28.覆面集団の処遇
俺はウェンダムから受け取った賊の犯罪経歴に関する報告書に眼を通していた。
主に旅の行商人や悪政を敷く貴族から盗みを働く野盗集団だが、人身売買に関与はしていないとの記載に改めて賊に眼を向ける。
自警団に備え付けられた牢屋の中で俺を睨む四人の視線を前に、
「コイツらの処遇か……そういえば南から追い立てられて来たと聞いたが、何処かに財宝でも隠して来たのかね?」
野盗の類い。それもウルスラグナ団と名乗るぐらいにはそこそこ勢いの有った賊なのだろう。
何せ行商人と貴族相手に盗みを働いていたのだ。おかしな覆面集団だが、今日まで無事だった事から腕は確かなのだろう。
ならば財宝の一つや二つを所持していてもおかしくないと考えウェンダムに財宝に付いて尋ねてみた。
すると僅かに覆面集団の一人の肩が強張った。
「これまで財宝の在処に付いては口を割ることは無かったが………」
覆面集団の反応を他所にウェンダムが少し言い淀んだのが嫌に気になる。
俺は彼に対して真面目で高潔な騎士の印象を少なからず抱いている。
そんな彼が言い淀むということは、何か厄介事が付き纏うのではないか?
「話してくれ。厄介事にせよ知らないままでは対策もできぬのだろう」
そう伝えると彼は一度目を瞑り、話す決心が付いたのか目を開け、
「良かろう。単刀直入に言えば南の領主による陰謀絡み……いや、嫌がらせと言っても良いだろうな」
「嫌がらせ? わざわざそんな小さな事で税を使い騎士を動かしたというのか?」
「左様。彼らの証言通りならば、南の領主はこの地に眠る金鉱脈を欲しているそうだ」
この土地はミルデア王国領内じゃない。
領主が領土戦争を仕掛けられるのは国内の他領主が治める土地に限定されているが……賊の追い立ては間接的な政治干渉が狙いか?
「わたし達の村に賊を撃退する能力……兵力が無いと判断された場合、南の領主は騎士団を派遣する腹積りだったのか」
「うむ。現に南の関所には一軍が待機状態だと聴く。魔女殿の鷲を飛ばし偵察を行ったが真実であった」
しかし賊は既に捕縛されている。
この村には兵力は無いが俺とミルフィ。それにウェンダムとエリカが居る。
賊程度なら簡単に捻り……俺の場合は相手に女性が居ないという前提条件が必須では有るが、まあ可能だろう。
だが、今後の有事に備えて傭兵を雇うのも選択肢の一つか。
「賊は捕縛済みでは有るが、賊の隠した財宝を連中に譲渡すれば手を引いてもらえそうかね?」
「望みは有るな。何せ先日の話しでは有るが、南の領主アラメドルク伯爵はアルザレア伯爵との領土戦争に敗れ、ハルドラ平原とエルドラ金鉱山を失っておる」
そういえば、俺もこの村に到着する道中で戦争を目の当たりにしたな。
この国ではさして珍しくも無い光景だったから気にも止めてはいなかったが、まさか俺が治める土地に影響を及ぼそうとは。
「賊の財宝、追放村の土地だけでは失った損失の回復は無理だろう。現にこの土地にどれだけの資源が眠っているのかはわたしでさえ把握しておらんからな」
「それだけアラメドルク伯爵に余裕が無いのだろう。何せ勝ち戦と確信していたそうだからな」
「……確かアルザレア伯爵が代替わりしたと聴くが?」
「うむ、まだ歳若い長男でな。しかし人中掌握術に長け、あっという間に領民と騎士団の信頼を勝ち取ったと聴く」
「カリスマ性が高いと。……それに比べてアラメドルク伯爵は傲慢で貪欲、おまけにケチな男だった……そこで騎士の士気に差が出たのだな」
そう結論付けるとウェンダムが頷く。
さて、村が置かれている状況は理解した。
ならばこの賊をいま刑に処するのは得策とは言えんな。
