表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/72

02.メイドと悪魔顔の領主

 北の山脈から吹き流れる風が春先とはいえ寒々しく息を吐けば白息。

 ……あの山脈の向こう側は魔界。山脈が国境だとしてもこの土地はどの国家の領土でもない。

 国境の狭間に位置する土地。そして両国から国外追放された私は必然的にこの土地から出ることはできないという訳ですか。

 面倒な土地に来たものだと思わずため息が洩れたのも仕方ない。

 それに空腹感も有って気分が沈んで行くのはよくないですね。


「先ずは周辺の観察が定石ですね!」


 まず周囲をよく見渡せば此処から遠く、山脈の目前に広がる森! そして森中の高台の上に真新しい屋敷を発見!

 屋敷から1000メートルほど離れた手前──私が居る高原から然程近い位置に小さな村とも言い難い集落が在るではありませんか。

 集落には石造りの塔の様な施設、小さな畑と近くに鉱山でも在るのか無造作に置かれた鉱石の数々。

 煙突から立ち昇る煙と鉄を叩く音。

 更に耳を澄ませば馬と羊、牛の鳴き声が風に混じり聴こえるではありませんか。

 私は見送りの兵士に手渡された『拾ってください』と書かれた木箱の中で膝を抱え一言。


「まだ開拓途中の農村……でしょうか?」


 少なくとも人が住む場所に追放されたのは幸いと言えるでしょう。

 それ以前にこんな場所に農村が在るだなんて聴いたこともありませんね。

 まあ、魔界の国境付近に村を作ったのは戦争に備えるためだったと邪推はできますが……。

 とは言え命令に従い法をいくつか犯した私が二度追放処分されたのは、政治的理由から考えても無理はないこと。

 ……いえ! そもそもゲラルド王が暗殺なんか考えなければこんなことには!

 確かに私にも罪はありますとも! ですが、主犯が玉座に踏ん反り返ってる姿を思うと腹が立ちますね!

 ここは一つ王城の書庫で読んだ【実戦で使える呪い百選】の知恵を使う時が来た。

 さっそく隠し持っていたナイフで木箱の底に憎たらしいゲラルド王の似顔絵を刻むこと一時間。

 漸く描き終え、今度は似顔絵を中心に六芒星を描く。

 そして掌と怨念をゲラルド王の似顔絵に向け、本の知恵とかつて私に魔術の基礎を教えてくれた先生の教えに従い実行に移す。


「汝に腹下しの呪い有れ〜!」


 呪詛を込めると似顔絵が鈍い輝きを発した。

 つまりこれは呪いが無事成功したという証拠!

 しょぼい呪いですがお腹を壊し続けるが良いですっ!!


「ふふっ、メイドの恐ろしさを存分に味わうと良いでしょう」


 憎きあの王を呪ってやった。

 それでも私の気分は晴れず、お腹が虚しく鳴く。

 お腹が空いたせいか逆に熱された頭が冷め、思考が冷静になる。

 一国の王を呪う。完璧な国家反逆罪に問われる蛮行です。

 まあ、バレなければ犯罪になりませんがね。

 冷静になって開き直ってそしてまたお腹が鳴る。


「……お腹空いたなぁ〜、これからどうやって食い扶持を稼ぎましょう?」


 そんな事を呟くと不意に人影が私を覆い、


「こんな所に捨てメイドか?」


 若く透き通るような声に思わず見上げ……。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴を漏らし、失神しそうになった私は悪くない。

 身長は目測定ですが192センチ、かなりの長身。

 長身なのは別に構いませんとも。ですが! 

 茶と黒のスリーピースーツ! 短髪の金髪、顔は一旦置いて、指先に視線を向ければ両手の指に嵌められた指輪の数々。若干呪いを感じますが、まぁここまではいいでしょう。

 問題は強面に瞳孔が開いた紫色の瞳と悪魔のような三白眼! 何よりも眼力がより一層恐く感じてしまう。

 というか彼は悪魔ではないでしょうか!?


