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22.森のジーク

 気絶から目覚めた俺の視界に広がっていたのは深い森。おまけにメイドが居ないときた。

 まだ寝ぼけているのか? 淡い期待から何度も辺りを見渡す。それで帰って来た答えは、


「……此処は何処だ? ミルフィは何処に」


 森の何処で行方不明のメイドという事実だ。

 落ち着け、こんな経験は人生に一度や二度じゃない。何度も経験し潜り抜けた状況だ。

 そう、商談に赴いた先で飲み物に睡眠薬を混入させられ、深い霧の森に投げ捨てられたことだって!

 ここは経験に沿って気絶直前の記憶から整理するべきだ。

 確か俺はメイドと屋敷に帰る道中で妖精と遭遇した。その妖精がメイドに悪戯を仕掛け……どうやら俺の記憶はそこで途切れているようだ。

 ふむ。気を失う直前のことまでは不本意ながら記憶してるがその後の状況がさっぱり分からん。

 それに近過ぎず離れずの姿勢を保っていたメイドが居ないというのも不自然な状況だ。

 不自然な状況に一つ疑問が浮かぶ。


「……気絶したわたしを放置したのかね?」


 仮に疑問が事実だと仮定した場合、メイドの取った行動は正しいと言えるだろう。

 華奢な彼女が俺を運ぶのは無理に等しい。そんな俺を無理してでも運び、道中熊やユニコーンにでも遭遇してしまえば俺は無傷で済むが彼女は無事では済まない事が予想できるな。

 ならばメイドの行動に対して俺が咎めることは無い。

 あくまでも仮定の話しだがな。


 一人推測を並べながら一先ず丘に向かって進む。

 草木を掻き分け川辺を通り越して歩くが、不意にくすくすと笑い声が耳に響いた。


「迷え、迷え。霧の中を〜」


 幼児の様な声だと楽観視していたのも束の間、俺の視界は一瞬の内に濃霧に覆われ、


「これは!?」


 それが魔術の類だと理解した頃には、俺は目覚めた場所に戻されていた。


「……移動した感覚も無しに? 魔術とは末恐ろしいな」


 特に俺は魔術の才に恵まれず扱うことはできない。そんな身からすれば着火の魔術一つでさえ一種の恐ろしさを感じるものだ。


「……ふむ、魔術と言えばメイドも扱えていたな」


 彼女がどの程度の魔術を扱えるかは知らないが、魔術に理解の深い彼女ならば濃霧に対する対抗呪文でも知って……いや、期待はすまい。

 そもそも前提として彼女との合流が先になる。

 嫌だなぁ、情けない形で気絶した手前どんな顔で会えばいいのか。

 自分のプライドと屋敷に帰って仕事に入りたいという気持ちに揺れていると。

 俺の目の前に妖精が姿を現した。

 そう言えば妖精はメイドに悪戯……思えばあの悪戯が無ければ俺は気絶せずに済んだのでは?


