23.メイドとジークの夜会
屋敷の窓に月明かりが差込む中、お風呂を済ませ寝るばかりの私は小さくひと息。
今日も色んな事が有りました。
シュラウドとの激闘と和解、ジークの秘密の一端に触れ、村では子供達と出会って。
あとジークの計画の一部も話されましたね。
特に大変だったのは森での出来事でしょうか。
メイドの業務とは何ら関係ない所で労力を払っている気がしないでもないですが、妖精と多少なり交流出来たので良しとしましょう。
一日お疲れ様、私!
なんて自分に労いの言葉を浮かべ、ふとユニコーンから頂いた角と妖精から強制的に渡された聖剣が頭に浮かぶ。
「ユニコーンの角は後日、先生に渡して調合して頂きますか」
聖剣に付いてはダイクンに鑑定して貰ってから処遇を決めましょう。
伝説の類は魔を惹き寄せるだとか災いの火種になり得るとか、そんな話しを書物で読んだことも有りますし……。
あとジークに聖剣に付いては詳細を求められましたからね。
本当はすぐに譲りたいところですが、ジークに何か有っては私の生命にも関わるから慎重に検討しなきゃ。
「ふぅ〜明日、というかもう日付が変わりましたか。……早朝からノームの畑で手伝いも有りましたね、鑑定はその後で良いでしょう」
自室の前で足を止め、そんな独り言を言うと。
「メイド、まだ起きていたか」
背後からジークに声をかけられた。
何でしょうか? もうミルフィちゃんはお休みタイムなのですが。
内心で文句を浮かべつつ、決してそれを態度に出さないように振り向く。
「何でしょうか?」
「少々話しが有ってな」
ジークは真剣な表情でそんな事を言った。
それなら夕食の時にでも話して欲しいですが……あぁ、私も地下通路の拡張やらシュラウドの鶏小屋設計でちょっと時間も有りませんでしたね。
もう少し時間に余裕を持てるようにしなきゃなぁ。
それはさて置き、ジークの話しも実は気になって仕方ない。ここで逃したらきっと6時間程度して眠れないでしょうね!
私はジークに承諾の意を示すべく頷く。
すると彼は付いて来いと言わんばかりに執務室に向かって歩き出した。
▽ ▽ ▽
蝋燭の明かりが灯されたジークの執務室で私は促されるままに椅子に腰掛けた。
昼頃に壊れた執務机は有りませんが、ジークは椅子に座ると早速話しを切り出した。
「ふむ、そのバニースーツの着心地は如何かね?」
……えっ? 真剣な表情で聴くんです?
私はてっきり発展計画だとか村についてだとか思っていたのですが。
「中は綿毛なのでふわふわで暖かくて良いですよ。というかそんな事を聴くためにわざわざ執務室へ?」
「ただの洒落だ。いや、村のイメージ払拭の為にユニークな土産物の一つや二つはどうかと考えてな」
確かに私が着てる着ぐるみは追放村に抱く、そこに住む村人のイメージを多少なりとも和らげてくれるかも知れません。
「良い考えだと思います。けど着ぐるみは着る人を選びますから木彫りなんか如何でしょうか?」
「ふむ。確か木彫りには魔術的な意味合いや御守りとして売れた覚えが有ったな……だが職人が居ない」
結局はそこなんですよね〜。幾ら自然豊かな土地に恵まれてもそれを活かせる職人が居ないと宝の持ち腐れです。
あと南側から人を呼ぶにも交通税や湿地帯から高原に向かうための費用、確実に商人や職人を儲けさせるための保障が無ければ人は集まりませんよね。
「つまり旦那さまはいま居る人員でどうにか計画を進めたいと?」
「あぁ、俺一人の考えでは何処か見落としや穴が有るからな。大変不本意だが君の意見も聞きたいと思った次第だ」
「あらあら美少女を捕まえて不本意だなんて贅沢ですね」
「今の君は非常に愉快な格好だがな」
そんな事を言ってジークはぐっと笑いを堪え……そんなに変ですか?
