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10.ジークの計画

 執務机に並べられた書類と予算に眉間に皺が寄る。


「村を盛り立てるには人を集める必要が有るが、人を集めるための材料か」


 手取り方法として商人を呼び込み特産品を各地方に届けることだが、問題が幾つか有る。


 一つ:目玉となる特産品がまだ決まらないこと。

 二つ:追放村まで来てくれる行商人の確保。

 三つ:慢性的な人員不足。

 四つ:領土的な問題。


 最後の問題に関しては下手をすれば戦争の先端を開きかねない起爆剤になる可能性を秘めている。

 ミルデア王国の領土は追放村から南に位置するベウル湿原までと決まっているからな。それに魔界側も追放村を警戒していることも有るだろう。

 まあ、魔族に会ったこともどんな人物なのかも知らないから何も言えない。

 何も知らないが国境、領土の目と鼻の先で発展を遂げる村が有ったとして……果たして魔族はいい顔をするだろうか?

 いや、決していい顔はしないだろう。

 こうも考えられる。ミルデア王国は国境の狭間に領土を伸ばしたと。

 それを意味するのは、つまるところ戦線を支える最前線基地。


「幸いな事はメイドが魔族に付いて詳しいことか」


 長い銀髪と綺麗な碧眼を宿した小柄で華奢な少女。いや、顔立ちと髪の美しさは美少女と言っても差し支え無いが、俺の直感が告げている。

 あのメイドを調子に乗らせるとろくなことにならないと。

 まあ、それはさておき。彼女が言うには魔王ユヒナには戦争の意志が無いとのことだ。

 それだけ知れたのは幸いであり、何より俺の肩が少しだけ軽くなった気分だ。


「ふむ。貴族らしい口調と立ち振る舞いも疲れるが、両国に挟まれた土地というのも気苦労が絶えないな」


 追放村はミルデア王国にとって都合が悪い者や犯罪者が集まった村だ。

 俺が見た範囲で犯罪者らしき者は居なかったが、所詮評判と噂はそんなものだ。


「村の方針は一先ず、両国との関係を構築しつつ発展させることか」


 計画を思い描くだけで胃が痛む。

 商人時代もそうだった。一人で考えて商売ルートを増やしつつ繁盛させたが、いつの間にか周りは敵だらけだった。

 ただ夢と目標のために無我夢中でやって来たことが、他の連中から見たら非常に面白く無いことだった。それはまあ理解できる。

 できるが、なぜ俺を追放村の領主に? そもそもミルデア王国にこの土地の所有権は無いだろ。

 何か俺達は恐ろしい陰謀に巻き込まれてるような気がしないでもない。


「……やはり村人とついでにメイドに相談しながら進めるか」


 メイドと言えば、彼女が賊を自警団に引き渡しに行ってから随分と時間が経つ。

 古時計に眼を向ければ既に時刻は20時を差していた。

 何かトラブルに巻き込まれたのか? それとも夜道の森で何か遭ったか?


「森に棲む幻想生物に襲われたか? 俺も森でユニコーンに襲われたが、あのメイドは……いや気にするだけ無駄か」


 貴族となり使用人を雇用した立場だ。ここはどっしりと構えてメイドを待つべきだろう。

 そんな事を考えていると机の下。正確には足下の床底から何かを削る音が響き出した。

 何だろうか? 新築にネズミが沸いて出たか。

 自分でも気楽な思考だと思うが、音の方向に視線を落とすと。

 鋸がカーペットを貫き床から生えた。

 何でだよ。

 ……いや落ち着け、冷静が最大の武器であり防御でも有るんだ。

 床底から鋸。これは侵入工作のでは?


「……侵入者か? さっきは下手を打ったが今度はやってやるさ」


 誰に言うでも無く意志を固める。

 願わくば女性でない事を祈る。

 と、頭の中で祈ると鋸が床を切り進み、四角に切られていく。

 やがて鋸が一周するとそれは四角の形が下から持ち上げられ、


「よいしょ……!?」


 碧眼と眼が合う。

 メイドは俺の顔を見て動揺しながら硬直していたが、同時に俺の心臓も弾けそうなほどバクバクしてるがな。

 ほんの一瞬だけ心臓が止まったが、俺は敢えて平素を取り繕う。


「何をしているのだ?」


 本当に何をしてるんだこのメイドは。


「隠し通路の作成です。ほら庭に大木が有るじゃないですか、そこに続く脱出路ですよ」


 隠し通路。そういえばメイドは隠し通路に憧れるかと質問してきたな。

 ふっ、いざ作成されると込み上がるこの感情。


「良いじゃないかぁ!」


 そう興奮だ。俺は年甲斐なく少年のように心が弾んでいる!

