11.メイドとドキドキトラブル
作業を終えた達成感と疲労感に私は額の汗を拭い。
「ふふっ! 木材で補強して一先ず耐久性は確保出来ましたね!」
木材で補強した隠し通路に胸を張る。
これにはジークも私に感涙するに違いありません!
まあ、流石にジークの執務室と大木までの距離では逃げきれない可能性が高いので、もう少し通路を広げる必要がありますね。
責めて森の中に抜けられるようにしたいなぁ。
そんな拡張計画を頭の隅に描いた私は、縄梯子を登って地上に出る。
大きく息を吸い込み、北風の冷たい空気が肺を冷やすのを感じる。
「流石に冷えますね。もう今日はお風呂に入って寝ちゃいましょう」
土埃を丁寧に払ってからホールに入る。
そして壁際に置いていた木箱を持ち上げ、違和感が私を襲う。
「おや? メイド服の位置が……いえ、気のせいですよね」
運んだり戦闘してる内に木箱の中身がズレたか、野菜を持ち出す時にズレたのでしょう。
▽ ▽ ▽
ルンルン気分で脱衣所に向かって、洗濯籠に脱いだメイド服と下着を放り込む。
そして浴室に足を運ぶと。
「……空じゃないですか!」
広い石畳みの浴槽は空でまだお風呂が沸かされてませんでした。
うぅ、楽しみにしていたのですがしょうがないです。
でも着替え直すのも面倒です。いいや、このままで。
私は浴室の棚から小石サイズの赤い宝石──火魔石を取り出す。
そして浴槽に備えられたハンドルを回した。すると内部に施された水呼びの魔術から引き上げられた水が浴槽の底から溢れ出る。
浴槽が水で満たされた頃に、ハンドルを逆に回して水を止めてから魔方陣に火魔石を置く。
すると火魔石に魔方陣が反応し、魔方陣が火魔石に貯蔵された火の元素を解放し始めた。
「あとはお湯が沸くまで待つばかりですね。はぁ〜お風呂さん、早く湧いて私から疲労を抜いてくださいよ〜」
そんな事を呟き、シャワーに視線を移す。
魔界のシャワーはノズルを回すだけでお湯が出ましたね。
こっちはお湯を作るにも地下ボイラー室で火を焚べるか魔術を使用するしか他ないですが、魔界と比べると不便です。
というか水呼びの魔術が存在するなら湯沸かしの魔術だって有っていいじゃないですかね。
「まあ、水も桶に貯めて置きますか」
シャワーのノズルを回した。
すると熱々のお湯が湯気を作るではありませんか。
もしやミルデア王国は2年の間に湯沸かしの魔術を完成していた?
無いですね。湯沸かしの魔術が在るなら浴槽にも仕掛けられるはずですから。
「ふむ、技術進歩ですかね? それとも旦那さまがボイラー室で火を焚べたのでしょうか」
何方にせよお風呂が沸くまで待つ必要は無いですね。
さっそく熱々のシャワーに身を委ね、髪の毛に付着した土を洗い落とす。
そして石鹸をよく擦って泡立ててから髪の毛の手入れを入念に洗い流した。
「気持ちいい〜。朝も浴びようかなぁ〜」
そんな贅沢を思いつつ、垢擦りに泡立てた。
身体を入念に垢擦りで擦り、垢を洗い流す。
身体を綺麗に清め、シャワーを停める。
すると丁度良くお風呂が沸いていた。
湯気が立ち昇るお湯に手首を入れ、
「うん、丁度良い温度ですね」
温度の確認を終え、いざお風呂へ!
浴槽一杯に張ったお湯が私が入ることによって溢れ、床に置かれた桶が水流に流されて行く。
お湯が全身を包み込んで私の身体を温めていく。
「んんー! はぁ〜やっぱりお風呂ですよねぇ」
何も考えずに手足を伸ばす。
完全に職務を忘れてリラックス状態……なのに何かが動いた気配を感じ取り、思わず入口に視線を向けると。
何という事でしょうか、人影がガラスドアの前に立っているじゃあありませんか!
突然のことに私は冷静じゃなくなり、慌てて周りを見渡す。
あぁっ! 手の届かない所に桶がっ!
そうこうしてる内に人影の手が取っ手を掴み、ゆっくりと動き始めました。
心臓が激しく鼓動する中、
「やはり浴槽は広くして正解だったな!」
全身の筋肉が鍛えに鍛え抜かれた肉体を誇ったジークが全裸で現れやがりましたよ!?
そして悲しいことに私とジークの目が合い、互いの身体を視認してしまった。
……もう羞恥心と恐怖とかいろんな感情で叫ばずにはいられなかった私が大きく息を吸い込むと。
「ぎゃああああっー!!」
私より先にジークが絶叫を叫んで泡吹いて倒れ……えっ?
