メインヒロイン、ゲームを降りる
寝坊して仕事をサボり、ついさっきまで部屋で寝ていた私は…熱さに目を覚ました。
何故かというと…部屋が炎に包まれていたのだ。
火事だーーー!と気付いた時すでに遅し、大量の煙を吸い込み…意識が朦朧とし…私は、熱さと息苦しさに苛まれながら目を閉じ…恐らく、死んだ。
死の間際脳裏に浮かぶのは「ああ、これなら遅刻でも出社すればよかった」だけだった。
薄情にも私は…家族も友人も、彼氏の顔も浮かばなかったのだ。
次に目を覚ませば、何処かの草原に横たわっていた。
草木の香り、気持ちのいい風…夢?どこから?
もしかして…あの火事も夢だった?あんなにリアルだったのに…?ゆっくりと体を起こす。
「……あれ?何この服」
私…なんでセーラー服着てるの…?
もう24歳なんですが。コスプレの趣味ありませんが。そもそも中学も高校もブレザーでしたが…?
とか考えていたら…後方から獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。
恐る恐る振り向くと…
そこには身長2mは余裕で超えていそうな、腰に布を巻いただけの半裸で緑色の肌の怖い顔の人?が…棍棒を持ち、こっちをジッと見ていたのだ…
「………こんにちは?ハロー?ボンジュー…」
「ウガアアアッ!!!」
「ぎゃあああああっ!?」
声をかければ彼?は咆哮を上げ、あろうことか襲い掛かってきた!!!
咄嗟に逃げてしまったが…もしかして、道を聞きたかっただけだったかもしれないな?そう思いチラッと後ろを見るが…
「ないないない!!あんな目ぇ血走らせてヨダレ垂らしまくってデカい牙持つ奴信用出来んっ!!つかあれオークってやつじゃないの!!?」
そう結論付け無心で走るが…夢なら早く醒めて!!それとも天国なら早くお迎え来て!!!
ズダダダダと走りまくるその時、前方に何か建造物のようなものが見えた。よっしゃあそこに逃げる!!
「……?」
だが途中で…後ろが静かだと気付いた。さっきまでオークが大きな足音で、奇声を発しながら追い掛けて来ていたのに…
もう一度振り向くと、オークはいなくなっていたので立ち止まる。
よく見ると、おおよそ50m以上先に彷徨いているのが分かる。
私を見失った訳ではないだろう、まさか…行動範囲が決まってる?まるでゲームみたいだな…
「はあ、はあ、は……ん?ゲーム?」
バッと建造物に目を向けると…どこか見覚えのある建物だと気付いた。これは…遺跡っぽい?更に向こう側には、村のようなものが見える。
もちろん実際に見た訳ではない、どこか…画面の向こう?
「……あ!ゲームでイベントが起こる場所!」
思い出した!!私が小学生の頃夢中になっていた『ダークネス伝説』というクソダサい名前のRPGゲーム!!
タイトルはダサいがキャラ、ストーリー、グラフィック、音楽が好きで何周もやり込んでたんだよなあ…。
あら私、ゲームの世界に転生した?んなまっさかー。
きっと今際の際の走馬灯みたいなモノだろう。ってことは火事は夢じゃなかったか…
とにかく。そんなゲームの世界なら…もしかして!プレイ時のステータスそのまま残ってたりして…!
「ステータス…出た!!」
私の目の目に、半透明のウインドウが現れた!ひゃっほう、早速確認…と。
名前:未設定
性別:女
年齢:14
職業:魔法使い
Lv:5
HP:30/30
MP:100/100
ATK:8
DEF:8
INT:60
AGI:32
LUK:90
スキル:ファイヤーボール・ヒール
称号:異世界から来た乙女
…………ザコじゃねえーーーか!!!
「何これ初期値じゃない!?スキル…使える魔法ファイヤーボールとヒールだけ!!」
こんなんでどうやって生きていけばいいのさー!!あ、もう死ぬのか…と嘆いていたら、とある部分が引っ掛かる。
称号:異世界から来た乙女…?ゲームにおいて、メインヒロインに与えられた称号。まさか…?
近くに都合良く川があったので、覗き込んでみると…なんという事でしょう。
良くて中の上レベルの容姿だったはずの私は、誰もが振り返って二度見してしまうであろう美少女になっているではありませんか…!
「やっぱり…この顔、ゲームのメインヒロイン…!この遺跡、主人公の勇者と私が出会う場所!!じゃあ向こうに見える村って、まさか始まりの村タッセ?」
このゲーム、パーティメンバーは自由に名前を決められる。デフォネームもあるが…その場合私は『ハナコ・タナカ』である。
「…このヒロインの設定は…名前と服装、容姿からして日本人。ある日突然時空の歪みに落ちちゃって…別世界に飛ばされて、気付いたらこの遺跡にいたんだっけ。
…私、草原のど真ん中に落とされたけど…?」
とりあえず…名前がハナコは困る。ここは私の本名、瑠璃谷倖を使おう!
