#バズに縁がない令嬢、平民のフォロワーと一万いいね獲得を目指す(1/2)
む、無理だ……。
私はアームストロング家から帰る馬車の中で、猛反省していた。
ロードリックさんが婚約破棄の撤回と、悪役令嬢Rが私じゃないって証言してくれるのを、こんな変な条件――『MNSの投稿で一万いいねを取ること』で引き受けたのは、私にはそんなこと、できっこないって判断したからだ。
ロードリックさんは私をからかっていただけ。私には、ちゃんと分かってた。
それでも私が安請け合いしちゃったのは、端から無理だって決めつけるようなロードリックさんの態度が、あんまりにもムカついたからだ。
ロードリックさんができないと思って突きつけてきた条件を華麗にクリアして、ギャフンと言わせたくなってしまった。
でも、冷静になって考えてみると、『一万いいね獲得』は、私にはハードルが高すぎた。
私は自分のMNSの書を開いて、歴代の投稿を見る。
アカウント名が『リタ@手芸』ってなってることからも分かると思うけど、ロードリックさんの言った通り、私の投稿のほとんどは自作のハンドメイド作品だ。
私、これでも手先は人より器用で、細かい作業が好きなんだ。
って言っても、そんなに凝ったものは作れないんだけどね。ぬいぐるみ用の服とか、ティーポットカバーとか、そんなのばっかりだ。
聞いてたら分かると思うけど、あんまり派手なものじゃない。いわゆる『映えない』作品ってやつだ。当然ついている『いいね』も少ない。最高でも三とかそのくらいかな。
そんな弱小ユーザーの私が一万いいね? 冗談でしょ、って感じ。
しかも、その三いいねだって、一つはロードリックさんがつけたものだし。
『今日の作品は出来が悪いが、特別にいいねを恵んでやるぞ! 感謝しろ!』
いつもそうだけど、恩着せがましいコメントも一緒についてくる。別に、ロードリックさんからの『いいね』なんて欲しくないんだけど……。
でも、もらって嬉しい『いいね』っていうのもある。例えば……。
『ケント 様からコメントが届きました』
私の心臓が大きく跳ねた。だって今、私、この人のこと考えてたから。
私は、急いでケントさんが寄越してきたコメントを確認した。
『リタさん、何だか大変なことになってますけど、大丈夫ですか? 僕は、リタさんが悪役令嬢Rだなんて思ってないですからね』
ケ、ケントさん! 私の無実を信じてくれてるんだ! なんて優しいの!
どん底まで落ちていた気分が、一気に浮上した。
ケントさんは、私の数少ないフォロワーの一人だ。私の作った作品にも、よく『恩着せがましくない』コメントをしてくれるし、大切なMNS仲間だった。
ああ、持つべきものはやっぱり友だちだよね。周りの悪魔みたいなコメントの中に降り立った天使。このメッセージ一つで、他の嫌がらせの言葉なんてはね飛ばせそうな気がした。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
馬車がうちに到着した。私は下車して、出迎えてくれた使用人に尋ねる。
「私がいない間に、なんか変わったこと、なかった?」
私は、『私が出かける前は相当怒ってたし、おじい様、何かやらかさなかった?』っていう意味で聞いたんだけど、使用人は「そういえば……」と眉をひそめた。
「屋敷の裏手に変な人がいるんですよ。お客さんなら、正門から入りますよね? なのに、ずっと裏門の辺りをウロウロしていて……。うちに嫌がらせに来た人かもしれないって、皆で噂していたところです」
「また嫌がらせ!?」
私は、今朝届いた悪口が書かれた紙の束を思い出して、しかめ面になった。
「そんな奴、私が追っ払ってあげるんだから!」
「あっ、お嬢様!」
ケントさんのコメントを見て、嫌がらせになんか負けないって誓った私は、近くに置きっぱなしになっていた箒を握って、裏門に直行した。
使用人が止めようとしたけど無駄だ。これ以上、うちに悪さする人は放っておけないもん!
使用人が言ったように、不審者は裏門にいた。歳は十六、七歳――大体私と同じくらいかな。茶髪で、あんまり背の高くない少年だった。力もありそうには見えないし、これなら私でも撃退できそうだ。
不審者は、裏門の辺りでぴょこぴょこと背伸びを繰り返しながら、中の様子をうかがっているみたいだった。
私は彼の死角から足音を消して忍び寄って、箒を振りかぶる。
「帰りなさい! これ以上私の家に何かしたら、タダじゃおかないから!」
私が振り下ろした箒の柄は、不審者の頭にクリーンヒットした。
「ふぎゃっ」
完全に油断していた不審者は、間抜けな声を出す。結構弱いみたい。私は、もう一度箒で彼の頭を叩いた。
「ボコボコにされたくなかったら、どこかへ行きなさい! それで、もう二度と私の家に近寄らないで!」
「ま、待ってください!」
不審者は私の攻撃をよけながら叫んだ。何こいつ。意外と素早い身のこなしもできるじゃん。
「ぼ、僕ですよ!」
「私、あなたなんか知らない!」
もしかして、情に訴える気? その手には乗らないよ! 私は箒をしっかりと握り直した。そんな私を見て、不審者は必死の形相になる。
「ケント、ケントです、リタさん!」
「……えっ、ケント?」
意外な言葉に、私の手のひらから力が抜けた。
「いつもMNSでお話ししてますよね? さっき、コメントも送ったんですけど……」
「み、見たよ」
他でもないそのコメントが、私に嫌がらせに立ち向かう勇気をくれたんだから。
「……本当にケントさん……なの?」
「はい」
少年は、ちょっと年代物っぽい上着の中からMNSの書を出して、自分のホーム画面を見せてくれた。そこのユーザー名は、確かに『ケント』になってる。
「あなたがケントさん……」
私は、ポカンとして少年を見つめた。
柔らかそうな茶髪と蜂蜜色の丸い瞳。童顔で優しそうな顔立ちをしている。この人が、私に天使みたいなコメントをくれた人……?
……あっ、言われてみれば、確かに教会にかかっている天使の絵に出てきそうな容姿かも。
「ご、ごめんなさいっ!」
私は土下座したい気分になった。恩人の頭を箒で叩いて変形させようとしていたなんて、大罪にもほどがあるじゃん!
「リタさん、頭を上げてください!」
私が謝っていると、ケントさんがびっくりした声を出した。
「僕も悪かったんですよ。人の家をこっそり覗いてるなんて、変質者に間違えられても仕方ないですもん」
一方的に殴りかかった私を責めないなんて、やっぱりケントさんは優しかった。私が顔を上げると、彼はほっとした表情になる。
「あらためて、自己紹介しますね。僕はケント。ケント・ターナーです」
ケントさんは礼儀正しくお辞儀した。ユーザー名の『ケント』って本名だったんだ。
「私はリーゼロッタ。リーゼロッタ・フォン・グローサベアーだよ」
「リーゼロッタさん、ですか」
「友だちとかは、『リタ』って呼ぶの。ユーザー名もそうしてるし。よかったら、ケントさんもそう呼んで」
「分かりました、リタさん」
ケントさんはにっこりと笑った。えくぼが可愛い。