 貴族の屋敷といえば隠し通路や罠と相場が決まっているが、まさか一つ夢が叶うとは!

 頭に土を被せたメイドは、自称通りに優秀なんじゃあないのか? そんな事を思っても口にはしないが、


「ご苦労だな。まさか短時間で通路を作るとはな」


「ふふっ! これでも穴掘りミルフィちゃんと呼ばれていましたからね」


 戦闘技術に魔術を扱える素養。

 魔王に認められるメイドとしての能力、そしてゲラルド王に任命されるほどの暗殺技術……いや、後者は単なる使い捨てか?

 ともかくそれらを踏まえてもこいつは無駄に能力が高いな。

 問題は俺の秘密に気がつくかどうかだが。


「どうかしましたか? 何か御用が無ければこのまま作業に戻りますが」


「ん? 何かやることが有るのか?」


「えぇ、通路の軽い補強まで済ませて置かないといけませんから。あ、それとも先にお風呂を沸かしましょうか?」


 こいつは俺が何もできないヤツだと思っているのだろうか。

 いやメイドだからな。職務範囲の質問なんだろうが風呂ぐらいは沸かせる。

 何せ魔術が使えない一般向けの設備が整った浴室だ。

 浴槽を水で満たし、刻まれた魔方陣に火魔石を置くだけで簡単に湯が沸かせるからな。


「風呂はわたしでも沸かせる。火魔石を置くだけだろ」


「そうですか。それじゃあ作業に戻ります!」


 それは明日でも良いだろう。言いかける前にメイドは隠し通路に引っ込んで行った。

 彼女は随分と働き者だな。……魔女の自宅で俺が茶菓子を食べるまで食べようとはしなかった。

 腹が減っていることに気付かなかったが、彼女のメイドとしての在り方なのだろうか?

 ……メイドに付いて考えていても仕方ない。今は計画を練るのが先か。


 しばらく思考を重ねに重ね、具体的な案が何も思い浮かばず、気が付けば時刻が22時を迎えていた。


「……今日はここまでにするか」


 書類を鍵付きの引き出しに仕舞い、俺はホールに向かった。


 戦闘の跡が刻まれたホールに思わずため息が漏れる。

 新居が早々にこの有様だ。

 嘆きたい気持ちを抑え、視界を移すと木箱に気がつく。

 そういえばメイドがずっと持っていたな。

 木箱に置かれたうさぎの着ぐるみに近寄る。

 なんとなく中を覗き込むと木箱に畳まれたメイド服が目に入る。


「む? 空だと思っていたが……あぁ、一着仕上がったのを受け取ったのか」


 これから屋敷に仕えるメイド服になんとなく手に取り、広げて見る。

 それは黒を基調とし、ミルフィが伝えた要望通りの物だった。

 そしてひらりと木箱に落ちた布に気付く。

 ふと視線を下せば、ピンク色でレースの布が丸められていた。


「これは広げ見てはならない。俺の直感が告げているな」


 と、着ぐるみの下に刻まれた魔方陣が視界に……なんだ?

 護身用の魔方陣かと興味本位で着ぐるみを退かし、速攻で見なきゃ良かったと後悔した。

 なぜ魔方陣の中心にゲラルド王の似顔絵が描かれているのかとか、これはどんな効果を発揮する魔方陣なのかとかはこの際気にしない方がいい。

 いや、いっそのこと見なかったことにしよう。尋ねれば俺が木箱の中身を漁り見たと主張してるようなものだしな!


 俺は何も見なかったとメイド服を丁寧に畳み直し、一階西のコレクションルームに足を運び、そこで気が済むまで収集したコレクションを鑑賞するのだった。

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