#よく分からないけど、変だっていうのは分かる(3/3)
「ドライフルーツセットと、ラズベリーケーキ、おまちどおさまです」
絶妙なタイミングで、店員さんが注文したものを持ってきてくれた。
私はケントさんの様子から目をそらすように、ラズベリーケーキにフォークを入れて食べ始める。
って言っても、またすぐに、ケントさんの方を見ることになっちゃったんだけど。
パシャ。
前の席からシャッター音がした。
顔を上げると、ケントさんがMNSの書で、ドライフルーツセットの念写を撮っているところだった。
「ケントさん?」
「……すみません。癖で」
我に返ったケントさんは、苦笑いした。
「ほら、MNSの書って、投稿しなくても念写機能だけでも使えるじゃないですか。それで、どこかのお店でご飯食べたりする時に、いっつも姉さんが念写してるから……」
「ああ、食べ物の念写とか撮る人、多いよね」
私の周りでもそういう人を何人か知ってる。その度に「リタはいいの?」って聞かれたけど、私は撮ったことはなかった。
別に、決して撮影欲に食欲が負けてしまっているとかではない。私、食い意地は張ってないから。撮った念写を夜中に見ちゃうとお腹が空いてくるから、撮影しないだけだ。
でも、これ、いいかも。
「ねえ、ケントさん。これにしない?」
「これ?」
「『食べ物』だよ! って言うより、『カフェ』? 私たちのアカウントに載せるもの!」
私だって、ただケントさんとのお喋りを楽しんだり、食事をしていたりしたわけじゃない。ちゃんと今日の目的を達成する方法を考えていた。
私たちが今日街へ出たのは、レジーナさんに、『何が流行るの? とか、流行ってるの? とか、MNSで色々と調べてみるのもいいけど、まずは外へ出なさい! 人間は、MNSの中だけで生きてるんじゃないんだもの』って言われたからだった。
で、ケントさんと一緒に食事をしている内に思いついたんだ。
「カフェですか……」
ケントさんがMNSに目を落とした。
「いいんじゃないでしょうか。ほら、『カフェ』で検索かけると、色々と念写も出てきますし、若い人も多そうです」
ケントさんにつられて、私も魔力を流し込んでMNSの書を起動した。
「ハッシュタグも人気のがたくさんあるね。『#帝都のカフェ巡りツアー』とか。『#人気スイーツ食べ比べ』も、カフェで撮った念写が多いし。……すごい! この『#アフターヌーンティー同好会』っていうのなんて、タグフォロー者数、一千万人だって!」
MNSには、ハッシュタグをフォローする機能もあるんだ。
「これは『カフェ』に決まりですね」
ケントさんもニッコリだ。我ながら、中々ナイスな判断をしたと思う。食べ物関連のことなら、きっとケントさんのアドバイスだって聞けるはずだ。だってケントさんの家、レストランだもんね。
私はノートを開いて、『② 事前にアカウントの方針を決めておいて、投稿内容に一貫性を持たせなさい』のページに、大きく『カフェ!』と書いた。
「じゃあ、次は③だね。聖女先生はなんて言ってるのかな?」
『その投稿を見て、相手に何を思って欲しいの?』
「もちろん、カフェだから、『ゆったり』とか『まったり』とかだよね」
「後は、『のんびり』とか『ほっこり』でしょうか?」
私とケントさんは、曖昧な言葉を出し合う。でもその内に、段々と自分たちの考えているものをどう表現すればいいのか分かってきた。
ケントさんが腕組みする。
「これってまとめたら……『落ち着いてる』って感じでしょうか?」
「よし、よし。落ち着いてる、と」
私はノートに結論を書いた。
とりあえず、昨日レジーナさんから教えてもらったことは、ここまでだ。私はページをパラパラとめくって、今日決めたことを復唱した。
「私たちがターゲットにするのは、『私たちと同い年くらいの平民の女性』。それで、投稿内容は、その人たちに人気のある『カフェ』。投稿を見てくれた人が、『落ち着いた気分』になれるような念写をたくさん載せる!」
「なんか……いい感じですね」
ケントさんは感慨深そうに言った。
昨日の今頃なんて、何にも考えずに、壁が虹色になった念写を投稿していたんだ。それに比べたら、随分進歩したんじゃないかな。私、今ならあの初投稿が、なんでウケなかったのか分かるような気がした。
あの投稿、ちゃんと後で消しておこう。『落ち着いたカフェ』を載せるアカウントの方針に、全然合わなからね。
「よし、ケントさん。早速今から若い平民女性に人気の、落ち着いたカフェを探すよ!」
「はい、行きましょう!」
ケントさんも元気よく頷く。
私の胃袋もまだまだ入るし、今日はいい念写がたくさん撮れそうだった。




