サイカイ
「おかえりなさい」
開いた扉に向かって声をかける。返事は帰ってこないけれど、それはいつもの事、と思考から切り離す。
今日はいつもよりも遅かったね。私というものがありながら、まさか他の女の元に行ってたの?
なんて、返事が帰ってくるはずがないと分かっていながらも声をかけ続ける。何か言われるかもしれないと願って、声をかける。
「あ、またコンビニ弁当だ!ここ1ヶ月くらいずっとそんなのばっかでしょ。いい加減、自炊したら?」
本当は、私が作ってあげられたらいいんだけど、私は出来ないから。そう思いながらも声をかけ続ける。
「ねぇ、声を聞かせてよ。最近はずっと家で声出してないじゃん。何か喋ってよ。声、聞かせてよ」
「────」
私の願いが届いたのか、彼がやっと声を発する。泣きながら、何かを言っている。しゃくりあげながらのソレは上手く聞き取れなくて。それでもやっと声を聞けた喜びに私も涙する。かろうじで聞き取れる言葉を聞いては涙する。
疲れていたのか、そのまま眠ってしまった彼が放置したままのゴミを軽く水洗いし、分別して捨てる。そして、ソファで眠る彼の前に座り、彼の寝顔を眺める。
朝、彼が目を覚ます。仕事へ向かう彼に「行ってらっしゃい」と声をかけて見送る。日に日にやつれていく彼の姿を見るのはとても心苦しい。いつか、倒れてしまうのではないかと思うほど痩せていく。2ヶ月前とはまるで別人だ。でもきっと、彼をそんな風にした原因は私だから。
日中することの無い私は、ただボーっとして過ごすことが多い。でも、たまに外に出て猫と遊ぶことがある。あと、小さな子供と遊ぼうとすることもあるけど、私と遊んでるのを見た親が子供を連れ帰ってしまうから、最近は外に出ても猫と遊ぶだけ。それが少し虚しくて、外に出ることはめっきり減っていたのだけれど、今日、久しぶりに外に出た。ダラダラ過ごしていた事もあって、家を出たのは午後3時頃だった。
近所にある公園に向かう。普段なら小学生で溢れている場所なのに今日は1人もおらず、珍しいこともあるものだ、と思いながらブランコに座る。しばらく何も考えず過ごしていたら、女の子が1人、公園に入ってきた。
近くの高校の制服を着ている彼女はきっと、学校帰りに寄ったのだろう。彼女は少し辺りを見渡してからこちらへと歩んでくる。私の横にあるブランコに座る彼女は耳にイヤホンをつけている。
「ねぇ、おネーサン。私の横のブランコに座ってるおネーサン」
急に話しかけ始めたので電話でもしているのかと思ったら、私に向かって声をかけてきていたみたい。返事をしてみれば、彼女はどうしてここにいるのか聞いてきた。だから私は、自分の事を伝えた。
「一緒に住んでいる彼がね、仕事に行ってるの。私は家にいてもあまり家事をすることが出来ないから、こうして散歩してるんだ」
そう答えれば、彼女は再び私に質問する。
「それはおネーサンが____だから?」
彼女の言葉に少し驚きつつも、微笑み、肯定する。
「そうだよ。やっぱり気づいてたんだね」
私の言葉に彼女は笑う。
「当然でしょ!じゃなきゃおネーサンに声かけたりしないよ」
それもそうだね、と私が返事をする前に彼女が口を開く。
「話を聞いてると、おネーサンはその彼氏さんにいないものとして扱われてるみたいだけど、辛くないの?もし辛いんだったら、おネーサンが彼氏さんから離れられるように手伝ってあげようか?ボク、そーゆーの得意だし!」
最後の言葉を聞き、あぁやっぱりな、と納得しつつも彼女に返事をする。
「気持ちだけ受け取っておくね。私はまだ、彼のそばにいたいから。たとえ、話してもらえなくても」
私の言葉に、彼女は笑みを深める。
「ふーん、そっかぁ。じゃあ辛くなったらまたここにおいでよ。その時は、ボクが手伝ってあげる!」
「じゃあ、その時はよろしくね」
彼女の言葉に答え、私は立ち上がり、家へと帰るために歩いていく。不思議な子と出会ったな、と思いつつ、まだ彼が帰ってくるには早いから、適当に時間を潰しながら待とう、と考え玄関から中へと入る。そして、脱ぎ散らかされた1足の靴が目に入った。いつも靴を丁寧に揃える彼にしては珍しい。それに、帰ってくるのも早いな、などと呑気に考えながら歩を進める。
彼はソファで眠っていた。着の身着のまま倒れ込んでいた。息が上がり、一目で熱があるのだと、分かる。あぁ、やはり、やはり、体の限界が来たんだ。私は彼に謝る。ここまで追い込んでしまったこと。そして、何も、してあげられないことを、謝る。
高熱で苦しむ彼を、私はただ、見守る。彼が弱っていくのを、ただただ、見守り続ける。
暫くして、彼は亡くなった。
私にそれがわかったのは、彼と、目が合ったから。
「あぁ、やっと会えた」
*******
「それはおネーサンが幽霊だから?」
・彼女
2ヶ月前に死んだ。彼の事が心残りで成仏出来なかった。ずっと彼のそばにいた。
・彼氏
2ヶ月前の彼女の死を引きずっている。何となく幽霊となった彼女が近くにいるんじゃないかと感じていた。最後には死んだけど愛しい彼女に会えて幸せ。
・霊感少女
高校生。通学路にある公園に幽霊の女性がいたので声をかけた。多分幽霊を祓うことが出来ると思われる。
〜本編解説〜
泣きながら彼が言ってるのは彼女の名前。彼女はそれを聞いて泣いてる。
日に日にやつれていく→彼女の死がショックだった+彼女が取り憑いて殺してる最中(後者は彼女の自覚なし)
猫と小さい子と遊ぶ→猫や子供は視える事があるから
霊感少女のイヤホン→彼女が幽霊なので、他の人には見えず、普通に話しかけるとちょっと怪しい人となるため、イヤホンで電話してますアピール。
彼女が何もしない理由→あまり自分の存在をばらしたくないから。小さな事(あ、自分でやったんだっていう思うレベル)ならいいけど、絶対誰かいた!って思わせるような事はダメ