人員不足の村だ。これも丁度いい機会なのかもしれん。
「貴様らはまだ死にたくはないか?」
俺は彼らにそう問うた。
死を望むならば望み通りに。拒むのであればこちらの提示した条件に従ってもらうがね。
「あたいだってまだ死にたくないさ!」
リーダー格の覆面女の言葉に他のメンバーが思い思いに頷いて見せた。
「ならば財宝の在り方を吐け。そうすればお前達に住む場所と仕事を提供しよう」
「ジーク殿はこの者達を村に迎え入れると?」
「ここは追放村だぞ? 彼らも追い立てられたのなら追放されたも同然。……村人に危害を加えるのであれば、うちのメイドを差し向けるがね」
「……ならばワシから口出すことは無い。領主殿の決定に従おう」
「……あんた。本気かい? 持ち出せた僅かな財宝だけであたいらを受け入れるって本気で言っているのかい?」
「あぁ、本気だとも」
そもそも俺は殺しなど好かんしな。
第一領主に成ったが、元は下級層の平民で商人だ。
そんな男が命令一つで生死に関わる決定を下す立場を得た。だが、それは俺が望んでいた物では無い。
「わたしが望むのは安寧とそこそこ贅沢な暮らしだ。趣味の収集癖に精を出す程度のな」
「……とんだ甘い領主だこと。まあいいさ、命有っての物種ってね」
どうやらリーダーは話す気になったようだが、覆面集団の内の一人が眉を吊り上げ、
「しかし姉御、財宝を護る番人はどうしやす? あの二人は小さいが相当腕が立ちますぜ」
そんな事を語り出した。
何だよ、財宝を護る番人とか。……すごく燃えるような話ではないかっ!
「……因みに聴くが、それは犬か?」
「いや、膝下ぐらいの小人のような双子の女二人だな」
俺が直接乗り込む! なんて直前まで意気込んでいた心はその言葉を前にして一瞬で萎えた。
いやぁ、無いわぁー。女の番人とか無いわぁー。
「……ミルフィにお使いがてら回収を頼むとするか」
「あんた……」
「あのメイドに頼る領主ってさ、なんか威厳も無いなぁ」
「見掛けだけの領主ってか? はっ、ダセェ」
「なぁ、この領主を人質に取って遠くに逃げる選択肢はどうだろう?」
罵倒と軽蔑混じりの視線を向けられ、抵抗の意志を見せ始めた賊と憐憫な眼差しを向けてくるウェンダムに、俺はわざとらしくため息を吐く。
やれやれ、少しだけ俺の恐ろしさを教えておくとするか。決してメイドに頼る情けない領主とか見掛け倒しとか言われたのが気に触ったとかでは無い!
俺は辺りを見渡し、壁に立て掛けられた剣に視線を向けた。
「ウェンダム。剣を一本だけ貰っても良いかね?」
「構わんが……貰う?」
「返せる保証が無いのでね」
「よく分からんが、良いぞ」
ウェンダムの許可を得た俺は早速剣を手に取る。
ふむ。長剣に部類される長さと程良い重さの剣だな。
少しだけこの剣を今から台無しにすると思うと、勿体無いという感情が湧き上がる。
だが、連中に舐められては俺と何かと気を遣わせているメイドにほんの少しだけ申し訳ない。
故に俺は、片手で剣の腹を握り潰すように軽く握り締めた。
すると刃が掌の皮膚を傷付けることも無く、剣は粘土のように潰れ曲がった。
俺の行動に空気が凍ったような感覚を覚えたが、まあこれもいつもの事だ。
「け、剣がまが……いえ、潰れって!?」
「生意気言ってすんません! これからは貴方様の手足と成り一生逆らいません! だから、どうか御命だけはぁぁぁ!!」
牢屋越しに命乞いする賊に俺は、ふっと笑った。
「ならばこれから村のために励め。あと財宝の隠し場所を教えろ」
するとリーダーの覆面女が懇切丁寧に俺とウェンダムに財宝の隠し場所を洗いざらい吐くのだった。