36.宮廷魔術師とある貴族の端末
ゲラルド王が呪いの影響で腹痛を患い早くもひと月が経過。
王がトイレに閉じ篭っている間、北の情勢が変化していた。
毎度のことかながら貴族同士の争いなど無価値だと常々思う。
いつだって嘆くのは領民だ。
そんな不条理に腹を立てても俺が出した星占術の結果も現実も変わることはない。
「北のベウル湿原を治めるアラメドルク伯爵の没落」
アラメドルク伯爵はアルザレア伯爵に領土戦争で敗れ、領地経営の要である二つの領土がアルザレア伯爵の領土となった。
特に今回の敗戦で領民が領土から離れるほどにアラメドルク伯爵は信頼を失った。
元々無に等しい信頼だったが、今回の一件で更に失落を招く結果となった。
そこで余裕が無くなったアラメドルク伯爵はまだ手付かずの国境の狭間に眼を付け、騎士団を使いそこそこ名の知れた野盗を追い立てた。
北の領主が野盗を鎮圧する能力が無いとすれば、騎士を派遣しそのまま制圧するという腹積りだったのだろう。
だが、そうはならなかった。
いや侵攻に踏み切った所で関所に雷が堕ち、一軍に甚大な被害が出ていただろう。
あの村にはエリカ師が居るのだからな。彼女にとって雷の魔術を扱うことなど造作もないことだ。
「贈り物で騎士を引かせた結果がアラメドルク伯爵の自滅とはな」
追放村の領主ジーク・リンデバルドは追い立てた野盗が隠した財宝を回収し、嘆願状と共にアラメドルク伯爵に贈った。
余裕を無くし領土回復の見込みも無いアラメドルク伯爵が騎士を関所から撤退させる程の財宝とは一体?
俺の疑問はさて置き、国境の狭間付近にゲラルド王の命も無く騎士を動かしたアラメドルク伯爵はミルデア城に招集されることとなった。
そこで待っていたのはアラメドルク伯爵の爵位剥奪と治めていた領土を全てアルザレア伯爵領とする事、加えて地下金鉱山での無期限労働に従事するという処罰が下された。
「まさかゲラルド王が爵位剥奪まで踏み切るとは意外だったが……ま、アラメドルク伯爵は黄金好きで有名だ、今頃感涙に咽び泣きながら採掘でもしてるだろう」
俺はそんな事をぼやきながら書類に今回の出来事を書き記していた。
ゲラルド王の心中などたかが知れているが、恐らくは国境の狭間に騎士団が行動することによって魔界を刺激すると判断したのだろう。
ミルフィが齎した魔王ユヒナに戦争の意志無し。その証拠を裏付けるのが、ユヒナがゲラルド王に送った手紙だ。
俺は内容を読んだ訳では無いがゲラルド王の顔面が面白いくらいに青く染まったところを見るに、警告も含まれていたのだろう。
このままミルデアと魔界に友好条約が結ばれれば良いが、それには我々は魔族に付いて何も知らな過ぎる。
「その時が来れば俺もクラリスも気軽に追放村へ足を運べるのだがな」
そんな未来を想像しながら俺は、書き上げた書類に不備が無いか眼を通した。
ふむ、多少の愚痴も混じってはいるが問題は無いだろう。
漸く終わった仕事に羽ペンをペン立てに置き、俺は研究室を後にした。
責めてエリカ師とミルフィには穏やかな生活を送ってもらいたいものだが……また動き出しそうな貴族が居るのは全く頭の痛い話だ。