#こんなことで負けたくない!(1/2)
はちみつキッチンから急使がやって来たのは、次の日の早朝だった。
「厨房が荒らされたんだ!」
来てくれたのは、ケントさんの弟さんだった。客間で待っていた彼は、私が入室するなり、大声を出した。
報告を聞いた私は、頭を殴られたような衝撃を覚えた。
朝食もとってなかったけれど、私は馬車を飛ばして、弟さんと一緒にはちみつキッチンへ急行する。
「おう、来たのかい、リタさん」
厨房の入り口では、お父様とお母様が立ち尽くしていた。
中は、ひどいことになっていた。鍋やお皿が床に落ちて割れてるし、昨日の内に仕込んであったケーキやパイの生地は、流しにぶちまけられてた。
イタズラにしてはやり過ぎだ。どう見たって、はっきりとした悪意を持った人がやったことに間違いなさそうだった。
「ちきしょう! せっかく商売が軌道に乗ってきたっていうのに、一体誰がこんなことを……!」
お母様が悔しそうな声を出す。
「母さん、ダメ。裏口の扉の鍵、やっぱり壊れてた」
厨房の奥から、お姉様とケントさんがやって来た。ケントさんは私の姿を見つけると、目を伏せる。
「ってことは、裏から入ったんだね」
お母様は歯ぎしりしている。
「昨日の夜、あたしらが寝静まった時に忍び込んだに違いないよ! きっと、どっかのバカが、うちの店の成功を妬んだんだ!」
そうかな?
声には出さなかったけど、私はお母様の意見には賛成できなかった。
って言っても、『昨日の夜に厨房を荒らした』っていう見方自体はあってると思う。
でも、動機の『はちみつキッチンの成功がうらやましかったから』っていうのは、違うと思ったんだ。
犯人はきっと、私がこのお店の関係者だって、知ってしまったんだろう。それで、私を懲らしめるのと同じ感覚で、このお店に嫌がらせしたんだ。
それが、『はちみつキッチンが荒らされた』という話を初めに聞いた時に、真っ先に私が考えたことだった。
「リタさん……」
多分そう思ったのは、ケントさんも同じだった。だから、私から目をそらしたんだろうし、今も複雑そうな顔でこっちを見てるんだ。
私は何も答えないで、ゆっくりと厨房の中を歩いた。どこかに、『悪役令嬢R』を中傷する書き付けか何かがあるかもしれないと思ったから。そういったものがあれば、私の推測が正しかったっていう証拠になる。
でも、私が代わりに見つけたのは、予想もしていなかったものだった。
「これ……レジーナさんの……?」
落ちていたものを拾うためにかがんだ私は、信じられない気持ちで呟いた。
床に散乱していた鍋の影に隠れていたもの。それは、赤いバラの形の石がついた金の髪飾りだった。
私とケントさんが最初に中央聖教会に行った時、レジーナさんはこの髪飾りをしていた。素敵な品だったから、よく覚えてる。
でも、それが何でここに? レジーナさんは、この厨房に入ったことなんて、一度もないはずなのに。
……まさか。
まさか……レジーナさんが犯人なの?
この厨房を荒らした時に、うっかりこれを落としていったの?
でも……どうしてレジーナさんが、はちみつキッチンに嫌がらせなんてする必要があったんだろう?
「今日は臨時休業するしかないね」
困惑していた私は、お母様の声で我に返る。
「食材も調理器具も、みーんなダメになっちまったんだから。これじゃ、店を開きたくても、無理ってもんだよ」
「そ、そんな!」
お姉様が声を震わせた。
「だってそんなことしたら、犯人の思うつぼだよ!? ここは意地でもお店を開けて、『はちみつキッチンは、こんな嫌がらせには屈しない!』って見せつけるべきだよ!」
「バカを言うもんじゃないよ。あんた、あたしの話を聞いてなかったのかい? こんな状況で営業できるわけないじゃないか」
お母様とお姉様は言い争ってしまった。その横で、お父様と弟さんはしょげ返っている。ケントさんは皆の様子を、オロオロしながら見ていた。
私はバラバラになりつつあるターナー家の人たちを見て、とっさにある提案をする。
「お店、開けましょう」
皆、一斉にこっちに注目した。
「お店のオープンまで、まだ時間があります。いつもとまったく同じように……っていうわけにはいかないでしょうけど、やれるだけのことはやりましょう」
今は誰が犯人か、とか、動機は何だったのか、とか、そんなことは一旦忘れようと思った。
だって、悔しいじゃん。こんなふうに卑怯なまねをする人、どうしても許せないもん!
卑怯者に邪魔されたくらいでお店を開けられなかった、なんてことになりたくない。敗北宣言なんか出したくなかった。
「でも、リタさん……」
「こんな時こそ、七つ星商会ですよ!」
私は、ケントさんにさえ口を挟ませなかった。
「七つ星商会を通して、他の商店から、調理器具とか食材とかを譲ってもらうんです。急ぎのことだから、どれくらいまでできるか分からないけど、でも、最低、今日一日お店を開けられるくらいの量は、確保してみせます!」
私はそれだけ言うと、呆然とするターナー家の人たちを尻目に、はちみつキッチンを飛び出した。




