#カフェ巡りの戦利品コレクション(2/2)
「つまり、さっきの人の投稿は、『はちみつキッチンには、お持ち帰り可能な小物がなくてガッカリ』みたいな意味だったんですね」
「よし、じゃあ作ろう」
私は即決した。善は急げってやつだ。
「これを……こうして……」
私は、持ち歩いていた『聖女先生のMNS講座』と書かれたノートの白紙のページを破る。ハサミを貸してもらって、切り絵みたいに紙を色んな形にカットした。
「『はちみつキッチン』だし、ハチの形にしてみたよ。こんなコースターはどう?」
「リタさんって、僕が予想していたより、ずっと器用ですね」
ミツバチの形に切り取られた紙を、ケントさんは感心して見つめていた。何だか照れる。
「でも、ちょっと造形が本格的すぎませんか? これがドリンクの下にひいてあったら……」
「……何だか気持ち悪いかもね」
私はハサミを動かす。
うーん。可愛くデフォルメするのって結構難しいんだね。ほら、私が作る動物の作品って、リアル志向だから……。
そういえば前にクマの刺繍をつけたハンカチをMNSに載せた時、元婚約者のロードリックさんから、『これと森で出会ったら、死を覚悟する必要があるな』ってコメントが来たっけ。
私的には、クマの野性味を上手く出せた自信作だったんだけどなあ。
「ハチ……は、やめておいた方がいいのかな?」
私は、別の方向からアプローチすることにした。
「ミツバチだし、お花……?」
「花型のコースターですか。可愛いですね」
手早く紙を花の形に切り取ると、ケントさんが褒めてくれた。私はちょっといい気になる。
「よし、端っこの方に、ミツバチの絵も描いちゃおう!」
私はペンを動かし……ダメだ。また『リアルミツバチ』になっちゃった。
「僕の弟、結構絵が上手いんですよ」
ケントさんも苦笑いしてる。
「後で頼んで描いてもらいましょう」
「そうだね。終わったら、『こんな感じのコースターを作ってください』って職人さんに言おうよ」
お店の改装工事をした時みたいに、七つ星商会を知ってる人なら、破格の値段で引き受けてくれるかも。
……いや、もしかしたら無料で作ってくれるかな? 今回限りのことじゃないから、それはちょっと申し訳ないけど。
「これをお客さんたちがMNSに『戦利品』として載せてくれたら、はちみつキッチンに来てくれる人も増えるかもしれませんね。それで、口コミが広まって、僕たちの投稿にも、いいねがつく!」
ケントさんは弟さんに絵を描いてもらおうと思ったのか、早速紙を持って立ち上がった。でも私は、そのコースターには、まだ改良の余地があるような気がしていた。
「ねえ、ケントさん。さっき私、『MNSで店名をコメントする人ってあんまりいない』って言ったじゃん」
私は、コースター化される予定のものをじっと見た。
「そのコースターだけ見ても、どこのお店のか分からないよね?」
私はもう一度ペンを手に取る。
「だからさ、店名と簡単な地図もそこに入れておこうよ。これなら、投稿者が店名をコメントしてくれなくても、念写を見た人が、すぐに『はちみつキッチンのだ!』って分かるんじゃないかな?」
「なるほど、言われてみれば……」
ケントさんも『#カフェ巡りの戦利品コレクション』で検索して、上げられている『戦利品』たちに、店名や住所が書いてあることに気が付いたみたいだ。
「ケントー! そろそろ手伝ってー!」
ホールからお母様の声がする。
「後は私に任せておいて」
「じゃあ、お願いします」
ケントさんは、花型コースターの原案の紙を差し出してきた。私はそれを受け取ろうとする。
その時、ちょっとだけケントさんの指に触ってしまった。
「あっ……」
どちらからともなく、声が漏れた。紙が宙を舞って、床に落ちる。
「その……ご、ごめんなさい!」
ケントさんは急ぎ足でその場を離れた。右手を……さっき私が触っちゃった方の手を押さえている。
ごめんなさいじゃないよ! って私はもう少しで言いそうになったけど、声が出なかった。体が何だか汗ばむのを感じる。今日も気温が高いから……じゃないよね。
私も、ケントさんに当たってしまった指先を握りしめて、テーブルの上に突っ伏した。
……ああ、もう! こんな些細なことで狼狽えるなんて! せっかく一緒にいるだけなら、どうにか平常心を保てるようになってきた頃なのに!
私は胸をなでさすりながら、コースターの原案を持ってバックヤードから出た。
さあ、弟さんにミツバチの絵を描いてもらった後は、職人さんたちのところへ行かないと!
動揺した気分を鎮めるには、忙しく立ち働くのが一番かもしれないと思うことにした。