するとステータスの名前の欄が『ユウ・ルリタニ』に変わった。よしよし!
「それと、まだ14歳?確かゲーム開始時…私は16歳、勇者は17歳のはず。2年も早く来ちゃったの…?」
…仮にここがダークネスの世界だとして。私は死んでメインヒロインに転生した…って事?でも物語開始まで時間はあるのに、もうこの世界に落ちちゃったんか?
あ、だからセーラー服なのかな?この子の衣装はブレザーだったから…これは中学校の制服なのかもしれない。
それとハナコ(仮)の記憶は私には無い。あくまでも瑠璃谷倖だ。だからハナコがどこでどんな生活をしていたか、分かりようもない。
彼女は突然見知らぬ世界に単身放り出され、物語開始時ずっと「家に帰りたい」「パパ、ママ…」とメソメソしていた。
ただし私は帰ったら炎の中だろうから…別に…ね。
それに…こんな美少女に生まれ変わったんなら、万々歳だけどさあ。ただ性能が…
打たれ弱い、すぐ死ぬ、強い魔法を覚えるのはかなりレベルが上がってから。可愛い以外取り柄ナシ。
でも顔がいいから…パーティメンバーみんなから可愛がられて、貴族に求婚されたりなんと魔王にも見初められてしまうのだ。美しさって罪。
ただし戦闘はクソ。お前もう帰れ!!と何度テレビ画面に向かって叫んだことか…ほろり。
魔法攻撃、回復役等に必須かと言えばそうでも無い。
ゲームの序盤で魔法剣士が仲間になるんだが、彼も魔法もヒールも使える。更に回復だけならポーションで充分賄えるし。
私は戦闘は言わずもがな、ストーリーでも大事な役割はほぼ無い。精々危険な目に遭って、主人公や仲間の格好良さを際立たせるくらいしか。
どうせ足を引っ張るだけなら…怖い思いをしてまで冒険に出るより、適当に働いて静かに暮らした方がいいんじゃない?
ゲーム通りならモンスターを倒せばお金を落とす。大物を狙わずちまちま雑魚を倒せば、質素に暮らす事は可能なのでは?
という訳で実証。まず、この私と主人公が出会う遺跡だが。中に入ります。
結構朽ちてるけど…罠とかは無いのでサクサク進む。最奥には女性の石像があり…あった。石像が持っているやつ。
「これこれ。最初にゲットする私の杖!」
魔法を使うには杖が必須という訳でも無いが、道具にはプラスの能力が付与されているからね!
こうして手に取ると、私の目の前にウインドウが現れ杖の情報が表示される。
【魔法の杖:威力+10】
うん…最初ってこんなモンだったね…。この後の冒険でレアアイテムを拾ったり、お金を貯めて高額な装備を購入するもんだよな!
目的のブツを手に入れたので外に出ます。キョロキョロと周囲を見渡すと…
いた。とある筋ではザコモンスターとして有名なゴブリンだ!
ゲームにおいて、モンスターってのは集落には近付かない。オークが途中で引き返したのも、そういう世界のルールが適用されたからだろう。
という訳で…安全地帯からゴブリンに杖を向けて…!
「ファイヤーボール!」
と叫べば、杖の先端から火の玉が発射された。命中!だが一撃ではまだ倒れない。続いて二発目!!
今度はゴブリンは一瞬で燃え上がり、あっという間に消滅した。そしてその場に、チャリンと音が響く。
他にモンスターがいないのを確認し近付くと…地面に硬貨が落ちていた。
「20C…こんだけ?」
10年以上前にやっていたゲームだから物価とか覚えてないが…少ないよね?…うん、最初ってこんなモン!!次はステータスの確認だ。
「んー、レベルはまだ上がってない。MPは20減ってる。ファイヤーボールは一度で10消費するって事か…」
魔法のMP消費率は知っておかなければ!
それとHP=体力では無さそうだ。さっき全力疾走しまくってヘロヘロになっても、HPは減って無かったから…
今度は瓦礫を手に取り…自分の腕を傷付けてみる。
「いっ…づ〜…。HPは1減った…」
ヒールを唱えれば、傷は跡形も無く治った。MPは…20減って、HPは戻った。
しかしこれだけじゃないぞ。ヒールで治る怪我はどのくらいか?HPの回復量は?MPは何分ほどで回復する?
そんな風に私は、どんどん検証を進めるのであった。