を折って彼女に頭を下げました。
顔に似合わず物腰は丁寧ですよね。それに紳士的対応、これならさぞモテモテになるのでは? あっ、顔が恐いから無理か。
「あ、あたしの方こそ失礼したわ。……あたしはこの村唯一の仕立屋コルル! スーツからメイド服、何でもご要望とあらばご期待に応えて見せましょう」
「……そのあいさつは村で流行っているのか? いや、失礼。わたしは本日この村の領主となったジーク・リンデバルドだ」
ジークは私の方に視線を向けると、私をコルルに紹介してくれました。
「それでこちらがメイドのミルフィなのだが、さっそく彼女に似合うメイド服を何着か仕立てて貰ってかまわぬか?」
そして同時に用件を伝えるとコルルが眼を輝かせ、
「銀髪碧眼の美少女メイド! この子がいま着ているメイド服も似合ってるけど……ちょっと触らせてもらっていいかしら!?」
鼻息荒く捲したてるように私の手を握りそんな事を。
確かに魔界のメイド服はちょっと変わってますよね。
何せ魔界のメイド服はスカート丈と袖が短い、逆にミルデア王国のメイド服は足首に届く程なくロングスカート。
ジークに仕えるメイドとして恥じない装いになるので有れば協力は惜しみませんとも!
「構いませんよ」
笑顔を浮かべて告げると、コルルの腕が高速で動き出しっ!?
私の全身は彼女の手に弄られ、変な所まで触られ思わず、
「ちょ!? ま……やぁ!」
変な声が漏れてしまったのは不可抗力です。ええ、不可抗力ですからジークはこちらを……あっ、最初から見てすらいません。むしろ青空を眺め、
「うむ、やはり快晴に限るな!」
そんな事を言ってました。
っと、私の意識が逸れてる間にコルルは調べ終えたのか満足そうな笑みを浮かべ、
「中々興味深い作りをしてるわね! 是非ともひん剥いてじっくり調べたいのだけど!?」
「ダメです」
「そうかぁ」
何でしょぼんとするんですか? いえ、それよりも要望を伝えるのが先ですね。
「要望なのですが、メイドブリムは当然として。エプロンドレスベースにスカート丈は膝下ほど、袖でも今のぐらいのにしつつ服の裏側にベルトを通せるようにして欲しいのですが」
「任せてちょうだい。貴女に似合うメイド服を仕立てみせるわ! それはそうと何着必要なのかしら? ついでに下着もおまけするけど」
7着は欲しい所ですが、私はジークに伺うような眼差しを向けると意図を察した彼は、
「好きなだけ注文しるといい」
なんと気前のいいことを! ケチな雇主と違って彼は金銭に糸目を付けないのですね!
そうと分かったら遠慮なんてしませんとも。
「では、メイド服七着と下着一式も七着でお願いします」
「そう! 全部で29400ゴールドになるわ!」
笑顔で告げるコルルに私は驚きを隠せませんでした。
だってメイド服は一着1000ゴールド、そこに下着一式を合わせても7700ゴールドが相場価格。
それともよほど良い生地を使ってるのでしょうか?
「ふむ。流石に王都と比べると割高か」
「何せ村人以外に客なんて来ないし、おまけに物々交換か頼み事が主流だからね。取れる所から取らないと儲けにならないのよ」
確かにコルルの言うことも理解できます。
「なるほど。……では明日にでも支払うとしよう」
「毎度! あぁ、そうだ! 試作したバニースーツをミルフィにプレゼントするわ!」
バニースーツ!? バニースーツってカジノで接客係が着るあのちょっとえっちな感じの服装ですかぁ!
私が断ろうと口を開いた時には、既にコルルはドアの向こう側に去っていました。
……行動力に溢れるお方ですね。
そんな感想を抱いてる間にコルルが戻って来て……はやっ!
彼女の腕には兎の形をした、丁度私に合うサイズの……えっ? 着ぐるみ?
「あの、バニースーツ?」
「えぇバニースーツよ。何処からどう見てもバニースーツじゃない」
コルルはバニースーツ? を広げて見せましたが、何処からどう見てもピンク色の兎の着ぐるみなんだよなぁ。
つい丁寧語を忘れてしまうほどの衝撃を受けた私の隣で忍笑いが、
「くふふっ……似合うんじゃないか、それ?」
「きっと似合うわよ! あたしが保障するわ!」
うっ、そんなに貰って欲しいそうな眼差しをされると断れませんね。
そもそも寝巻きもないですから贅沢は言ってられませんか。
「ありがとうございます。これで寝巻きに困ることも無さそうです」
私は有り難くコルルから着ぐるみを受け取り、抱えていた木箱に収納。
そしてジークに視線を向け、
「次は何処に行くのですか?」
次の行き先を尋ねるとジークは指に顎を添え、コルルに尋ねた。
「この村に自警団やそれに類似する者は居るのか」
「居るわよ。それも元騎士団のお人がね!」
元騎士団の自警団ですか。騎士に取立てられるほどのお人がなぜこの村に?
そもそもノームやコルルだってなぜ追放されたのでしょうか?
……いえ、まだ村について知らないことが多過ぎますね。先ずは村の住人と状況、細かい地形を知るのが先決!
「元騎士の自警団……ふむ? それらしい施設は……あの石の塔か?」
そういえば自警団らしい施設なんて見当たりませんね。
ジークの言う通り石の塔が自警団の詰所なのでしょうか?
私が疑問に思うとコルルは苦笑を浮かべ答えました。
「あの石の塔は村唯一のひきこもりの自宅よ。自警団の詰所はその隣ね」
あの塔はひきこもりの自宅でしたか。なんと私よりも凄い自宅をお持ちですね……まあ、私に家は無いんですけどね。
少し脅せば木箱と交換してくれるかもしれない。そんな事をほんの少しだけ頭の隅に考えていると。
「あの石造りの立派な建物か。ふむ……自警団、鍛冶屋、その隣の民家、牧場を尋ねる道順で行くか」
おや、石の塔を道順から外しましたね。
まあジークの顔を見た瞬間に失神してしまう可能性も高そうですからね、私は敢えて提言しませんとも。
私は歩き出すジークの後を追い、続いて自警団に向かうのでした。
……そういえば、まだ何も口にしてませんね。あぁ、早く何か食べたいなぁ。