#離れたいとは思わない(2/2)
「おーい、二人とも、ちょっと来てくれ」
ケントさんのお父様から呼ばれた。もじもじしてた私は、反射的に顔を上げる。
「何です?」
お父様は、一枚の木の板を前に、腕組みをしていた。
「これ、何?」
「店の看板だ」
ケントさんの質問に、お父様が答える。
「俺は、今になってとんでもないことに気が付いた。……店の名前を考えてねえ!」
……本当だ。
何でこんな大事なことをすっかり忘れてたんだろう。カフェの雰囲気をどうするのかばっかりに気を取られて、他のことに注意が回っていなかった。
「めしや、はまずいよな……」
「うん」
「そうですね」
その単語を聞いただけで、レジーナさんが、「そんなもの絶対に載せるんじゃないわよ」と言ったんだ。これだけはやめておいた方がいいと思う。
おしゃれな隠れ家カフェの名前が『めしや』だなんて、どう考えてもあり得ない。
「皆の隠れ家、とかは? ……そのまますぎるかな?」
「ええと……」
こういう時に頼りになるのがMNSだ。私は『カフェ 名前』で検索をかけた。
「○○カフェとか、○○キッチン、的なのが多いみたい。あんまり長くなくて、覚えやすそうなのがいいのかな?」
パッと見た印象だけどね。
「あんまり長くなくて、覚えやすい……」
お父様が唸った。
「……めしや」
ダ、ダメだ。この人、ネーミングセンスがゼロどころかマイナスだ。どうあがいても、『めしや』に辿り着いてしまう! これって、何かの呪い?
「もっと、『ゆったり』で、『まったり』で、『のんびり』で、『ほっこり』って感じの名前がいいんじゃない?」
ケントさんが、私たちがアカウントの方針を決める時に出した言葉を引用してきた。
私は、ケントさんの方をじっと見ていた。そういえば、アカウントの名前を考えていた時も、ケントさんを見つめてたっけ。それで、アカウント名は『ハニー』になった。ケントさんの目が、蜂蜜みたいな色だったから。
「はちみつキッチン」
ぽろっと言葉が出た。
「はちみつキッチン、か」
お父様が繰り返した。
「確かにカフェっぽい名前だ。……ってことは、メニューも蜂蜜を使ったものをたくさん用意すればいいわけだな! うおおぉ! 何だか創作意欲が湧いてきたな!」
お父様は近くにあったお玉を掴んでどこかへ行ってしまった。……あれ? もしかして、カフェの名前、決まっちゃった感じ?
「よ、良かったのかな? なんとなく思いついただけの名前だったのに……」
「僕はいいと思いますよ」
ケントさんが頷いている。
「結構好きです」
「……す、すき?」
「な、名前が! です!」
だよね! 分かってた! ちょっとびっくりしただけ! だから、そんなに真っ赤にならないで! いや、もしかして、私も赤い顔してる?
……やっぱりダメだ。ケントさんといると、心臓に悪い。
でも、離れたいとは……思わないんだよね。




