#私のためだけじゃないから(1/1)
私が家に帰ると、何だか皆が忙しそうに立ち働いていた。
「どうしたの?」
私は、近くにいた使用人に尋ねる。
「放火ですよ!」
使用人は、『お帰りなさいませ』も言わないで、叫ぶように答えた。
「七つ星商会の建物に、火を放たれたんです!」
まさかの発言に、私は凍りついた。廊下の向こうから足音がして、おじい様と妹のエリィさんが玄関ホールに現れる。二人は真剣な顔で話をしていた。
「それで、おじい様、これからどうするの?」
「どうするも何も、こんな悪質な嫌がらせに負けてたまるか。いいか、ずっと昔、わしの商売が順調になり始めた頃も、やはりこのように卑怯な奴らが……」
私に気が付いたおじい様とエリィさんは、足を止めた。
「ふ、二人とも、無事だった……?」
私は、声が震えるのを押さえるのがやっとだった。
「七つ星商会の建物に、火がつけられたって聞いたけど……」
「そんな大げさなものじゃない。ちょっとしたボヤ騒ぎだ。エレオノーラがたまたま煙を見つけてくれたお陰で、すぐに消火できた」
おじい様が、ゆっくりとかぶりを振った。
エリィさんは、おじい様曰く商売の才能があるらしくて、よく七つ星商会の事業を手伝っていた。今日もエリィさんは、おじい様と一緒に、七つ星商会に行ってたみたいだ。
「それってやっぱり……私のせい、だよね……」
大した被害もなさそうだと分かってほっとしたけど、罪悪感が残る。
「この家に嫌がらせしてきた人たちが、今度は七つ星商会に……」
「卑劣な奴らもいたものだ」
おじい様が鼻の穴を膨らませる。
「これ、見て」
エリィさんが、自分のMNSの書を開いた。
『悪徳商人の方々は、煉獄の業火に揉まれて清められるべきですわ!』
もうコメントの口調を見ただけで分かった。これは悪役令嬢Rの投稿だ。念写の中では、物置っぽい建物が火に包まれている。
私は、まさか放火したのって、悪役令嬢Rだったの!? と少しだけ体をこわばらせた。でもよく見たら、これを写した場所は、七つ星商会の敷地の中じゃなさそうだった。
「この念写で火がつけられてるのは、七つ星商会のライバルみたいなお店なの」
エリィさんは、これ以上は見たくないとでも言いたげに、MNSの書を閉じた。
「これ……悪役令嬢Rが建物を燃やしたってことだよね」
「多分ね。で、リタ姉様は悪役令嬢Rって思われてるわけでしょ?」
私は、何となくエリィさんの言いたいことが理解できた。
「七つ星商会の建物に火をつけたのは、そのライバル店の人たちなの?」
「そうみたい。あのお店の制服を着た人が、犯行現場から逃げていくところを通行人が目撃してたから、間違いないわ」
「あいつら、この何とか令嬢の放火が、七つ星商会の工作だと誤解したようでな」
おじい様は機嫌が悪そうに、杖で床をコツコツと叩いた。
「それで、報復に来たというわけだ。バカらしいことこの上ないわ!」
つまり、悪役令嬢Rである私が、おじい様の商売敵を潰そうとして、ライバル店の物置に火をつけたって判断したんだね。
ライバル店の人たちは、それが許せなくて、やられたらやり返せって感じで、今度は逆に七つ星商会を襲おうとしたわけだ。
「リタ姉様、そんな顔しないで」
全部、私が悪役令嬢Rだって誤解を受けてるせいで起こったことだと思ってしまったら、いつの間にか暗い顔になってたみたい。エリィさんが、気遣うように声をかけてきた。
「だって、リタ姉様が一万いいねを取って、ロードリックさんをやり込めちゃえば、何もかも解決するんですもの!」
「その通りだ。例のMVPとやらで、小僧を懲らしめてやれ!」
おじい様もエリィさんも、私なら一万いいねを取れるって信じてるみたいだった。
……やっぱり、この状況を何とかできるのは、全ての元凶のロードリックさんしかいないのかな。
おじい様もエリィさんも、私が悪役令嬢Rじゃないって信じてくれてる。でも、どれだけ二人が私の無実を訴えたって、きっと無駄だ。身内だから庇ってるだけだと思われるに決まってる。
私が頼れる人なんて、結局はあんまりいないんだ。それに、下手に私を擁護したら、その人まで迷惑を被っちゃうかもしれないって思うと、誰彼ともなく、『味方になってくれ』なんて気軽に言えなかった。
そう考えたら、レジーナさんやケントさんは、本当に良くしてくれてる方だと思う。
レジーナさんは、最初こそまったく相手にしてくれなかったけど、色々あって私の師匠になってくれたし、ケントさんは……。
ケントさんは、最初に私を助けてくれた。それで、今もずっと一緒にいる。
でも、それがこれからも続くかって言うと……。
「そうだよね、私、頑張らないと」
私は空元気を出した。
もしかして、このロードリックさんとの勝負、もう勝ち負けが決まっちゃったんじゃないのかな。
たとえ私が一万いいねを取ったって、試合に勝って勝負に負けた気がするもん。
でも、『勝負』に負けるのが分かってたって、やらないといけないんだ。
だってこれは、私のためだけの一万いいねじゃないんだから。私のせいで迷惑してる、周りの人たちを助けないといけない。そのために、私は目標を達成する必要がある。
「私、ちょっと出かけてくるね」
さっきレジーナさんのことを思い出したら、またあの人に会わないといけないような気がしてきた。
私は、「頑張ってきてね!」という声を聞きながら、家を後にした。