「……わ、ワタシヲタベテモオイシクナイヨ〜」


「人なんか食べないって。……しかしわたしの顔はそんなに恐いか?」


 明らかに哀しそうな声で言う彼に私は顔を挙げ、


「恐いです! 悪魔かと見間違うほどには!!」


 叫んで訴えしましたとも。あ、恐怖のあまり眼から涙がっ。

 すると彼は酷くショックを受けた表情を浮かべ……うっ、そんな顔をされると私が全面的に悪いですよね。


「……あの、ごめんなさい。よく見ると結構イケテますよ」


「そう言うのは眼を見てはっきりと言って欲しいものだが」


 だって恐いですもん。

 きっと慣れれば大丈夫だとは思いますけどね。それにしても魔族よりも遥かに強面なお方が居るなんて、世の中は広いですねぇ〜。

 そんな事を内心で思っていると名も知らない身なりの整った彼はため息を盛大に吐いた。


「ため息を吐くと幸せが逃げるって言いますよ?」


「このため息は誰が原因だろうなぁ? まあ顔の事はよく言われるからそこまで気にしてはいないがね」


 あっ、気にして無いんですか。なら罪悪感は明後日の方向にポイしちゃいましょう。


「ところで君は一体こんな所で何を? その装いから察するにメイドと見受けるが」


 素性を問われた私は悲しかな、ほぼ反射的に立ち上がり短いスカートの裾を摘み上げ、


「これはとんだご無礼を致しました。私、ミルデア城でメイドをしていたミルフィと申します」


 メイドとしての自己紹介を述べると、なぜか男性は視線を逸らしていました。

 これはあれですか? あまりにも美少女で超完璧メイドの私が視認できないとかそういう。 

 やだ、顔に似合わず可愛気が有るじゃない。


「……わたしは先日この村の領主に任命されたジーク・リンデバルドだ。以降御見知りおきよ」

 

 決してジークは私と眼を合わせてくれませんでしたが、丁寧に名乗り返されたので良しとしましょう。

 それにしても領主様でしたか、これは拙いですね!


「これはこれは身なりから察するに貴族のお方かとは疑っていましたが、領主様だとは知らずにとんだ御無礼を」


 頭を深々と下げ、ちらりと様子を窺うとジークは何かを考える素振りを見せ。


「それに関してはもう気にしていない。それよりも見るからに君は相当困ってる様子だな」


 彼の眼は木箱に書かれた『拾ってください』に注がれていた。

 ジークの視線に気付いた私は微笑んで見せ。


「ええ、実は少々人には言えない事情で本日ゲラルド王からこの地に追放処分を言い渡されまして……今日を生き抜けるかの瀬戸際で大変困ってるんですぅぅ!!」


 彼に泣き付きました。

 世の中プライドでご飯が食べられたら苦労しないんですよ。お金が無ければパンも買えない、ましてやメイド服着た美少女なんてひん剥かれて売られるのが関の山!

 折角の就職先の確保! 断られようとも私は諦めません。


「……ふむ。ならば君をわたしが雇おうじゃないか」


「えっ!? 本当に良いんですかぁ!」


「何分、引っ越したばかりの新居だ。こんな土地では使用人も早々見付からんだろう。何よりメイド紹介場などありはしないしな」


 悪魔顔に似合わず、詳細も聞かず雇用を決断するだなんてなんて心が広い!


「ありがとうございます! 旦那さま!」


 私はこれからジークを仕えるべき主人として旦那さまと呼びましょう。


「うむ。して給金の話だが、日給1000ゴールドでどうだ?」


 日給1000ゴールド……? 住込みメイドの最低雇用価格は2000ゴールドの相場。

 それとも私が魔界に居た頃に雇用価格が変動したのでしょうか?

 ううむ、帰還直後に追放されちゃいましたからその辺りを調べてる時間もありませんでしたね。

 とにかくもう少しだけ交渉を頑張ってみましょう。


「おや? 住込みメイドを雇うにしては相場よりも少々お安いですね」


「何を言ってる。住込みではなく通いだ、通い。因みに出勤時間は朝9時、終業時間が19時までだ」


 あぁ、確かに通いなら1000ゴールドが適切ですね! 待って、ちょっと待ってください!


「旦那さま、私には住む場所が無いのですが? 山脈の溶けない雪が目に入らないのですか? 北風が骨身に沁みる寒さの中、銀髪美少女に野宿しろと」


 いざとなったら新居のお庭に穴を掘って地下室を作る事を想定しながら訴えると、ジークは強面で笑ってました。


「立派な木箱ハウスが有るじゃないか」


「これ、家じゃないです」


 結局私は交渉を続けるも、雇用に関する交渉は徒労に終わり私は大事に木箱を抱えたままジークと集落へ向かうのでした。

 はぁ〜、先行き不安でお腹が空きましたよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