#それ用だからセーフ、みたいな(1/1)
中央聖教会から帰る途中、私とケントさんは職人さんのところへ寄って、あるものの試作品を作ってもらった。
後日、完成したそれがはちみつキッチンへ届けられたとケントさんから連絡が入り、私は家を出る。
「何? このビン」
まだお店が開く時間じゃなかったから、店内には誰もいなかった。
私はお客さん用の丸テーブルに座りながら、ケントさんの話を聞くことにする。事前に軽く説明は受けてたけど、細かいところはまだ知らなかったからね。
テーブルの上にはビンが置いてあった。私の腕の長さの半分ちょっとの大きさで、太さは、回した指がくっつかないくらいかな。
そこにペイントされているのは、はちみつキッチンの名前と、この辺りの簡単な地図だった。
「もしかしてこれが、コースターに代わる新しい『戦利品』?」
私は、前にケントさんが言ってたことを思い出していた。
「確かにビンを配ってるお店なんかなかったと思うけど……。でも、こんなの皆欲しがるかな?」
「ふふん。欲しがるのはこのビンじゃなくて、ビンの中身の方です」
中身? 今は何も入ってないけど……。
「一体何を入れるつもり?」
「もちろん、はちみつラテです!」
ケントさんは、自信満々に言い放った。
「って言うよりも、うちで売られてる飲み物全般ですね」
「飲み物を……ここに……」
私は困惑しながら、ビンとケントさんを交互に見つめた。
「つまり、ビンに飲み物を入れた状態で売るってこと? 普通のカップでいいと思うんだけど……」
「いいえ、それじゃあダメなんですよ」
ケントさんは笑って頭を振った。
「そんなことしたら、こぼれちゃいますからね」
「こぼれる?」
「はい。このビンは、『持ち歩き専用』なんです!」
ケントさんは高らかに宣言した。私は言われたことがよく分からなくて、ポカンとする。
「ビンを持ち歩くの?」
「正確には、『ビンを』じゃなくて、『ビンに入れたドリンクを』ですけどね」
まさかの発想に、私は目を見開いた。
「リタさん、『戦利品』の欠点って、何だと思いますか?」
「欠点? そんなのあるの?」
「はい。誰もがそれを持って帰るわけじゃないってことです」
確かに、そういう『戦利品』をコレクションするのに興味がない人もいるもんね。
「持って帰ってもらわなかったら、いくら『戦利品』にうちの名前を入れたって、宣伝にはならないでしょう? でも、このビンならどうですか?」
誘導されるみたいに、私はビンに視線を移した。
「飲み物の念写を撮ったら、自動的にうちの店名も分かっちゃうんですよ。しかも、店名入りのビンを持って歩いてる人を、他の人が見かけるとしますよね? それも、宣伝の一環……つまり広告になります!」
「広告に……」
私は額を押さえた。ケントさんの言いたいことを、頑張って理解しようとする。
「ケントさんは、このビンにドリンクを入れて売って、それを皆にその辺の道ばたで飲んで欲しい、って言ってるってこと?」
「そうですね。大雑把に言えば」
「でも……なんかそれ、お行儀が悪くない?」
私は思わず険しい顔になった。
「立って飲み物を飲むなんて、マナー違反じゃん? うちの祖父とか、そんなことしたら絶対に怒るよ」
「それは、『立って飲むべき飲み物じゃないから』でしょう?」
ケントさんが屁理屈みたいなことを言い出した。
「このビンに入ってるのは、『立ち飲みしてもいい飲み物』なんです。結婚式では喪服を着ないとか、学校に行く時は制服を身につけるとか、そういう違いみたいなものです」
「う、うーん……?」
何だか、上手く丸め込まれてる気がするなあ……。
「それに、これなら、注文されたドリンクをビンに入れて渡すだけだから、お客さんの回転率も上がります! いいこと尽くめです!」
「そうかな?」
「そうですよ! このビンに入った飲み物さえあれば、場所も時間も問わないで、お手軽にゆったりしたカフェ気分が味わえます! うちのアカウントの方針ともマッチしてます!」
ケントさんは力強く言ってのけた。
そこまで言われたら、ちょっとやってみてもいいかなって気にもなってくる。どの道、私も、今の状況を変えるいい案があったわけじゃないしね。
後日、ビンが大量に作られ、はちみつキッチンでは、『お持ち帰り用ドリンク』の発売が始まった。
それに先駆けて、私たちはMNSに、ある念写を投稿することにした。
『いつでもどこでもカフェ気分! 可愛いビンに入ったお持ち帰り用のドリンク、発売予定!』
念写には、公園の柵にもたれかかりながら、はちみつラテの入ったビンを傾けている、リラックスした様子のケントさんが写っている。
『#これからはドリンクもお持ち帰りの時代』、『#立ち飲み用だから、お行儀も悪くない』って感じのハッシュタグもつけておいた。
投稿ボタンを押す指が、ちょっと震える。これがどんな結果になるのか、今からドキドキだ。




