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20.メイドと森の幻想生物

 相変わらず私はジークから三歩離れた距離を保ちながらジークと森中を歩いていた。

 見渡す限り草木に覆われた森の中! 時折り木にリスや鹿の痕跡が見受けられる。

 昼食に捌いたとり肉はまだまだ残っていますが、村では食糧の調達も困難……保存食の確保も兼ねて折を見て狩りに出なきゃ。

 頭の中でメイド業務の項目を新たらしく構築するとジークが不意に歩みを止めた。

 そして二、三度辺りを見渡して残念そうにため息。


「一狩りでもと思ったが、中々獲物が見当たらぬな」


「痕跡は結構有りますけど……素手で野生動物を相手にするつもりですか?」


「わたしはこれでも熊程度なら素手で狩ることができる」


 これでも? これでもとは一体? いえ、素手で熊を狩るとかもう人間業じゃないような?

 ジークの言動に軽く混乱していると藪の中から突然妖精が目の前に現れました。

 それは掌サイズで尖り耳と綺麗な羽を持った小さな幻想生物。

 妖精はくるりと宙を踊る様に動き回り、やがて私とジークの周囲を観察する様に飛び回り始めた。


「昨日は見かけませんでしたが、幻想生物の妖精ですね」


 自然が具現化した存在が妖精と言われてますが、地域の環境ごとに妖精も異なるんですよね。

 例えば火の元素が強い地域では、妖精の髪色が赤いなど。

 更に強い元素の影響を受けた幻想生物が精霊と呼ばれてもいますが、妖精の進化が精霊なのか、それとも全く別個体なのかはまだ誰にも解明できない謎だと先生が言ってましたね。

 私は先生から教わった自然と一部幻想生物についての知識を振り返っていると。


「南の砂漠地帯ではイフリータと呼ばれる炎の精霊が居たが、幻想生物とは元々魔物の類だったのだろ?」


「そうですね。……古の時代に人間に無害な魔物を再定義した結果、幻想生物と種別を改められ絶滅を逃れたって先生から教わりました。でも妖精の鱗粉は薬草と混ぜ合わせると薬の効果を高めてくれるそうです」


「確か中東では高価な薬品として流通していたな。では鱗粉を少し分けて貰うのはどうかね」


 周りを飛ぶ妖精を指差してジークはそんな事を言った。


「残念ながら妖精が鱗粉を分けるのは信頼の証なので無理でしょうね」


 これも先生から教わった知識ですけどね! 本当に先生が色んな事を教えてくれて助かりますよ!

 私が先生の知恵に感謝しているとジークは明らかに残念そうに肩を落とし、


「そうか、今は諦めるしか他にないか」


 妖精から視線を外した。

 あぁ、そういえば先生は妖精に出会ったら一つ注意しておく様に言っていましたね。

 うーむ、ちょっと妖精の注意事項が思い出せません。

 私が思い出そうと記憶を探っている時でした。

 妖精が突然私の前で動きを止め、両手の平から風を発生……っ!?

 その風は私のスカートを盛大に捲り上げ、黒タイツ越しから私の下着が見えるでは有りませんか。


「……つっ〜!! こ、このイタズラ妖精っ!」


 羞恥心から頬が熱くなるのを感じながら私はケラケラと笑う妖精に叫んだ。

 そうだった。妖精は悪戯を好む個体が居るから気を付ける様に言われていたんでした!

 ぐぬぬ、両手が塞がってなければ投擲で撃ち落としてやったものの! 

 それとも魔術? いえ、妖精に対して私程度が扱う魔術は効果が薄い。そもそも私が扱う魔術は生活用で戦闘向きじゃないです。

 飛び去る妖精にそんな事を思っていると、もう一つ大事な事を思い出す。

 隣に男性が、つまりジークが居る事を。

 私はそれはもう恐る恐るジークに顔を向けましたとも。まあ、念の為に三歩の間隔を空けてましたから? 見られたなんて事は無いですよねぇ〜。


「旦那さまは何も見てませんよね?」


「…………」


 訪ねるとジークは無言で佇むばかり。

 いや、まさかそんな?

 恐る恐るジークの正面に向かう。そして私は彼の顔を見た。


「た、立ったまま気絶してる!?」


 それはそれはもう見事なまでに白眼を向いたジークが気絶してましたとさ。

 というか、タイツ越しの下着でもダメなんですね。

 ジークの女性恐怖症がここまで深刻だなんて、ミルフィ心配しちゃう。


「ふぅ。旦那さまのお陰で冷静になれましたね」


 しかし困ったなぁ。気絶したジークを運ぶのは骨が折れる。

 昨日は引きずって運びましたが、流石に土の上では衣服が汚れてしまう。

 冷静になればなるほど、非力な自分ではどうにもならないと判断が付く。なのでジークはこのまま置いて行きましょう!

