#バズに縁がない令嬢、平民のフォロワーと一万いいね獲得を目指す(2/2)
「それにしてもケントさん、どうしてここに?」
一通り自己紹介もすんだところで、私は首を傾げた。
とっくに身バレしてるから、住所が分かったって不思議はないんだけど、嫌がらせ以外でうちを訪ねる人の目的なんて、想像できなかったんだよね。
「僕、リタさんが心配だったので……」
ケントさんは、ちょっとモジモジしながら言った。
「だってリタさん、MNSで、すごく悪口書かれてるでしょう? 落ち込んでるんじゃないかなって思ったんです。MNSでもコメントはしましたけど、それでも直接会って、僕は味方ですって伝えたくて……」
「ケ、ケントさん……!」
私、感動で泣きそうになっちゃった。この人、本当に天使だ。大天使だ。
「それなら、こんなところにいないで入ってくればよかったのに……。そうしたら、私も変な勘違いしなくてすんだんだよ」
「すみません。でも、貴族の屋敷に、僕みたいな平民が訪ねていっていいのか分からなかったので……」
「そんなの気にしないで!」
ケントさんが平民なのは前から知ってた。貴族はMNSのアイコンの上に王冠のマークがつくんだけど、ケントさんにはそれがなかったからね。
でも、私はそんなことを気にしたことは一度もなかった。だって、他の貴族の友だちよりも、ケントさんとコメントのやり取りをしている方が楽しかったから。
「私、ケントさんが来てくれて、本当に嬉しいよ。くれたコメントにも、すごく励まされたの!」
「お役に立ててよかったです」
ケントさんは照れ笑いを浮かべた。やっぱり可愛い顔だ。癒やし系だなあ、この人。
「まあ、嫌がらせくらいなら、なんとか我慢できそうなんだけどね……」
ケントさんは、とっても話しやすい雰囲気だったから、私はつい、さっきロードリックさんに言われたことを喋ってしまった。
「一万いいね!?」
ケントさんは相当驚いたのか、丸い目をいっぱいに見開いた。
「それって……無謀じゃないですか? そうそう取れる数字じゃない気がするんですけど……」
ケントさんは、うーんと考え込んでしまった。
「でも、それを達成したら、リタさんの名誉を回復できるかもしれないんですよね? それで、婚約解消もなかったことになる……」
まあ、婚約の方は、もう正直言ってどうでもいいんだけどね。ロードリックさん、結構な問題児だって分かっちゃったし。
でも、やっぱり悪役令嬢Rだと思われてるのは釈然としない。
「悔しいけど、今の私には、ロードリックさんのMNSでの発言力以外に、頼れるものがないんだ」
ロードリックさんは、前から私よりずっとフォロワー数が多かったし、今はさらにそれが増えてるらしい。
それにこの騒動も、元はと言えばロードリックさんが原因なんだから、彼が『全部私の勘違いでした。ごめんなさい』って言えばすむんじゃないかとも思う。……いや、そんな簡単じゃないのかな。
でも、とにかく、ロードリックさんの協力が必要なのは間違いなさそうだった。それで、その協力を取り付けるには、一万いいねが必要だ。
「ケントさん、私、やってみるつもりだよ」
私はまだ握ったままだった箒を地面に置いて、ぐっと拳を握った。
「ロードリックさんをギャフンと言わせたいっていうのも確かにあるけど、私、自分の汚名も雪ぎたいから。難しいかもしれないけど、やる前から諦めるなんて、悔しいじゃん!」
無理かも、って嘆いてたことは事実だ。でも、こんなふうに私を心配して会いに来てくれた人の顔を見たら、弱腰じゃいられない気がしてきたんだ。
「本気ですね、リタさん……」
私の覚悟が伝わったのか、ケントさんはごくりと喉を動かした。
「じゃあ……それ、僕にもお手伝いさせてもらえませんか?」
「えっ?」
「僕も、リタさんと一緒にアカウントの運営をしたいんです!」
「ほ、本当に!?」
まさかの申し出に、声が裏返っちゃった。
「だって、すごく大変だと思うよ。もちろん、ケントさんがいてくれたら、すごく心強いけど……」
「いいんです。だって僕、いつもリタさんの作品で楽しませてもらってるんですから。その恩返しみたいなものです」
「恩返し……」
ケントさん……。あなた、本当に人間? やっぱり天使が地上に降り立った姿でしょう?
「ありがとう、ケントさん。本当にありがとう……」
私は、ケントさんの手をぎゅっと握りしめた。彼の優しさに触れて、胸がいっぱいだ。
「それと……これからよろしくね」
「はい!」
ケントさんは、力強く頷いた。
こうして、バズったこともないのに炎上した私は、平民のフォロワーと一緒に、一万いいね獲得を目指すことになったんだ。