「妖精よ、わたしはメイドと合流して屋敷に帰りたいのだが?」


「ダメ〜まだこっちの用も済んでないよぉ」


「その口振りでは用件が済めば帰すと言っている様に聴こえるな」


「うん。悪魔の男性がユニコーンに近付くと大変だから」


「わたしは人間なのだが!?」


 妖精にすら悪魔と誤認された事に思わず叫ぶと。


「えっ、その顔で人の子!? まだ魔物が居た時代だったら悪魔狩りに遭いそうな風貌なのに」


 妖精の言葉に俺は黙ってしまった。

 実を言うと、古の時代ならば俺が持って産まれた強靭な肉体を活かせると常々思っていたからだ。

 だが、古くから生きる妖精に言われてはそんな幻想も消える。


「呪いの指輪で力を抑えねばならんわたしにとって、どの時代も少々肩身が狭いな」


「呪いの指輪……そんなに付けてマゾかなって疑ってたけど強過ぎる力を抑えるために……っ!」


 マゾとか酷くないか? いや、それよりも何故妖精は感涙してるのだろうか。


「なぜ涙を?」


 尋ねると妖精は涙を拭い純粋な眼差しを向け、


「呪いの力を利用してまで人様に迷惑をかけない様に生きる心意気! ぼくら妖精は自然の中で面白おかしく、時に人間に迷惑をかけて生きてるけど……!」


 拳を握りながら力説された。

 人様に迷惑かけるんじゃあないとか、別に好き好んで呪いを利用してる訳でも無いのだ。


「気を使う云々は置いておくとしてだ。……経験した事は有るかね? コツコツと貯蓄を増やしやっとの思いで購入した物が、一瞬で儚く砕ける様を経験したことを」


 あれは駆け出しの商人だった頃の話だ。

 旅先でなんとなく目に入ったアンティーク物のティーカップ。

 一見すると古い茶器にしか見えなければ、売切れ札が並ぶ中でそれだけが売れ残っていた。

 それは東に位置する小国のみに咲くという桜の花弁をあしらったティーカップだった。

 単なる売残りと片付ければそれで済む事が、俺はそのティーカップに一目惚れしてしまった。

 だからこそ一層仕事に励みいざ購入したのだが、俺が試しに紅茶を淹れようとカップに触れた瞬間だった……音を立てながら砕けたのは。


 そんな思い出話を妖精に語ると彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、


「わ、笑えない体験談だね」


 そんな事を述べた。

 事実笑えないだろう。俺に触れられるという事は下手をすれば骨が砕けるのだ。

 この世のものが俺に耐えられるほど丈夫であれば、どんなに気楽だったか。

 などと自分中心な思考が頭に浮かんだ時だ。


「人の子には異性の概念が有るよね? 君はそう言った付き合いは無いの? それとも一緒に居た可愛らしい女の子がそうなの?」


 捲し立てる様に質問責めに遭ったのは。


「わたしとあのメイドは侍従の関係だ。そもそもわたしは女性恐怖症でな、今までそんな関係の異性など居なかったさ」


 我が弟は異性にモテまくり、何股も繰り返すというのに。

 ……弟の事を考えるのは止めよう。アイツは決まって困ったら俺の所に厄介事を持ち込む。


「寂しい人生だねぇ。でも女性恐怖症を克服したら視る者も変わるじゃない?」


「だと良いがな」


 妖精の声に素気なく答えたが、あまり克服に付いて考えた事も無かったな。

 ふむ、メイドが同居しているのだ。少しずつ克服に向けて努力してみるのも一興か。

 ちょっとした切っ掛けに少しだけ、ほんの少しだけ自身を顧みていると……もう一匹の妖精が飛んで来ては、


「ユニコーンの骨折が治ったよ!」


「ほんと!? じゃあもう彼らを解放しても大丈夫だね」


 俺の目の前で大手に喜ぶ妖精の姿に、


「ふむ。そもそもユニコーンはなぜ怪我を?」


 疑問を口にして……あっ。

 思えば昨日の帰り道にユニコーンに襲われ、襲って来たユニコーンの前脚が骨折したな。

 ユニコーンの負傷原因が俺に有ると気付き、嫌な汗が額から流れる。

 いや、ここは正直に話そう。仮に俺が妖精どもの報復に遭ったとしても無事で済むがメイドはそうはいかない。


「すまん。ユニコーンが骨折した原因はわたしに有る」


「あっ、気付いてたよ。君みたいな特徴的な顔は早々居ないから。それに沢山の妖精がその場を目撃してたよ」


 つまり妖精は最初から俺に対してどうこうする気も無かったということか。


「そうか。メイドには苦労をかけた様だな」


 そんな事を呟くと俺と一緒に居た妖精が、もう一匹の妖精に顔を向け、


「苦労してた? 不安で泣いちゃったりした?」


「見てた感じ苦労はしてなかったとも思うよ。でも湖のアレをあっさり抜いちゃったのには驚いたなぁ」


「マジ?」


「マジマジ」


 妖精の会話からしてメイドは特に苦労や怪我の類も無いようだ。

 しかし湖のアレとは一体? まあそれに関しては合流してから聴いてみるか。


「メイドの無事も分かった。ならばわたし達を返してくれぬか?」


「良いよ。あっ、荷物もどうぞ〜」


 妖精がそう言うと茂みに潜んでいたらしい妖精達が、メイドが抱えていた紙袋を運びながら姿を現した。

 俺はそれを受け取り、彼らの案内に従いながら道中鹿を一頭だけ狩り、メイドと無事に合流を果たしたのだった。

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