「普通逆じゃないでしょうか!?」
浴槽に浸かっているとはいえ、お湯は透き通っています。
つまり私の赤裸々な肉体はジークからも充分に見えるということ。
というか乙女の裸体を目撃しておいて悲鳴を叫んだ挙句の果て気絶って!!
沸々と私の中に込み上がる怒り……いえ、ここは冷静になりましょう。
ゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせると、覆面女の言葉が過ぎる。
「……そういえば、覆面女は旦那さまに触れたら彼が気絶したと言っていましたね」
いや、そんなまさか。
無いと思いつつ、私は浴槽から上がった。
いずれにせよこのまま放置してはジークが風邪を引いてしまいますね。
ジークの息子を視界に入れないように彼を浴室から引っ張り出す。
▽ ▽ ▽
着替え終え、着替えさせたジークを膝の上に乗せ彼が目覚めるまで待つこと数十分。
美少女メイドの膝枕ですよ? 一部の者は大枚を払ってまで熱望する状況は如何です? あぁ気絶していては分かりませんね。
なんて事を思っているとジークの眉が動き出した。
「……うぅ、なんだ? この感触は……いや、本当になんだ!?」
頭に感じる感触に驚いたのか、彼は飛び上がるように跳ね起き、そして私を見ると非常に驚いた様子で狼狽え飛び退きましたね。
「どうです? バニースーツでの膝枕のご感想は?」
「着ぐるみの感触だったのか……」
「女性の柔肌じゃなくて安心しましたか」
「ああ……いや、違うぞ」
何が違うと言うんでしょうかね。もう彼が言い逃れできない証拠と証言を私は得ていますよ。
「旦那さまは女性が苦手……いえ、女性恐怖症ですね?」
「な、なぜそう思うのだね?」
うわぁ、そんなに挙動不審に視線を彷徨わせておいてよく言えますねぇ。
ふむ、あくまでも恍けるつもりですか。
「旦那さまは私の裸体を目撃しちゃいましたよね? お互いに非常に不本意な形でですが」
「う、うむ。それに関してはわたしが確認を怠ったミスだな」
そこを素直に認められると強く責められないのですが、まあ額に『肉』と頬に『ミルフィ参上!』と落書きして置きましたから、まあ一先ずは良しとししましょうか。
「美少女の裸体を見たら普通男性は喜ぶものですよね? なのに、本来私が叫ぶ状況であなたは叫び気絶した」
「……うぐっ」
あっ、悪魔顔が弱ってますね。でも追求はやめません、ここははっきりして置かないと私も必要時にフォローできませんからね。
「そして覆面女はこう言ってましたよ? 『触れただけで気絶した』と。それに戦闘時のことですが、爆風で吹っ飛ばされた覆面女が旦那さまの身体の何処かに触れたから気絶したと確信を得ているのですが、何か言い訳は有りますか?」
「……何も無い。認めよう……わたしが重度の女性恐怖症という事を」
「そうですか……ではこのミルフィ、僭越ながらあなた様の女性恐怖症克服に尽力致しましょう」
「いや、このままで構わぬのだが?」
「そうは言いますけど、旦那さまは貴族なんですよ? 家督を残していかないと領民も困ることになります」
「……それも貴族としての義務か」
「それも有りますが、旦那さまの人生における幸せのためでも有りますね。……老後の孤独死はとても寂しいと聴きますよ」
「……ぜ、善処はしよう」
これでジークの抱える秘密は把握しましたが……うぅ、男性の裸体なんて初めて見ちゃいましたよ。
「む? 顔が赤いがどうかしたのか」
「……まあ、メイドにだって赤くなる時ぐらい有りますよ」
「ふむ……しかし、なんだ? 君のその格好は存外おも……似合うではないか」
あー、こいついま面白いとか抜かしましたね。
随分と余裕が出てきたじゃあないですか。
仕返しをとも考えましたが、眠気と疲労でそんな気力なんて湧いて来ません。
「ふぅ。私は疲れましたのでもう寝ますね」
「む、そうか。……あぁ、明日から君にもわたしの計画に加担して貰うぞ」
計画ですか? 一体何の計画でしょうか。
「ゲラルド王毒殺なら嬉々として参加しますが、危険な計画ならお断りしたいです」
「ダメだ。というか国王暗殺も十分危険な計画だからな? いや、追放村発展計画に関してな」
村を発展させる。確かに村人達にとっては良いことですね。
特に先生とウェンダム。私の数少ない親しい人達が安心して暮らせるなら。
「良いですよ。先生には恩も有りますしね」
「うむ。それではゆっくり休めよ」
そう言ってジークは浴室に向かって行きました。
ふむ、明日も忙しくなりそうですね。
こうして地下の使用人用の個室で私は、ベッドには倒れ込んだ。
なんだか長い一日が終わろうとしていて新しい生活にちょっとだけ心を弾ませながら意識を手放し、夢の中に旅立ちました。