13.宮廷魔術師と小心王
我が師であるエリカ師が追放され早数年。
彼女が居れば腐敗した貴族どもの牽制も行えただろう。そう思わざるおえない。
そして妹弟子のミルフィもつい先日、ゲラルド王によって国外追放処分に下されてしまった。
なぜ去った者たちを俺が思うのか。それは彼女達が俺にとっては姉と妹のような、そう家族のような人達だったからだ。
そんな親しい二人を追放したゲラルド王を俺も少なからず恨んでる。
だが、今は恨みを忘れよう。俺にはやるべき事がまだ有るからな。
それにしてもゲラルド王に呼び付けられだが、一向に謁見の間に来ないのはどういう事だ?
「国王様はまだ?」
俺が玉座の傍に立ち尽くす豚のような男──ジラルド大臣に尋ねる。
すると大臣はとても言いにくそうに口をまごつかせた。
速く質問に答えて欲しい。まだ俺にはやるべき課題が多い、時間など幾ら有っても足らんのだよ?
魔女と違って魔術師の時間は有限なのだからな。
「大臣。魔術師にとって研究時間がどれほど貴重か理解してるかな? それとも脳に達した脂肪が思考を妨げているかね?」
コイツはエリカ師の追放に対して共謀していた男だ。あと妹弟子にもちょっかいを出しては反撃されるしょうもない奴だ。
内心で大臣を見下すと漸く奴は答えた。
「……こ、国王様は昨日からずっとトイレに篭りぱなしで。何者かに呪術をかけられたのではないかと」
トイレに篭りぱなし? そういえば廊下ですれ違ったメイド達は『王族専用のトイレがいつまで経っても掃除できないわ』なんて事を零していたな。
当初は故障かと思ったが、まさかあの小心者がトイレに篭るとは。
小心者にはお似合いの場所じゃあないか。
「俺を呼び出したのは国王の解呪と言ったところか。しかしトイレから出るまで待たせて貰うぞ?」
幾ら宮廷魔術師の立場といえど、トイレで国王の解呪などしたくない。
というか胃薬を飲ませれば良いんじゃないかな?
「……なぜ国王様が呪われるようなことに」
「呪いとは対象に対して強い増悪が必要だ。つまり王は誰かに恨まれている他に無いだろ」
「それは理解してますとも。しかし小心者ゆえに敵を作らぬように立ち回って来たお方ですぞ?」
だからこそだと思うがね。
敵を作らない姿勢を見せる一方で自身の脅威は排除して来た。
ひと月程前にゲラルド王が招いた悪魔も顔負けの商人でさえ、奴は北方の追放村へ送った。
特に城下町のある娘との間に儲けた自身の子さえ、家臣の『その子は王に災いを齎す』という根拠もない言葉を間に受けて追放するような男だ。
ふむ、これでは誰が呪ったか特定もできんな。
そんな事を思っていると背後の大扉が開き、窶れたゲラルド王が覚束無い足取りで玉座に腰を座り込んだ。
「余を蝕む呪いの正体を其方に調べて欲しい」
嫌いな国王の頼みだが、死なれると国が激しく揺れるから仕方ない。
俺は国王の身体を全身隈なく観察する。すると如何だ? 国王の身体を包むように強い呪詛が巻き付いてるではないか。
しかし俺には分かる。国王にかけられた呪いは単純で簡単な呪術だということを。
あまりにも単純過ぎて解呪するのも莫迦らしい。
大方、呪いたい相手の似顔絵を魔方陣に刻み恨みを込めたのだろう。
というか放置して自然に解呪されるしょうもない呪いだ。
「国王様、自然に解呪されるものだ。故に数日はトイレで暮らすのが吉とみた」
「な、何故!? 王に腹痛に苦しめと申すか!」
あぁ、申すよ。
「いえ、初歩的すぎてびっくりするほど簡単明快で単純な呪術では有るが呪いを解呪した場合、施された魔方陣が解ける性質が有る。そうなれば今度は国王様の生命を脅かしかねないだろうなぁ」
「が、我慢すれば命の危機には曝されないか。……致し方ない」
すると国王は立ち上がり、腹を抑えながら急足で立ち去って行った。
「大臣よ、俺も失礼させてもらうぞ? エリカ師が残した課題を完成させたいのでね」
何か言いたげな大臣を他所に謁見の間から退出した。
そして研究室に戻った俺は窓の外を見上げ、
「国王を呪ったのはミルフィ、君なのかい?」
あの子が淹れた紅茶の味を思い出しながら、俺は込み上がる愉悦感に笑った。
追放した者に呪われるなんてこれほど滑稽な話しもないだろ?
そんな笑い声が薄暗い研究室に響き渡る。
「楽しそうですね」
背後から不意にかけられた静かで穏やか、そして確かな優しさを感じる声に振り向く。
そこに立っていたのはポットとティーカップを持参したメイド長のクラリスだった。
「妹弟子の度胸強さに思わず、ね」
そんな解答をするとクラリスは柔かなに笑みを浮かべ、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「ふふっ、貴方はミルフィの話しをする時が楽しそうですね」
そうだろうか? 俺は魔術の話をする時も楽しんでいるのだがな。
それはそうと、普段表情を崩さないクラリスが笑みを浮かべるのもミルフィに関してだ。
「貴女もね」
「当然です。私とエリカにとってミルフィは娘のようなものですから」
クラリスの言葉に俺の頬が緩んだ気がした。
きっと国境の狭間でもミルフィなら元気に過ごせるだろう。