33.メイドと財宝を護る番人
踏み込みんだ洞窟は陽の光が通らない真っ暗闇。
このまま進むのは危険ですが、まあ灯火の魔術を使えば問題は無さそうですね。
私はスカートのポケットから掌程度の羊皮紙を取り出した。
暗くて刻んだルーン文字は見えませんが、羊皮紙には既に血の代償を払っている。
私はそのまま指をパチンっと鳴らした。
すると左掌に魔術の灯りが作り出される。
「これで足元も安心ですね」
十分な視界を確保した私は、土壁の通路をナイフを握り締めた右手で触れながら進む。
その際に足元に細心の注意を払う……だけど入口付近には罠の痕跡は見受けられませんでした。
でも魔法の類なら? 魔法なら魔方陣を仕掛けて置く必要も無いと聴きます。
先程の光の壁を念頭に警戒心を最大限に、しばらく通路を真っ直ぐ進んだ。
▽ ▽ ▽
洞窟に入ってしばらく経ちましたが……拍子抜けするほど何も有りませんでした!
「罠が無いという事は使わずとも侵入者を撃退できるという自信の表れでしょうか?」
だとすれば舐められたものだと思う。
幾ら遠距離から魔術、最悪魔法だったとしても詠唱には言霊か合図が必要になります。
……ユヒナのような魔法に恵まられた方なら無言で魔法が扱えるらしいですが。
彼女曰く『例え悪魔でも魔法の無言詠唱は難しい』そうです。
「まぁ、だからと言って警戒を怠る気は無いですけど」
財宝の回収失敗は一方的な侵略戦争に発展しちゃう。
だから私が失敗する訳にはいかない。
……まぁ、例え失敗したとしてもジーク、先生とウェンダムが村を護ってくれるでしょう。
ほんと気楽な仕事なら肩を張らずもう少し楽ができるんですけどね。
っと、そんな愚痴を内心で零すと通路から広い空間に出た。
そこには寝そべる膝下ぐらいの低身長。スーツを着こなし、特徴的な猫耳のような髪型をした女の子の二人組。
その背後には恐らく財宝の入った宝箱が……って! 待ってください!
「あの! 貴女達はもしかして!」
思わず声を掛けると、寝そべっていた二人組がゆっくりと気怠るそうに身体を起こした。
やがて二人の金色の瞳と眼が合う。
そうだ……この子達の名前はサキとサクだ。それが使い魔の名前でしたね。
何で今まで忘れていたのかはさて置き、このままでは一戦する羽目に成りそうです。
右手に持っていたナイフを瞬時にしまう。これで多少の警戒は薄れるとは思いますが、向こうがどう動くかですね。
僅かに身構えると二人組は寝惚けているのか何度か目蓋を掠り、漸く私を認識した。
「あれ〜? もしかして小娘?」
「おー? 小娘ってあの小娘? 契約者の弟子の小娘?」
起きやがりついでに何も無い空間から身の丈に合わない大剣を取り出して握った。
魔法による物質召喚ですか。となると洞窟の入り口に張られた光の壁も魔法でしたか。
つまり私が予測した中で最悪な相手ということ。
「その小娘ですよ……あの? こんな所で一体何を? 先生も心配してましたよ」
まぁ嘘ですけどね。
私の記憶通りなら先生のお仕置きを恐れてます。
だからそれを言ったら頑なに帰ろうとはしないでしょう。
寧ろ私を追い返そうと強攻策に出る。
悪魔の中で弱い分類の使い魔とは言え魔法を扱える。そんな手合いと一戦交える気にはなりません。
「えっ? 契約者が心配……小娘、本当に契約者は心配してた?」
「えぇ。つい最近再会したばかりですが、帰って来ない貴女達を想って深い溜息を吐いてましたよ」
「……おぉ! サク姉! 契約者が心配してるってよ!」
「ちょっと待ってサキ。本当に契約者が心配してると思う? 20日以上も帰らない我らを心配してるなら捜しに来るんじゃないのか?」
比較的冷静なサクが不信感を宿した眼差しを向けられ、私は本当だと言わんばかりに頷く。
さて、上手く騙せれば良いんですけど。
