#案外、お互い様(2/3)
「あの……ケントさん?」
奥には上に続く階段があった。一階がお店で、二階が居住スペースなのかな。
「母さんの言ったことは、気にしないでください」
ケントさんは真っ赤だった。
「その……母さん、お喋りだから。それに知りたがりだし。最近どこに行ってるのかって聞かれて、それで……えっと……リタさんのことを……」
「……私と出かけたり話したりするのは楽しい、って言ったの?」
私は、ケントさんの顔をじっと見ていた。
「迷惑だ、とか思ってないの?」
「迷惑? 何がですか?」
ケントさんはきょとんとしていた。
「だって、私のせいでケントさんは怪我したのに……。それに、私に協力なんかしても、ケントさんには何の得もないから」
私が戸惑っていると、ケントさんは私のハンカチが巻かれた左手を見た。
「リタさん、僕、小さい頃に料理の練習をしてて、うっかり指を切り落としそうになったことがあるんですよ」
「ゆ、指を!?」
私は息が止まりそうになった。
「それと比べたら、こんなの、何でもありません。それに、リタさんに協力するメリット、僕にはちゃんとありますよ」
「えっ、あるの!?」
「はい」
ケントさんがはにかんだ。
「『リタさんと出かけたり話したりするのは楽しい』んです。なんていうか、リタさんが元気だと、僕も元気になるから。だから……得した気分ですよ、すごく」
心臓が、うるさい。
ケントさん、そんなふうに思っててくれたの? つまり……一緒にいられるだけで嬉しいってこと?
何それ。ど、どうしよう。そんなこと言われたら私……。
「わ、私もね、ケントさんといると楽しいよ」
私は、つっかえながらも一生懸命に思いの丈をぶちまけた。
「一緒にいると、ドキドキしたり、体が熱くなったり……。でもね、それって嫌な感じじゃないの! なんか変だよね。まるで……」
私の言葉が途切れた。二階の一室から、誰かがこっちを見てる。
「あっ、続けて?」
茶髪の若い女の人だ。ケントさんと同じ形のオレンジ色の目が、キラキラと輝いてる。
「私はいないものと思っていいから!」
「姉さん!」
ケントさんが顔を引きつらせた。
「い、いつからそこに……」
「うーん。『母さんの言ったことは、気にしないでください』の辺りからかな」
「そんなところから!?」
ケントさんはショック死しそうな顔になった。
「リ、リタさん! こっちです!」
ケントさんは猛ダッシュで階段を駆け上がった。
「お、お邪魔します……」
私も顔が火照るのを感じながら、ケントさんのお姉様の前を通り過ぎた。
私、そんなに大声出しちゃってたのかな。それか、この家、結構壁が薄いのかもしれない。




