#あなたの負け(1/1)
「リーゼロッタ様、お客様ですよ」
私が出かける支度をしていると、使用人から声がかかった。客間へ行ってみると、そこにいたのが意外な相手だったから、私は目を見開いた。
「ロードリックさん……?」
「リーゼロッタ! 来たか」
ロードリックさんは、私を見るなり嬉しそうに立ち上がった。真っ白な礼服に身を包んで、髪をいつもより丹念に撫でつけてある。手に持っているのは、大輪の赤いバラの花束だった。
「これをお前にやるぞ」
ロードリックさんは、私に花束を押しつけてきた。
「リーゼロッタ、約束の時が来た! 言われた通りに一万いいねを取ったお前と、もう一度婚約を結んでやろう!」
ロードリックさんは尊大な口調で言った。
一万いいねを取ったら、私の正体が悪役令嬢Rじゃないって皆に言って、婚約破棄も取り消す。確かに私とロードリックさんは、そう約束していた。
ロードリックさんは、律儀にその契約を果たそうとしてるみたいだった。
「……わざわざそれを言うためだけに来たの?」
ロードリックさんは、もう用は済んだとばかりに帰ろうとしていたので、私はポカンとしてしまった。
「『そんなこと』とは何だ」
ロードリックさんは心外そうな顔で振り向いた。
「この私と、もう一度婚約を結べるんだぞ。もう少しありがたがってみせたらどうなんだ」
相変わらずだなあ、この人。
「と言っても、あちらの方はもういいだろう。皆、お前が悪役令嬢Rではないと、もう知ってしまっているからな」
ロードリックさんの言う通りだった。私たちが悪役令嬢Rの正体を暴露した投稿は、予想以上に拡散され、今では陰口を叩いてる人なんて、誰もいない。それどころか、賞賛のメッセージを送ってくる人もたくさんいた。
「それにしても、まさか本当にやるとはな」
ロードリックさんは、未だに私がやってのけたことが信じられないらしい。
「有名な炎上アカウントの運営者の正体を暴いたことで、お前はすっかり時の人だ。分かるか、リーゼロッタ。そんなお前と婚約する私も、注目の的になるということに……!」
ロードリックさんは感激してるみたいだった。やっぱりこの人、自分の人気が一番大事なんだね。もう何度目か分からないけど、呆れちゃう。
「これでお前も、立派なインフルエンサーの一員だな。さあ、早速新しいアカウントを作って、私と共同で運営を……」
パシャ。
ロードリックさんの仰々しい演説が、シャッター音でかき消される。もちろん、念写したのは私だ。
「リーゼロッタ……?」
ロードリックさんが不可解そうな顔をするのを放って、私はMNSの書を操作した。
「何をしているんだ?」
私はただ笑っただけで、答えなかった。その代わり、さっき押しつけられた花束をロードリックさんに返す。
「MNS、見てみたら?」
それだけ言って、私は客間を後にする。
その後ろから、ロードリックさんの悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
「な、何だこれは!? こんなもの、載せるんじゃないっ!」
そんなこと言われても、もうアップしちゃったしね。
残念でした。この勝負、あなたの負けだよ。