「いま先生は万能薬の調合で手が離せないんですよ。だから私がこうして向かいに来たんです」
「……サク姉、小娘はああ言ってるけど」
「騙されちゃダメだよ。小娘は可愛い顔して相手を平気で欺く狡猾さを併せ持つ女だ」
私は貴女達のことを忘れていたけど、向こうは私の事をよく憶えてるんですね。
ちょっと感動が芽生えましたが……仕方ないですね。
「連れ帰ったサキとサクにアイスを作って欲しいとも頼まれたのですが……要らないなら私は帰りますよ」
そう言ってサキとサクに背を向け歩き出す。
するとサキとサクが慌てたような声を荒げ、
「あ、アイス! サク姉、小娘のアイスだよ!」
「アイスに罪は無い! さぁ小娘! 我らを契約者の所まで連れ帰れ! そして作り立ての冷たいアイスを所望する!」
まあなんて単純な使い魔なのでしょうか。
きっと私は悪い顔を浮かべてるに違いないですね。
私はいつも通りの表情に戻してから振り返る。
「えぇ、ちゃんと作ってあげますよ。でも村はご存知の通り贅沢ができない場所なのでバニラアイスで我慢してくださいね」
「やったぁぁ!! アイス! アイス! アイスぅぅ!」
「サキ、少し落ち着きなよ」
サキはサクを落ち着くよう言ってますが、楽しみなのかすごいソワソワしてますね。
そういえば王城でもそうでしたね。サクとサキがアイスが欲しいと騒いで私が作る。
その度に二人は満面の笑みで食べてましたっけ。
そんな様子を先生とクラース、それにクラリスメイド長も楽しそうに見てましたね。
二人の様子に懐かしい思い出に浸りながら、私は一つ質問した。
「ところで二人は如何して転移魔法で帰らなかったのですか? それに背後の宝箱は何ですか?」
敢えて宝箱に付いて恍けたフリをしながら聴くとサクが答えた。
「うっかり村の位置を忘れて転移できなくなった! でもその後が大変だった」
「と言いますと?」
「奇妙な商人に南の町で捕縛されかけた……」
ふむ。二人は大変な目に遭ってたんでね。
でもまさか悪魔を売ろだなんて考える輩が居るなんて……もしも二人が先生との契約を破棄して戦闘行動に移ったら大変なことになっていたでしょうに。
悪魔が使用する恐ろしい呪いを想像しながら私は、黙って二人の話に耳を傾ける。
「奇妙な商人に町中を追い回されて、そしたら騎士に追い回されるウルスラグナ団と出会って助けられた」
なるほどそういった経緯が有って財宝の番人を頼まれたんですか。
「でも騎士団がしつこくて……不本意だけど返り討ちにしたよ」
「なるほど。でもその経緯なら先生も咎めたりはしないですよ」
先生は何だかんだ言って使い魔を大切にしてますし、寧ろ騎士に追い回されたと知って……止めよう。きっと南の関所に雷が降っちゃう。
「そしたらウルスラグナ団にこの宝箱を戻って来るまで護って欲しいってお願いされたんだ!」
サキが胸を張ってそう言った。
「本当に奇遇も有るんですね。実はウルスラグナ団の皆さんは現在追放村で宿屋を経営することになりましてね」
「え! じゃあ戻って来ないの?」
「えぇ。なので宝箱も一緒に持ち帰りましょう」
「なら宝箱は空間に入れて運ぶよ。小娘、我らを村まで連れて行け」
そう言ってサクが宝箱を空間乗る中に入れ、側まで歩み寄って来た。
……チョロ。如何してここまでチョロいのでしょうか?
ちょっと使い魔が変な連中に騙されないか心配になってきますね。
「それじゃあ先ずは洞窟を出ましょうか」
こうして私は無事に財宝を回収……ついでに使い魔を連れて村に帰るのでした。
村に到着する頃にはすっかり夜が訪れ、先生の雷がサクとサキに堕ちるのであった。
……その際にこんがり狐色に焼かれたサクとサキは大泣きしちゃいましたが、そこはアイスを食べさせることで落ち着かせましたよ。
あとはジークに自己報告をして完了ですが、サクとサキはきっと驚いちゃうんだろうなぁ。