 そう決めた私が一歩前に踏み出すと、突如霧が発生するではありませんか。


「この霧は? って、段々濃くなって前がっ!!」


 霧が濃霧に変わり、私とジークを飲み込んだのは一瞬の出来事。

 そして私の耳に声が聞こえました。

 

「くすくす〜」


「人の子が2人〜」


「迷い霧で森を歩く〜」


「出口は何処? 迷い迷って再会は〜」


「2人の距離を縮める〜」


「けれど森は幻想生物がいっぱい〜」


「危険がいっぱい〜女の子は白き一角獣に出会う〜」


 そんな歌声が……って誰と誰の距離が? それに白き一角獣ってユニコーンですよね?

 察しの良い私はこの霧を発生させた者と声の正体が判りましたが、後で覚えてなさいよ!!


 ▽ ▽ ▽


 濃霧に包まれた私はその場をじっと動く事はしませんでした。

 なのにいざ濃霧が晴れると……。


「濃霧が晴れると目の前には湖……旦那さまの姿は無しですか」


 周囲を見渡し、状況を理解した私は肩を竦めました。

 両手に抱えていた荷物もいつの間にか無くジークも居ない。

 そして気付けば湖の前に移動していた。

 ……湖は夏場に避暑地として最適そうですが、地面に突き刺さってるあの剣は何でしょうか?

 ひと目見れば柄と鍔には黄金の装飾、剣の腹まで埋まってますが焼印がありませんね。

 黄金を使用した鍛造なら何処の鍛治師による物か分かるように焼印が付いている筈なのですが、抜けば分かるかな?


 私はゆっくりと黄金の剣に近寄り、周囲をちらりと見た。

 妖精の姿は有りませんが草木の影からこちらを観察する動物達が居ますね。

 あと熊も居るのですが先生のペットですよね? 野性だったら非常に拙いです。

 私のナイフ技術だけでは熊の撃退は難しいでしょうし、魔術は動物の感という奴の前には警戒されちゃう。

 それに扱える魔術の種類は殆どが生活用で戦闘向きじゃないです。


「ふぅ、これはもう抜けという事ですか」


 そんな事をため息混じりに呟くとまた声が聴こえる。


「抜けるかなぁ〜?」


「それは伝説の勇者が使用した聖剣……名前は何だけ?」


「えっ? なんだっけ〜」


「……聖剣って沢山有るよね。じゃあもう聖剣でいいや〜」


 随分と適当ですね!!

 ここは少し強気に出てみますか。


「妖精さん、今なら荷物と旦那さまを返して頂ければ穏便に済みますよ?」


「そんなこと言うと荷物の中身を全部ぶち撒けるよ」


「悪魔の顔に全部」


 ちょっ……悪魔って間違いなくジークのことですよね!?

 ジークの顔面に下着までぶち撒けられたら私はもう嫁にいけないじゃないですかぁ!!

 私は躊躇なく聖剣の柄を握った。

 決して脅しに屈した訳じゃないです。そう、これは黒タイツ越しの下着だけで気絶してしまうガラスハートのジークを思ってのことです。


「その聖剣は〜数多の人の子が挑んで抜けなかった頑固物だよ」


「果たして華奢で可愛らしい君に抜けるかな?」


 華奢で可愛らしいと褒められたので悪戯は許しましょう。

 まあ、抜ける抜けないよりも妖精の戯れに付き合うのも良いです。

 私は腹筋に力を入れて引っ張り上げる様に、腕を動かすと目の前にほんのりと光を発する聖剣の刃が。

 抜けたという結果に私は思わず何度か瞬きを繰り返すと。


「「………えっ?」」


 妖精の気の抜けた声が聞こえますね。


「あの、抜けちゃいましたが……どうしましょう?」


「……あげる」


 えっ、いらなぁ。


「聖剣と旦那さまを交換じゃダメ?」


「ダメ。それにずっと湖の側に突き刺さってて邪魔だった」


 要はゴミ処理ですか。そうですか。

 そう言えばジークは様々な物をコレクションルームに飾ってましたね……うん、ジークに献上しましょう!

 私は聖剣の処理を決めてから姿を見せない妖精に尋ねました。


「さあ、お次は何です? 迷い霧の中を歩くんですか?」


「……それはもう良いや〜」


「じゃあ次はなんです? 終わりなら荷物と旦那さまを返して欲しいのですが」


 まだ時刻は14時半ですが、地下通路の補強と夕飯の仕込みやら洗濯物の取込み。それにシュウラドの鶏小屋の設計が有るんですよね。

 あと鶏小屋の建築に必要な建材集めとか。

 出来ればもう帰して欲しいものです。


「……次は怪我をしたユニコーンの所へ〜」


 妖精はそんな事を戯けた口調で言った。

 戯れた口調ですが、確かにユニコーンを心配している様な声色に私はまた尋ねた。

 本当は妖精を相手にしてるほど暇では無いんですけどね。


「ユニコーンが怪我? 私は治療魔術なんて扱えませんが、そのユニコーンは何処に?」


 治療は出来ませんがユニコーンの性質は先生から教わってます。だから大丈夫でしょう。


「ここから真っ直ぐ北東の岩陰に居るよ」


 言われるままに私は妖精の指示に従って森の中を歩き進みました。

 ジークは何処に居るのでしょうか? それともまだ気絶して……心配ですが記念品には期待しててください!


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