27.泣き付くメイド
所用を終わらせた私は先生の自宅に駆け込みました。
そして何だか悲しくなった私は、彼女の腰に抱き着き。
「ふぐぅぅ!!」
「ちょっ!? 急にどうしたのよ!?」
盛大に泣いちゃいました。
そして焦った先生がおろおろと私の頭を撫でてくれます。
何だか、昔に戻ったような不思議な感覚!
先生に甘えていると理解した私は、ばっ! と先生から離れました。
「と、突然……お、お見苦しいところをお見せしました」
感情的に行動。これはジークに仕えるメイドとしても恥ずべき行動! 何よりも先生に泣き付くとかっ!
羞恥心が私を襲うと先生は両手を広げ、
「良いのよミルフィ……辛いことが有ったら何でも相談してちょうだい!」
「い、いえ……そんな大袈裟なことでは無いですよ」
「そう? 貴女のことだから青春の大半を職務に費やしている現実に思わず悲しくなったのだとばかり」
まるで心を読んだように詳細を語る先生に私は笑顔が引き攣るような感覚を覚えました。
いえ、実際には引き攣っているのでしょう。
確かに此処に来る直前まで、私の人生についてちょっとだけ考えましたとも。
えぇ、男性とお付き合いしたことも無ければ、身体に染み付いた職業習慣が消えないこと。
頭に浮かぶのは今晩の献立、地下通路の拡張計画、屋敷の効率の良い掃除手順やジークの好み。そしてジークの女性恐怖症改善計画が次々と浮かぶではありませんか!
そう、自分に付いて思考があまり働かないのです。
浮かぶのはミルフィちゃんは今日もかわいい! なんて自己愛です。
「……先生に質問です! 私からメイド要素を抜いたら何が残りますかぁ!」
「ミルフィからメイド要素を抜く……それは、自称超優秀メイドから何かの自称超優秀な普通の女の子に……いえ、普通の女の子ね」
超優秀も残らないと!? って別に自称じゃ有りませんよ!
「ふふっ! 私は旦那さまに仕えてまだ失敗してませんよ!」
「そうかしら? 私の眼には戦闘中に残りのナイフを数え間違え、焦った貴女の姿が見えるのだけど?」
まるでその場を見ていたように具体的に語る先生に私は硬直していた。
いや、先生の事ですから過去視ができても不思議じゃないですね。
先生だから。という一言で片付けた私は少し咳払い。
「でもそんな賊は、旦那さまとウェンダムが処遇を決めている頃です」
「まぁ、ミルフィの戦闘技術は暗殺者よりの護身術。その筋のプロに当たるクラリスの厳しい指導を受けた貴女なら心配ないわね」
「嫌ですねぇ。メイド術の一つですよ」
仕方ない人と笑みを浮かべると、先生が突然私の頬を両手で押さえて……頬を揉まないでぇぇぇ!!
しばらく。ほんと先生が満足するまで私の頬は揉みしだかれちゃいました。
「うん! 久し振りにミルフィの柔かな頬を揉んだわね!」
「ま、満足……ですか?」
「それはもう!」
ちょっと笑みを浮かべただけで、まさか十分も頬を揉まれるとは思ってもませんでした。
あっ……そういえば小さい頃はよく先生の膝の上で本を読んでもらったことも有りましたね。
大切な思い出に懐しむ私を他所に、不意に誰かが私のスカートを引っ張ってくる。
スカートが脱げないように抑えながら下に視線を向ける。
何とそこに居たのは虎でした!
暖炉の前に居ないと思ったらいつの間に……。
「何でしょうか? スカートが脱げちゃうのでそれ以上は引っ張らないでください」
「ご飯の時間にはちょっと早いわよ。それともミルフィの膝が良いのかしら?」
先生が虎に向かってそんな事を言う。
すると虎は頷き、私に向けて速く座れ! と鋭い眼光を向けてきました!
ふっ。超優秀メイドですからね私は、瞬時に正しい選択肢を選ばれるのです! だからお願いします。スカートに鋭い牙を向けないでください!