まあ私の格好よりも先に注意すべき事が有ります。
「旦那さま? 私も村に来て非常に日が浅いですよ。それは旦那さまも同じこと」
「メイドが言いたい事は分かっている。要は信頼が足りないのだろ?」
「はい。私に関して言えば先生とウェンダムが人柄を保障してくれますが、それも絶対とは言えません。所詮は身内目線の擁護に過ぎませんから」
「存外厳しい考えをしてるな」
「世の中他人に言われてすぐに信頼を得られるならゲラルド王の小心振りはもう少しマシでしょう」
「確かに商人だった頃、他の組合から信頼を得るのも一苦労だった」
「まあ、正直に言えば私は旦那さまが信頼を得られる点に関しては心配してません」
そう言うとジークは意外そうに眼を細めた。
疑問も有ると言った顔ですね。
ならばジークの疑問に答えてしんぜよう!
「確かに旦那さまは顔が悪魔級に恐いですよ。でも金払いも良くて、村人達と話している姿を見た限りでは取っ付きやすいです」
「ですが私の心配点は、旦那さまの怪力と女性恐怖症の件です!」
ビシッと指摘するとジークが怯んだ。
私の指摘を否定できないジークは眉間を伸ばしながら、
「怪力に関しては呪いで抑えているため心配は薄いと言えるだろう」
「抑えて執務机の粉砕、シュラウドの羽骨折、ユニコーンの前脚骨折ですかぁ?」
「ぐっ! これまで上手くやれていたのだが……」
もしや呪いの指輪で抑制できない程にジークの力が成長しているのでは?
そうなるともう先生に頼むしか有りませんが、身体を調べる必要が生じますね。
「一応先生に頼る方法も有りますよ……その場合、気絶で済めば良いんですけどね」
「……わたしはどんな恐ろしい目に遭うと言うのだ?」
ただ身体を弄られるだけです。
でも恐怖に引き攣ったジークの顔が愉快なので黙って置きましょう!
「おーい? なぜわたしから眼を逸らす?」
眼を逸らした事に他意は有りませんとも。
「こほん……お話が逸れましたね。それで旦那さまは他に何をお考えなのでしょうか?」
「逸れてはおらんが……まあ良い。明日はノームの畑仕事が有るだろう? しばらくは村人の困り事や仕事の手伝いを買って出ようと思ってな」
「成る程、もう信頼を得る為に行動に移すと」
頑張ってください! なんてちょっとだけ笑顔を浮かべるとジークが不思議そうな眼差しで私を見た。
超優秀な私は彼の眼差しで察してしまった。これは私も駆り出されるのだと。
「何を言っている君も手伝うのだよ」
メイドの業務外だと言うのは簡単です。
ですが、追放村で生きていく以上は交流が不可欠。
特に私の場合はもう何処にも行く場所なんて有りませんから。
「承知しました」
「む? 正直断ると思っていたのだが」
「私はメイドなので」
「主人の決定や方針に逆らわないと?」
「いえ、必要に応じて逆らうことも有りますよ。もしも悪逆非道でメイドを道具の様に扱うお方でしたら……まあ、良くある事故が起きるだけです」
メイドが主人の虐待に耐えられず、主人を暗殺するなんて事は良くある話しです。
特に平民ですら知っているほどに有名なのが、ミルデア王国の南西部を領土に納めていた大貴族が使用人を道具のように扱い、使い捨て同然に捨てていた結果が暗殺。
幸いその大貴族には跡継ぎとなる長男が居ましたが、他地方の領主による領土戦争を仕掛けられ、地位も土地も全て奪われ下層階級まで堕ちた話しは有名ですね。
「人権を蔑ろにするな、か。肝に銘じておこう」
ジークは神妙な面構えで自らに言い聞かせる様に呟いていた。
傲慢になる。富を築いた成り上がり貴族に起こり易い傾向ですからね。
ミルデア城で良く先輩達から聴いた話しを思い出していると小さな欠伸が漏れ出てしまった。
……滅茶苦茶恥ずかしいんですがぁぁぁ!?
頬に熱が灯るのを感じながら決して叫ばないようにぐっと堪える。するとジークに気を遣わせたのか、
「明日も速いからな。話しはここまでにしよう」
そう言って彼は話しを切り上げたのでした。
「そ、そうですね。お話はいつでも出来ますからね」
私は逃げる様に執務室を退出!
ジークの寝室に忍び込んで添寝してやろうかと考えてましたが、今日の所はこれで勘弁してあげましょう!
自室に戻った私は、そのままお布団に入り込んで夢の中に旅立つ。