31.メイドの荒治療
夕飯に鹿肉ののベリーソテー添えを満喫した私とジークは、明日に備えてその日の業務を早めに切り上げるのでした。
そして夜が訪れ、お風呂も済ませた私は自室で着ぐるみに着替え深く深呼吸していた。
「落ち着け私! 大丈夫、添い寝程度で旦那さまは野獣に変貌しない! 大丈夫大丈夫!」
いざ計画実行を前にして少しだけ怖気付いていた。
こんな事ではジークの女性恐怖症克服は遠くばかり! 頑張れミルフィちゃん!
そんな事を心の中で何度も反復させ、此処に居ても何も始まらない事に気が付いた私は自室から廊下に出る。
月明かりも射し込まない暗い廊下を私は足音を一切立てずに進む。
目指すべきはジークの寝室!
「この時間帯ならジークはコレクションルームに居るはず……ですが! こんな時こそうっかり鉢合わせしちゃうんですよね」
いま彼と鉢合わせしては拙い。
ならば、と私はより一層慎重に二階西廊下を目指した。
▽ ▽ ▽
何ということでしょうか! びっくりする程何も無くジークの寝室前に辿り着いちゃいました!
私の警戒心を返して欲しいものですね!
なんて逆ギレに等しい事を思いつつも、慎重に寝室のドアを開ける。
すると中は暗くてまだ誰も居ません。
というか、ジークは領主の癖に部屋は質素であまり物が置かれて無いんですよねぇ。
「チャンスですね!」
夜のテンションというヤツでしょうか? 先程緊張していた私は何処へやら、今の私はうきうきでベッドに忍び込んでます。
ふむ、それにしてもふかふかで寝心地の良いベッドですね。
それに替えたばかりのシーツに皺一つ有りませんね。きっと! メイドの仕事が優秀だからに違いないでしょう!
「……一人でテンション上げてもつまらないですね」
布団を頭まで被り、息と気配を殺す。
今の私は布団の一部……布団ミルフィちゃんです。
そんな洒落を頭の中で浮かべていると廊下から独り言が……。
『今晩は冷えるな。俺もメイドのような着ぐるみでも着てみるか? いや、見てる側からすれば愉快な格好だが、着る立場になると恥ずかしいか」
……ほう? ジークは私の寝巻き姿を見てそんな事を常々思っていたんですね。
なるほど。ならば今度は私からお望み通り着ぐるみをプレゼントして差し上げましょうかね!
私がジークにプレゼント計画を立てると寝室のドアが開いた。
いよいよ来ました! ジークは紳士的で女性に触らないガラスハートだから大丈夫!
心に大丈夫だと言い聞かせ、ジークがベッドに近付くのを待つ。
衣類を脱ぎ出す音、着替える音が聞こえる。ということはもう寝る準備は万全と。
そして足音が着々とベッドに近付くに連れ、私の心臓の鼓動も早まる。
遂に布団が捲り上がりジークがベッドに横たわった。
暗がりの中、ジークと眼が合う。
事前に『旦那さま、温めてあげます』なんて考えていた言葉が出るよりも早く、ジークが反応した。
「!??!???!」
それは声にもならない叫び声でした。
ジークは驚いたのか、ベッドから大きくのけ反り、そのまま転落。
私は床に転落した彼を覗き込み、
「予想してましたが、着ぐるみ状態でもダメなんですね」
呆れ半分に声をかける。
「な、なぜ君が!? いや、それよりもだ! 少女が男性の寝室に忍び込むのはどう考えてもおかしいだろう!」
「正論ですが、これも旦那さまの女性恐怖症克服のためなんですよ」
あと、ベッドから転げ落ちるジークがほんの少しだけ面白かったのは内緒です。
「いやいや! そんなで治ったら苦労はせぬよ!?」
「まぁ、そりゃあそうですよね〜。でも愉快な着ぐるみ姿の私なら多少は平気なんじゃないですかぁ?」
前に着ぐるみに姿で膝枕しても気絶はしませんでしたしぃ〜?
「……それは……確かに君は愉快な格好をしているが、それでも顔は美少女だから身体が拒絶反応を示すんだぁぁ!!」
……いま、褒められ、た?
ま、まあ? 当然私は自他共に認める美少女ですけどね!
「それにしても本当に難儀ですよね。もしもこの地を狙う不届者が旦那さまの弱点を知ったらどうなると思います?」
「普通に考えれば女性を刺客として送り込むであろうな」
ジークの言う通り、そうなる可能性は大いに高いです。
だいたいジークの女性恐怖症という弱点は何処から伝わるか分かりませんからね。
「責めて旦那さまの親族、交流関係が口の堅い者達ばかりである事を願う他にありませんね」
そう言うとジークは黙り込んでしまった。
そして心当たりが有るのか、
「……わたしの弟は口が軽いんだ」
そんな事をポツリと言い出した。
弟が居るのは初耳ですが、ジークと似た顔付きなのでしょうか。
「口の軽い弟君ですか。どんなお人なんです?」
「アイツは同時に複数の女性と交際を持つ程の女好きでなぁ」
とんでもない女の敵じゃないですか。
何ですか? 悪魔顔兄弟の片方はモンスターなんですか?
「うむむ、口振りからして旦那さまの過労を感じたのでこの話題は辞めましょうか」
「その方が良いだろう。アイツは噂をすると厄介ごとを持ち込むからなぁ」
なんという傍迷惑なお人!
これは庭に罠を仕掛けた方が良いですね。
「旦那さま。急遽やり残しを思い出したので私は失礼させて貰いますね」
ベッドから降りて彼にそう言った。
するとジークは悪い表情を浮かべ、
「君はわたしに対してとんでもない事をやらかしたのだ。処罰として減給させてもらう」
そんな事を……それから私の行動は迅速でした。
まずジークに向けて床に額を擦り付け、
「調子に乗ってすみませんでしたぁぁぁ!!」
東国に伝わる伝統芸! 土下座を披露してどうにか減給を免れたのでした。
明日から夜の更新になりそうです。