00.メイドと二人の王
鏡のように磨きぬかれた冷たい大理石の上に私──ミルフィは縄で縛られ転がされていた。
自他共に認める銀髪美少女なメイドちゃんを捕まえてこんな仕打ちをするのは誰ですかっ!
私が顔だけ上げると視界に映るのは絹のように細く美しい金髪、あどけない顔付きと華奢な体。そして何よりも人目惹きつける綺麗な金色の瞳の持ち主。
同性の私から見てもまごうことなき美少女!
でも! それを差し引てもひと際異彩を放つ凛々しい角と尻尾を生やした、
「よくもまあ人間が魔族に扮して仕えていたこと」
魔王少女でした。
「め、珍しいですね。ユヒナ様がお部屋から出るなんて……あっ、公務用のドレスもお似合いですよ」
なんて感じた事をそのまま口にしたけど正直生きた心地がしない。
何せここは魔王ユヒナが治める魔界。そして彼女が棲まう魔王城だ。
「褒める前に少しは弁明したら?」
「私が人間だなんてそんな……頭の角とお尻の尻尾が見えませんか?」
視線を彷徨わせながら私の角と尻尾の存在を主張して……そしてやっと気付いた。
鏡のように磨きぬかれた床に映り込む自分の顔を見てようやく王都で買った魔族なりきりセットの付け角と付け尻尾が無いことに。
「角と尻尾ってこれのこと?」
そう言ってユヒナは私になりきりセットを見せ付けてきました。
あぁ、もうこれ詰みですね。どんな弁明を意味を成さない。
速攻で状況打開を諦めました。
そう私は彼女の言うとうり人間。それもお城に勤める超優秀なメイドだ。
そんな私にも万策尽きる時だって有る。さよなら十五年の儚い人生!
だからこそ私は責めて処刑される前に魔王ユヒナに全て話すことにした。
なぜ人間である私が魔族に変装してまで魔王城に潜入したのか。
別に人間と魔族が戦争してる訳じゃない。むしろ互いに不干渉で得体の知れない隣国という認識だ。
けど人はよく分からない者に畏怖する。私が勤めていたミルデア城のゲラルド王は少なくとも魔族に日々ビビり散らかす程には小心者で、だから超優秀で銀髪美少女な私に魔王暗殺を命じた。
けど私は単に魔族に対する興味が有るだけで暗殺する気は毛頭なかった。
ならなぜ命令を請たのか? 私は雇われたメイドですよ、王命となれば城勤めのメイドは逆らえないのです。
そもそもユヒナという魔王少女は世間が思うほど恐怖の代名詞でもなんでもない。
「なるほど。魔族に対する不信感がそこまで……けど私は引きこもりをやめないわよ!」
そう彼女は自他共に認める引きこもりだった。
同時に自室で年中パンイチで過ごす裸族でもある。
「さあこれで全部話しましたよ。まだ洗濯物が残っているので解放してくれませんか?」
私がユヒナにそう求めると彼女は満面の可愛らしい笑顔を向けてました。
愛らしい笑顔に私も釣られて笑みを浮かべる。
「なに言ってるのミルフィ。貴女は国外追放処分に決まってるじゃない」
「いっ?」
あっ、いま美少女に似つかわしくない間抜けな声が私の口から漏れましたね。
「領土侵犯、種族偽証、魔王暗殺容疑、互いに不干渉とはいえ戦争の火種に成りかねない貴女を置いておく訳にはいかないじゃない」
「その心は?」
「戦争になったら面倒臭い」
妙に納得のいく一言に私も思わず頷いてしまったのは無理もないことでしょう。
「という訳で今からミルフィはミルデア城に強制送還よ」
そう言うや否やユヒナの右手が金色の輝きを放ち、私の視界は眩い光に包まれた。
△ △ △
眩い光が止んだ頃に眼を開けるとそこは慣れ親しんだ場所でした。
突然の別れと帰還に感傷に浸る暇もなく、それは私の視界に映りこんだ。
……玉座にしがみ付き小鹿のように震えたゲラルド王に、
「……美少女とチェンジで」
思わずそう言ってしまったのは無理もないでしょう。
だって美少女で綺麗な魔王ユヒナと脂肪の塊のゲラルド王ですよ?
そんなことを思っているとこめかみに青筋を浮かべたゲラルド王が重々しく口を動かす。
「……突如光と共に現れたと思えば、不敬罪だ」
さっきの光。あれは魔術なんて生優しいものじゃない。
そうあれは奇跡そのものを体現した魔法だ。
だからゲラルド王が怯えていたのも無理はない。それよりも彼にユヒナが戦争のつもりはないと証言しなければ。
「待ってくださいゲラルド王。私は魔族の内情を知りましたよ」
「内情を? ……察するに暗殺は失敗したとみるが連中は戦に備えていたか?」
「いえ、戦争を仕掛けるつもりは無いようです。魔王ユヒナは心から平和を願う御仁でした」
ゲラルド王は小心者だが決して馬鹿ではないと信じたい。
「……そうか。使い捨てに選んでなんら痛手にもならんそなたを殺さず突き返したところを見るに、その話は真のようだな」
おやぁ? 超優秀メイドに対して聞き捨てならない言葉を吐くものですねぇ。
これでも二年の間魔王城でメイドとして働き、ユヒナの自室に招かれ専属メイドに任命されるほど信用を得ていた私に対して結構な言葉じゃないですか!
それはさておき、いい加減誰かこの拘束を解いてくれませんか?
「あのぉ、誰か拘束を解いてください」
そう訴えると謁見の間に控える内政官や兵士誰一人として動こうとしません。
しかし彼らの視線は一様に私の下の方、そうスカートの方に向けられていたのです。
あぁ、そういえば魔王城のメイド服ってスカート丈が短いんでしたね。今の私の体勢では下着も見えてしまうと。
なるほど、道理で先程から誰しもが鼻の下を伸ばしてるわけですか。
……この場には変態しかいないんですかぁぁぁぁっ!?
いつまで経っても拘束が解かれないと知った私は、縄抜け術を駆使して拘束を解いてから立ち上がると。
「……ふむ。余が魔王暗殺を命令したとはいえ、不干渉を犯したそなたを城に置き続けるのは不味いか」
ゲラルド王は私に反論の余地を与えないまま、一方的に処遇を告げた。
「ミルフィよ。そなたを北の辺境地に国外追放処分とする!」
こうして私は魔王の領土から追放され、そして王都から遠く離れた未だ誰の領地でもない、寧ろ国の領土ですらない辺境地──国境の狭間に追放される事になったのでした。
短時間に二度も国外追放を受けるとか……人生ってなんだかよくわかりませんね!
物語の展開はゆっくり進んで行きますが、楽しんで貰えるなら幸いです。
なお1時間起きに1話更新というのをやってみたくなったので24話分を更新していきます。
3月25日追記:18:04
今作品は全72話で完結の予定となってますのでそれまでお付き合い頂ければ幸いです。