#プチバズしてしまった……(1/2)
私が交渉した結果、はちみつキッチンでは、破格の値段で『マイアランジローズ』の乾燥させた花びら――ドライローズを手に入れることに成功した。
これではちみつキッチンでも、『ローズ・マイアランジティー』をいれることができるようになったわけだ。
その日から、ケントさんたちの家族は厨房に籠もって、より美味しい『ローズ・マイアランジティー』の作り方を研究する日々を送るようになった。
その様子を間近で見ていた私は、料理人の熱意ってすごいなって感心しっぱなしだった。まるで、ちょっとした研究者だ。
一週間も経つ頃には、ケントさんたちはすっかり『ローズ・マイアランジティー』に詳しくなっていて、一冊くらい本が書けそうな雰囲気だった。ううん、カフェの人だから、『レシピ』の方が正しいのかな。
とにかく、そんなこんなで工夫を重ねた『ローズ・マイアランジティー』は、めでたくはちみつキッチンの新メニューとなることが決定したんだ。
ちょうど皇帝陛下の視察も始まってたし、私たちは早速、『ローズ・マイアランジティー』の発売に合わせた投稿を、MNSに上げることにした。
「三百いいねか……」
『クイン・マイアランジ州で人気の、『ローズ・マイアランジティー』が、帝都でも楽しめちゃうって知ってましたか? 暑さが厳しくなるこれからの季節にもぴったりです!』
こんな感じのメッセージと一緒に投稿した『ローズ・マイアランジティー』の念写は、思ったほどもいいねを稼げなかった。
まあ、そうだよね。だって、『ローズ・マイアランジティー』は、クイン・マイアランジ州では有名かもしれないけど、帝都ではあんまり知ってる人がいない紅茶だし。
そんな未知のものをいきなり出されても、「えっ、何?」ってなっちゃうじゃん。当然いいねだって付くはずがない。
私はこの結果にほっとしていた。またちょっとだけ、ケントさんとお別れする瞬間が遅くなったからね。
「また次の手を打たないといけませんね」
作戦が完全失敗したのを知って、ケントさんが複雑そうに言う。
「……もう何か考えついたの?」
「まだです」
……そっか。良かった。
私は安心したけど、ケントさんはどう思ってたのかな? ケントさんの顔は、落ち込んでいるようにも、気が抜けているようにも見えた。
それはそれとして、この『ローズ・マイアランジティー』の件は、これで終わりになるはずだった。
少なくとも、私はそう思ってたんだけど……。
「せ、千八百いいね!?」
一晩経ったら、状況が変わってた。
まだ朝早い時間帯。ベッドから起き上がったばかりの私は、MNSの書の紙面を呆然と見つめる。
私たちの『ローズ・マイアランジティー』の投稿に、今まで見たことないくらいのいいねがついていた。
う、嘘でしょ!? 昨日の六倍のいいね!?
何が起きたのか分からずに混乱していた私は、急いで身支度をすませて、まだ開店前のはちみつキッチンへ駆けつけた。
「ケ、ケントさん!」
「リタさん……」
私の言いたかったこと、ケントさんはすぐに理解したみたいだった。ケントさんがMNSの書を開いて見せてくれたのは、皇帝陛下のタイムラインだった。
『クイン・マイアランジ州の州都で昼餐会。食後のお供は、ローズ・マイアランジティー』
皇帝陛下の最新の投稿には、そんなことが書かれていた。念写には、ピンク色の液体が入ったグラスを持ってる皇帝陛下が写っている。
『#アフターヌーンティー同好会』、『#お気に入りのフレーバーが増えた』、『#帝都の宮殿でも出して欲しい』。
投稿についてる色んなハッシュタグを見つめながら、私は目が回りそうになった。
「僕の読み、当たりましたね」
ケントさんが私たちのアカウント、『ハニー』のタイムラインを見た。
「ほら、もう二千いいねを越えてます」
皇帝陛下が『ローズ・マイアランジティー』を気に入って、それをMNSに載せれば、便乗する形で私たちの投稿にもいいねがつく。それがケントさんの作戦だった。
それが成功したんだ。きっと皇帝陛下の投稿で、『ローズ・マイアランジティー』に興味を持った彼のフォロワーさんたちが、私たちの念写にも目をつけたってことだよね。それで、いいねをつけた。
「これ、一万いいね行くかな?」
「それはまだ、何とも……」
ケントさんは口ごもった。
でも、すぐに無理をしたような笑顔になって、「さあ、今日投稿する分の念写を撮りましょう」と、わざとらしい高い声を出す。
「やっぱり、『ローズ・マイアランジティー』についての投稿がいいですよね。皆、このドリンクに注目してるんですから」
最低でも一日一回は投稿をしなさい、っていうのは、レジーナさんに教えられたことだ。
ケントさんは、また同じような念写を上げることで、もっと多くのいいねを稼ごうとしてるんだろう。
私は、気が進まないながらも撮影を開始する。飲み物を入れるガラスのビンやMNSの書を、こんなに重く感じたことは今までなかった。
でも、それから三日後くらいに、もっととんでもないことが起きるって、この時の私は、まだ知らなかったんだ。




