38.メイドと来客
外は晴天で風も穏やかな今日は絶好の洗濯日和!
そんな穏やかな昼下がり。私は覆面を外したウルスラグナ団に家事の指導をしていました。
「あたい達がアンタの指導を受けてからもう一ヶ月か」
短い緑髪に左耳にピアスをした女性──ミントが何やら感慨深そうにそんな事を言った。
なんです? いつも文句言いつつ作業する癖に、ちょっと良い顔されると反応に困るじゃあないですかぁ。
「そうですねぇ。ミント以外は最初の頃に比べると成長しましたよね」
少しだけ今日に至るまでの指導風景を思い出しつつ、赤髪のギルザ、黒髪のアルザー、茶髪のビンセントの成長に太鼓判を押す。
男三人は料理は出来ても接客の言葉使いと掃除が全然でした。
でも元々要領が良かったのか、軽く教えただけでコツを掴んだんですよね。
私が思い出に浸かってるとミントが苦笑を浮かべ、
「あたい以外はって、それじゃああたいはダメダメみたいじゃない」
「いやぁ姉御は……うん」
「メイドも他意は無いとは思うよ?」
「だって姉御って意外と万能だから……教える事が無いんなじゃ?」
そう、彼等の言う通りミントは最初から全部できていたんです。
家事も料理も完璧、それこそお金を払って間違いないほどに!
なんでこの人は野盗に身を落としちゃったんですかねぇ?
「ミントには私が指導することも無いですよ。むしろシフォンケーキのレシピを教えてくださいよぉ〜」
「そんなに気に入ったのかい? なら教えるけど、その代わりあたいにハチミツクッキーの焼き方を教えてよ」
「先生みたいに美味しく焼けないですが、それでも良いなら教えますよ」
「交渉成立だね。野郎ども! 帰り際にハチミツを回収して行くよ!」
ミントの一声にギルザ達が応じる。
これもさっそく見慣れた光景ですが、思い返せばレシピ交換なんてあまりやった事がありませんね。
これはこれで新鮮で楽しい。なんて思いながら私は、
「というかもう私が教える事は無いんですよねぇ」
「それじゃあ卒業ってことか?」
意外そうに聞いてくるギルザに私は頷く。
でも一つだけ敢えて言うなら、
「宿屋の開業後になりますが、笑顔を忘れずにですよ」
それを最後に伝え、ウルスラグナ団は晴れて卒業したのでした。
▽ ▽ ▽
ウルスラグナ団が村に帰ってから私が洗濯物を干している時でした。
門に近付く角が視界に移り込んだのは。
頭部に角を生やして、細長い尻尾を揺らしながら大きな荷物を背負った人物に思わず私は、
「魔族の方がこの土地に!?」
意外な来客に驚いちゃいました。
物腰穏やかな笑みを浮かべ、それ本当に見えてます? と思わず聞きたい程の細目をした魔族の男性が、
「あぁ、驚かせちゃったなぁ。やっぱり僕ら魔族は人に恐れらるのかな?」
悲しげにそんな事を。
如何やら私の態度が彼に誤解を与えてしまったようですね。
「別に恐れては無いですよ。ただ、あの山脈を超えて遠路遥々この土地に来たのが意外だったので」
訂正を交えて正直に答えると魔族の男性は心底安心したように笑みを浮かべ、
「なんだ、そっちのことかぁ」
勘違いだったと頬を掻いた。
「ところで見たところ行商人のようですが、こちらには商談に訪れたのですか?」
「そうだよ。僕はディアボロ商会のアマギ、お嬢ちゃんの名は?」
おお! 魔界一と謳われてるディアボロ商会が追放村を訪れる日が来るなんて!
おまけに取り扱い商品の幅も広くて、魔界に居た頃は何かと重宝しましたね。
「私はこの屋敷に仕えるミルフィです。……ディアボロ商会と言うと上質で品質の高い商品を取り扱い、尚且つ値段も良心的な商会でしたね」
「ミルフィ……? 顧客リストにそんな名が有った気がするけど、角も尻尾も無いから別人かな?」
「えっと、本人ですね」
「……つまり君がユヒナ様の専属メイドを勤めていた前任者?」
アマギの言葉に私は白状するようにこくりと頷く。
すると彼は眼を見開き驚きを顕にしました。
「なんと! ユヒナ様の命を脅かした刺客がこんな場所に居るとは!」
あっ、私は死んだかもしれません。
人間の私が魔族から逃げる術もありません。仮に逃げ切れたとして両国から国外追放された私は何処に逃げるの?
そう、私に逃げ場なんて無いんですよ。
私は思わず死を覚悟して眼を瞑ると、不意に頭に何か乗せられたような感覚に襲われました。
いえ、確実に頭に何か乗せられてますね!
眼を開け、頭に乗った物に触れる。
それは硬くて先端が尖っていて馴染みの有る感触……って付け角じゃないですかっ!
「もしもミルフィに出会ったら魔族なりきりセットを渡すようにも言われてたんだよ」
そう言ってアマギは付け尻尾を私に手渡しました。
「……ユヒナ様がそんな事を? それ以前に私は殺されない?」
「少し驚かせちゃったかな。これもユヒナ様からの指示なんだ」
あぁ、きっと今頃ユヒナは笑ってるに違いないですね。
それはもう良い笑顔に違いありませんとも。
「そうですか、それなら安心ですね」
「うん、ジョークを交えれば多少は距離も縮まるからね。ところでそろそろ主人を紹介して欲しいんだけど」
アマギは早くジークに会いたいのか、尻尾を揺らしていた。
そんなに早く会いたいんですか? けど間が悪いことにジークはマデュラと一緒に採掘で坑道に出掛けてます。
おまけにまだ宿屋は未完成!
「生憎と旦那さまは現在留守でして」
「そっかぁ。なら宿屋で休ませてもらうかな」
「……実は宿屋もまだ未完成なんですよ」
「えぇっ!? じゃあ今までどうやって商談を? そもそもこの村はいったい……」
本当に追放村に来客が来ることは滅多に無いです。
少なくとも私が暮らし始めてから一ヶ月の間に商人が来ることもありませんでした。
「この村は追放村、滅多に人は訪れませんよ。何せ国境の狭間ですからね」
「追放村……確かに来辛いかもねぇ。でもまぁ、だからこそディアボロ商会はこの村と取引がしたいんだ」
アマギの言葉に私は少しだけ驚いた。
確かに村の発展を進めるためにもディアボロ商会との取引は必要不可欠です。
でもディアボロ商会がこの村から商品を仕入れるだけの価値が有るのでしょうか?
「それはまた如何してでしょうか? 正直に言ってディアボロ商会が望む取引ができるかは保証できませんよ」
「そこは村を見て回って判断していくさ。……でも寝所が無いのは困ったなぁ」
「その件ですが、屋敷に滞在するのは如何でしょうか?」
「えっ? メイドの君が判断して大丈夫なのかい?」
アマギは心配そうに尻尾を垂らしながら聞いてきますが、なんの問題も無いです。
事前に宿屋完成前に突然の来客に付いて如何するか話し合っていたのが不幸中の幸いでしたね。
それが無ければ流石に超優秀な私でも許可無く勝手な判断はできません。
「その点はご心配無く。あぁ、待ってる間も退屈でしょうから村を見に行きますか?」
私の提案にアマギは眼を輝かせ、
「それじゃあ村の案内を頼もうかな!」
こうして私は魔族なりきりセットを装着したままアマギと村へ出掛けるのでした。