#聞きたいけど、聞けない(1/1)
後日、私は閉店後のはちみつキッチンで、ケントさんと一緒に作戦会議をしていた。
「やっぱり皆、ものすごい数のいいねを稼いでますね」
ケントさんが見てたのは、私のおじい様の使ってなかったMNSの書だ。
レジーナさんのところから帰った私は、早速聞いたことをケントさんに教えてあげることにした。
ケントさんも、すぐに言われたことを実行に移した。
それで、こうして新しいアカウントを作って、私たちのターゲットである『若い平民の女の子』が好きそうなインフルエンサーを、片っ端からフォローしていったんだ。
ケントさんはインフルエンサーたちの投稿を、とても熱心に観察していた。
私の汚名を雪ぐため……って思うと嬉しくなるけど、でもその後はお別れが待ってるって考えちゃうと、やっぱり素直に喜べない。
そういえば前に、私が「投稿を少し休みたい」って言った時も、ケントさんは反対したっけ。
やっぱりケントさん、私のことはそんなに……。
「リタさんの方はどうですか?」
急に話しかけられて、ドキッとした。私は、急いでMNSの書に目を落とす。
「う、うん。はちみつラテとか、甘い物が人気かな?」
インフルエンサーの投稿からトレンドを探っていたケントさんに対して、私は今までの自分たちの念写の分析を続けていた。
「やっぱりそうですか。実はカウンターに立ってる時も、甘い物がよく売れるなって思ってたんですよ」
ケントさんは納得したように頷いた。
「僕の母さんや姉さんたちも、甘い物が好きなんですよ。女の人って、皆そうなんですか?」
「うーん。皆が皆ってわけじゃないと思うけど」
まあ、私は甘党なんだけどね。あっ、でもエリィさんは、どっちかって言うと辛いものの方が好きだったかな。
「ケントさんは?」
「僕ですか? 実はあんまり……」
「えっ、嫌いなの!?」
「いえ、嫌いってほどじゃ。ただ、そんなに好きじゃないっていうだけです」
それなのに、一緒にカフェ巡りして、ケーキとか食べてくれてたんだ。
ねえ、ケントさん。何でそんなことしたの? ただの親切心? それとも、もっと別の意味があったの?
聞きたかったけど、やっぱり私には無理だった。
って言うか私、ケントさんが甘い物は苦手だってことも知らなかったんだ。
思えば私たち、お互いのこと、まだよく理解してないんじゃないのかな。それなのに好きになるなんて、私、おかしいのかな?
「じゃあ、新しい看板メニューでも作りましょうか?」
私の葛藤に気が付かないケントさんが、MNSの書から目を離さないで言った。
「甘い物、何がいいかな……」
「うん……」
私は、上の空で返事を返す。
「そうだ、リタさん! 僕、いいこと思いつきましたよ! 今フォローしてるインフルエンサーたちが、思わず皆に紹介したくなるようなドリンクを作るのとかどうでしょう? レジーナさん、前に言ってましたもんね。インフルエンサーの目にとまったら、大量の反応が見込めるって!」
前回レジーナさん相手に実行して失敗した作戦を、ケントさんはまだ諦めてないみたいだった。
確かに、一気にたくさんのいいねが稼げるのは魅力的だ。
でも、そんなことをすれば、私とケントさんのお別れが早まっちゃうんだよ?
「ねえ、ケントさん……」
私は、ケントさんはそのことをどう思ってるのか聞こうとした。
でも、どんな返事が返ってくるのかって想像したら、急に声帯が動かなくなってしまったような感覚がして、そのまま絶句してしまう。
そんな私を見て、ケントさんがポツリと漏らした。
「……僕、リタさんには、幸せになって欲しいんです」
喉の奥から絞り出したみたいに必死な声だった。私はハッとなって、ケントさんをまじまじと見つめてしまう。
声だけじゃなかった。ケントさん、表情もとっても真剣だ。
……ズルいよ。
ケントさんが私を好きなのは、私の勘違いじゃないかもしれないって、そう思っちゃうじゃん。
「ありがとう」
でも、やっぱりそれ以上問い詰めるのは怖くて、私はただ、お礼を言うことしかできなかった。




