18.支払いとメイドの好み?
さっそく仕立屋コルルを訪ねた私とジークは、何故かそのまま室内に通され、暖炉付きの部屋の椅子に座らせられていました。
そして奥からコルルが六着のメイド服と紙袋を両手に、それをテーブルに並べ私とジークにドヤ顔を向けた。
美女のドヤ顔は中々絵になりますが、そういう表情はウェンダムに見せてあげなさいよ。
そんな事を思っていると金袋を差し出したジークが、メイド服に眼を向けました。
商人としての眼がメイド服に対して何か物申したいのでしょうか? ジークの眼差しは真剣そのもので何だか緊張しますね。
彼の眼差しにコルルのみならず私まで緊張で肩を強張らせると。
「エプロンのフリル部分や黒基調でありながら暗さを感じさせない色合い……どれも素晴らしい作りだな、それに仕事が速い」
まさかのベタ褒め!?
私がいま着てるメイド服には何も言わないのに? えっ、ちょっと悔しいけど、でもこれもコルルが仕立てた一品ですから何も言えないじゃないですか。
「あ、ありがとう。けれど褒めるべきはあたしでは無く、それを着こなしたミルフィだと思うけれど?」
「それもそうだが、コイツは一度褒めれば調子に乗りそうでな……素直に褒められんのだよ。メイド服は完璧だがね」
ほお? 本人を目の前にしてよくも言えますねぇ。
「おやおや、私を素直に褒められないなんて照れ屋ですね!」
そんな冗談を飛ばすと金額の確認を終えたコルルが、何故か私に哀れみの視線を……待って! どうしてそんな視線を向けられるんですか!?
「それならしょうがないわね。それよりも確かに受け取ったわ」
ぐぬぬ、場を和ませるために敢えてお調子者を演じているだけなのにぃ。
いえ、そんな事よりも私は紙袋に手を伸ばし、中身を改めました。
するとそこにはレース製の下着とシルク製の下着のニ種類。黒、桃、赤、白、青、紫の下着が六着とおまけに黒タイツが六着入ってました。
……っ普段着慣れない下着のせいか顔に熱がっ。くそ、リボンの装飾が可愛くてドヤ顔を向けるコルルに何も言えない!
「顔が赤いようだが、熱でも有るのか?」
「ち、ちがいます。……あ、あのぉ? 今更ですが黒タイツ分の料金は」
「それはサービスよ。というかメイド服に黒タイツって合うと思うの」
確かに似合いますよ。スカート丈が短い分、下がスースーしないですし。
何よりも事故でスカートが捲れても羞恥心は多少軽減されますからね。
まあ、素肌にナイフの鞘とか感じないだけちょっと違和感もありますが。
護身と主人の警護のためにとメイド長のクラリスから仕込まれ身に付けた技術。その一つに素肌を敢えて晒して侵入者の油断を誘いナイフの投擲技術で仕止める方法が有りますが、隠しナイフを素速く取り出す技術の方が私には扱い易いんですよね。
……護衛技術の云々はさて置き、これで少しはジークに相応しいメイドになれたかな? そこは主人個々で感情も違いますけど。
「ありがとうございます。これで旦那さまに相応しいメイドに近付けた気がします」
あれ? おかしな事を言いましたかね。如何してコルルは真顔でジークに視線を向け、ジークは眼を逸らしてるでしょうか?
「ちょっと、こんなに健気なメイドなんて早々居ないんじゃない?」
「そうは思うがね。しかしなぜわたしに献身的なのかが分からぬのだが」
私はそんなに献身的だろうか? 何せジークのメイド業務を開始して二日です。
そもそも私は超優秀メイドですからね。雇主に対する献身はこれでも強い方です……一部例外や信頼できない人は別ですけど。
特にゲラルド王はダメですね。
それはそうと二人の疑問に答えましょう。
「メイドが雇主に献身的になるのは普通じゃないですか」
なんてさも当たり前のように言いましたが……やはりメイドの献身は側から見ればおかしいですかね。
「因みに聴くけれど? ミルフィはどんな人が好みのタイプかしら? 例えばダンディな人とか」
私の好み?? これまた脈絡も無く話しが飛んだように感じますが、そんなこと考えたことも無いなぁ。
というか知人でダンディな知り合いはウェンダムぐらい。それは貴女の好みじゃないですかぁ。
それはともかく、自分の好みが自然と出ないのは由々しき事態では? 身近で知り合いから当て嵌めて行きますか。
「うーん。兄弟子はどちらかと言うと兄のような人でしたし、ウェンダムはそれこそ近所のおじさんって感じですね。城の騎士の方々も顔合わせはしますが特に惹かれるようものも有りませんでした」
そう答えるとコルルはホッとしたように胸を撫で下ろしました。
逆に問いたい。ウェンダムの何処に惹かれたのかと。
彼も仕事人間というか、昨日のコルルに対する態度を見るに完全に鈍感で幾度なく女性を泣かせてきたんじゃないでしょうか。
でも今日は恋愛話のために来た訳じゃないですし、それにジークが気まずそうにソワソワしてます。
「旦那さまも居心地が悪いでしょうからこの手の話題は後日でも良いですか?」
「それは残念ね。まあ、恋愛話しはエリカさんも混ぜてやりましょうか」
「おや、先生が混ざるとなるとさぞかし楽しそうですね」
正直先生の恋愛話しは聴いてみたいです。
魔女になって随分と長生きらしいですが、過去に恋人の一人や二人は居たとか気になりますからね。
と、立ち上がって荷物を持とうして気付いた。
借りた道具を両手に持った状態では衣類が持てませんね。
ちょっとどうしようかなぁって困っている時に、
「ふむ? 道具程度ならわたしが持とう」
私が答える前にジークは、極めて慎重に手に触れない様に私の両手から道具を取りました。
いや、ホントお互いに触れたら間違いなくジークは気絶。そして手の骨が粉砕されそうで恐い。
「ありがとうございます。ですが、よろしいんですか?」
「この程度は普通であろう」
「そうなんですが、私の知る貴族は使用人の荷物を持ちませんよ」
「貴族以前に困っている女性に手を貸さないというのも不義理ではないかね?」
「旦那さまは紳士的ですね。ここはお言葉に甘えるとしましょう!」
そう言って衣類を持ち、コルルの自宅を後にしました。