私は大人しくソファに座り、膝の上に虎が顎を乗せて寛ぎ始めました。
「ふむ。この子は何という名のでしょうか?」
「ミゲルよ。雄だけど寒がりで普段は暖炉から離れないわ」
「ミゲルですか。……私の膝の魅力に気付くだなんて侮れない子ですね!」
そんな調子の良い事を言った瞬間、ミゲルが爪を立てながら鋭く私を睨んできた。
それはもう『は? 調子こいたこと言ってと研ぐぞ!』って言いたげな眼差しでしたよ。
「……シュラウドといいミゲルといい。やはり人の言葉を理解してますよね」
「当然よ。魔女が秘術をもってして育てているからね」
「あの、それで昨日のお昼に私は危うくシュラウドに殺されかけたのですが」
「あら〜。でもシュラウドは無事に……調理できたのでしょう?」
シュラウドの死を惜しんだ先生は悲しそうな表情でそんな事を聴いてきました。
でも先生が思っている結果にはなりませんでしたよ。
「シュラウドは無事ですよ。あろうことかシュラウドの強さを認めた旦那さまがペットにしちゃいました」
「……中々見所が有る男じゃないの」
あれ? 如何してジークに対する好感度が上がっているのでしょうか?
「先生? もしかして先生の好みはジークのようなお人ですか?」
何となくそんな質問をしてみる。
すると先生は私に微笑んで、
「無いわ」
即答で否定されちゃいました。
まあ、ジークのことは置いておきましょう。
それよりも私は先生に聴くことと頼むことが有ったんでした。
「ところで先生? 膝ぐらいの使い魔達は何処に行ったんですか」
私の質問に先生は顎に指を添え、
「そういえば……南の村にお遣いに出して20日は経つけどまだ帰って来ないわね」
小さい身体ですが移動速度は人の比ではないです。
というか悪魔の一種に分類される使い魔族の子達ですから、先生の元に転移で帰って来ることも可能なはず。
何か事件に巻き込まれたのではないのでしょうか?
「……使い魔は珍しいですから何か事件に巻き込まれた可能性も有りますね」
「そうねぇ。けどあの子達は寄り道好き……というかアイスに夢中になちゃうのがたまの傷なのよね」
そういえば、あの子達はよく王城に居た頃『小娘! アイスを所望する! アイス! アイス! アイスぅ!!』なんてせがまれた事が有りましたね。
「懐かしいですね。作ったアイスを窓の外に放り投げると犬のように駆け出す姿は……ふふっ」
「そんな事も有ったわねぇ〜。けどそれとは別に帰りが遅いからお仕置きが必要ね」
フッ、と笑みを浮かべる先生に私の髪の毛が逆立ちました。
そう、先生がそんな表情を浮かべる時は実に恐ろしい事を思案している時です!
名前までは思い出せない使い魔達に私は静かに十字を切る。
そして大事な事を思い出した私は、荷物からユニコーンの角を取り出し、
「先生。これで万能薬を処方してくれませんか?」
「あら、見事なユニコーンの角ね。調合は構わないけれど何に使うのかしら?」
「うーん。旦那さまや村の誰かが病気になったらですかね」
「貴重な薬よ。少しは自分のために使うとは考えないのかしら」
そんな事を言われても少し困ります。
薬を売ってお金にした所でこの村ではお金の使い道もありません。
娯楽施設が有れば使い道は幾らでも思い付くんですけどね。
悩む私を他所に先生は懐に角を仕舞い古時計に視線を向け、徐ろに立ち上がった。
「そろそろお昼になるわね。ご飯は食べていくんでしょう?」
「旦那さまは村の人達と食べるようなので、頂きます!」
わ〜い! 先生のご飯だぁ! なんて内心で喜ぶと窓の外から動物達が覗いているではありませんか。
「もう少し待ってなさい」
先生の一声に動物達は静かに窓から離れ、少し離れた位置で待ての姿勢に……!?
それはもう一切の無駄も乱れもない洗礼された待てでした。
種族も体格も違う数多の動物達が先生のご飯のために待つ姿勢に私は感動に震え、ふと膝に目が行く。
そこには太々しく膝の上で唸るように眠るミゲルの姿が……。
「貴方はもう少しあの子達を見習ったらどうです?」
そう言うとミゲルは、知るかと言わんばかりに尻尾を揺らした。
その後、ミゲルは先生が昼食を持って来るまでずっと膝の上から離れませんでした。
案外甘えん坊なんですかね? それとも先生が側に居るから離れないのでしょうか。
そんな事をミゲルに感じながら、各々の餌に食い付く動物達を風景に、先生の特性キノコクリームパスタに舌鼓を打ちました。
食べ終える頃にはすっかり満腹感に満たされた私は、
「食器の片付けは任せてください!」
「そう? ならお願いしようかしら」
動物達の餌皿と二人分の食器の片付けを済ませてから屋敷に帰るのでした。