#一万いいねを取ってみろ!(1/1)
「おはよう、悪役令嬢R。いい朝だな」
私がアームストロング家へ乗り込んでいくと、全ての元凶は、意外なことに面会を許可してくれた。
ロードリックさんはお庭のカフェスペースで、のんびりと紅茶を啜ってた。甘いお茶の匂いにお腹が鳴りそうになったけど、私は我慢して、彼のすまし顔を睨みつける。
「私、悪役令嬢Rじゃないんだけど」
私は腰に手を当てた。
「ちょっと前から、私を悪役令嬢Rだって言う人がいたのは知ってる。でもね、それ、誤解なの」
私は、自分の無実をはっきり分かってもらおうと必死だった。
「あのね、悪役令嬢Rがアップしたある投稿に、私の家の門がちょっと映ってたの。それを見た人が悪ふざけで、『悪役令嬢Rの正体はリタなんじゃないか』って言ったんだよ。私、馬鹿馬鹿しいから放っておいたの。そしたら、いつの間にかその噂が広がっちゃってて……」
私はため息をついた。
「ロードリックさんも、その噂を聞いたんでしょ? でも私、本当に何にも知らないんだよ」
「そうか、気の毒だったな」
ロードリックさんは一応謝った……と思っていいのかな。でも、全然悪いと思ってる人の顔じゃない。
「だが、もう投稿してしまったしな。……ほら、見てみろ」
ロードリックさんはニヤニヤしながら、自分のMNSの書を開いた。
「私の投稿に、もう五千も『いいね』がついているぞ! シャアされた数は三千を超えている……。フォロワー数も、この一時間だけで百人も増えた。ははは! 愉快だな! 全帝国民が、この私に注目しているんだ! トピックはもう見たか? 上位三つは、私の投稿だった!」
こいつ……まさか、自分の人気取りのために私を利用したの!?
とんでもないことに気が付いちゃって、私は愕然となった。
そういえば、私が婚約破棄を宣言された広間も、やけに飾り立てられてたよね。
私があそこへ行ったのは、ロードリックさんからパーティーの招待状をもらったからだったけど、きっと彼は、フォトジェニックな空間を作りたかったに違いない。
それに、ただ婚約を破棄するだけなら、あんなに大勢の人を集める必要なんてなかったはずだ。
きっと、ロードリックさんの中では、あれはイベントみたいなものだったんだろう。ものすごくMNS映えするイベントだ。
私には、ロードリックさんがそんなことをした理由がすぐに分かった。
貴族の間では、MNSの投稿についた『いいね』の数や、フォロワー数が、ステータスの一種になってる。『貴族たる者一度はバズれ』なんて格言もあるくらいだ。
『バズる』っていうのは、MNS上で話題になっている、っていう意味ね。
「……ロードリックさん、ご両親……特にお父様は、今回の婚約破棄のこと、何て言ってるの?」
なんか頭痛がしてきた。こういう人気取りにしか興味がない人、私は苦手だ。
「勝手に婚約を解消なんかして、怒ってるでしょ?」
私とロードリックさんの縁談をまとめたのは、それぞれの家の当主だ。つまり、私の家はおじい様で、ロードリックさんの家は、ロードリックさんのお父様ってことだね。
あんなふうに破談を持ちかけられるなんて、あんまりにも突然の出来事だったから、きっとロードリックさんが独断でやっちゃったことじゃないかなって思ったんだ。
「問題ない。私が挙げた成果を見たら、『良くやった。それでこそ、我がアームストロング家の一員だ』と言っていた。婚約を破棄する旨を記した正式な文書も、先ほどお前の家に送ったばかりだ」
まさかの事後報告!? ……なるほど、この親にしてこの子ありってやつだね。外道の子は外道だ。一周回って、冷静になってきたよ。
「どうした、リーゼロッタ。悔しいのか? お前の投稿なんて、誰も見ないようなハンドメイド作品ばかりだしな」
私が呆れて黙り込んでいると、口角を上げながらロードリックさんが話しかけてくる。私はキレそうになるのを堪えながら、「発言、撤回してよ」と言った。
「私が悪役令嬢Rじゃないって皆に言って。それから、あんなメチャクチャなやり方で婚約破棄されるなんて、私、納得できないんだけど」
「なんだ、お前、私にそこまでの未練があったのか?」
ロードリックさんは、ちょっと驚いたみたいだった。そんなわけないでしょ! と私は叫びそうになった。
「ふーん?」
ロードリックさんはクスクス笑いながら、私を上から下まで……それこそ珍しい外国産の動物でも見るみたいな目で眺めた。
「仕方がないな。そこまで言うのなら、特別に関係修復と、お前を悪役令嬢Rだと言ったあの発言を撤回してやろう」
「えっ、本当に?」
ロードリックさんの口から、あっさりとそんな言葉が出てきたから、私は拍子抜けしてしまった。
でも、嬉しい。ああ、さっき外道とか思ってごめんなさい。きっとロードリックさんも、自分のしたことを反省して……。
「ただし、お前が『一万いいね』を取れたらな」
なかった! 一万いいね!? 一体何言ってんの!?
「ちょうど、余っているMNSの書があるんだ」
ロードリックさんは一旦家の中に戻って、手帳くらいの大きさのMNSの書を持ってきた。
「MNSの書は、一冊につき一つのアカウントしか作れない。だが、これでお前も新しいアカウントを取得できるだろう? その新生アカウントに何か投稿して、一万の『いいね』を稼ぐんだ」
ロードリックさんは、意地悪な顔になってた。
「もしお前が条件を達成できたら、婚約破棄も、私の発言も、全部撤回してやろう。……どうした、リーゼロッタ、黙り込んで」
ロードリックさんは楽しそうだ。すごく楽しそうだ。
「無理だと思っているのか? まあそうだろうな。『一万いいね』なんて、私の投稿についた五千いいねの倍だからな。お前にできるわけが……」
「できるよ!」
あんまりにもロードリックさんが弾んだ声を出すから、私は頭に血が上って、何も考えずに彼の手の中から新しいMNSの書をもぎ取った。
「無理なわけないじゃん! 一万いいねなんて、楽勝だよ! その代わり、約束はちゃんと守ってよね!」