#令嬢、大炎上!(1/1)
私の住んでる帝国では今、『MNS』が大流行してる。
『MNS』は、『MNSの書』っていう魔導書で風景を念写して、そこにコメントを添えて皆で共有できるサービスのことだ。
ちなみに『MNS』は、『マジカル・ネットワーク・システム』の略らしい。小難しい言葉だから、どういう意味かはよく分かんないけど。
皆がMNSに載せるのは、キラキラしたドレスとか、華やかなパーティーとか、食べきれないくらいの料理とか色々だ。
でも、たまにうっかり者もいるんだよね。余計なこと言っちゃったり、変な念写を載せたりして、皆から非難される人を時々見かけたりする。いわゆる『炎上』ってやつ。
まあ、悪意なく燃えちゃったって人が大半なんだろうけど、でも、中には意図的にそういう『燃えやすい』投稿をする困った人もいるんだ。
その一番ひどいのが、『悪役令嬢R』っていうアカウント。アカウントっていうのは、MNSを利用する権利みたいなものだね。
で、私は、その『悪役令嬢R』に間違えられたわけなんだけど……。
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「リタ姉様! 大変よ!」
あの屈辱的な婚約破棄の次の日。
ドタドタと廊下を走る妹のエレオノーラ――エリィさんが、私の寝室に飛び込んできた。
「……何?」
まだ朝が早かったから、私は寝ぼけ眼を擦りながら、エリィさんをぼんやりと見た。
エリィさんはそんな私に構わないで、手に持っていたMNSの書のページを開いて、こっちに見せてきた。
私の眠気は、いっぺんに覚めた。
『今日のトレンドハッシュタグ』
一位 『#悪役令嬢R、断罪!』
二位 『#婚約破棄』
三位 『#悪役令嬢Rの正体は、リーゼロッタ・フォン・グローサベアー』
以下、こんな言葉が延々と続いてる。
エリィさんは『トピック』のボタンをタッチした。
『トピック』っていうのは、今注目を集めてる投稿が見れるコーナーのことね。ここに表示された投稿は、『トレンド入りした』って表現されることもある。
『悪役令嬢Rめ、婚約を破棄してやる!』
威勢のいいテキストメッセージと一緒に載せられてる念写は、私が広間からつまみ出されてる瞬間のものだった。
ちょ、ちょっと、顔とか丸見えじゃん! プライバシーくらい保護してよ! って言うか、ハッシュタグでも思いっきりフルネーム暴露されてるし!
「これの投稿者の名前、『ロードリック・フォン・アームストロング』ってなってるわ」
エリィさんが気の毒そうに教えてくれた。
「リタ姉様の婚約者……でしょう?」
ロードリックさんたちが、あの瞬間をMNSに載せるだろうってことは分かってた。でも、まさかこんなに拡散されるなんて……。
『トレンドハッシュタグ』や『トピック』のコーナーにまで取り上げられてるってことは、六千万人のMNSユーザーの大半が、私の身に起きたことを知っちゃったってことになる。
「き、気にしたら負けだよ、こういうのは」
私は歯ぎしりしながら立ち上がった。悔しいけど、どうしようもない。
「さあ、朝ご飯でも食べに行こう? 私、お腹空いちゃった」
放っておけばその内騒ぎも収まるよね、と思うしかなかった。
でも、実際はそんなに上手くいかなかった。
「ああ、困ったわ。これ、どうしましょう」
「こっちも大変なことになってるわよ」
私が着替えをすませてから廊下に出ると、使用人たちが何だか深刻そうな顔で話をしてるのが見えた。
「どうしたの?」
「お、お嬢様……」
私が何気なく話しかけると、使用人たちは困った顔になった。
「それ、何?」
私は、使用人が何かを持ってるのに気が付いた。
「その……お手紙です」
「お手紙?」
「……ご覧になりますか?」
私、そんなに好奇心剥き出しの顔してたのかな? 使用人が、仕方なさそうにこっちに紙の束を渡してきた。
その途端に、私は見たいと思ったのを後悔した。
『帝都から出て行け!』
『呪われろ、悪役令嬢R!』
『バーカ! くたばれ!』
手紙って言うより書き殴りだった。どれもこれも、悪役令嬢Rへの悪口がびっしり。
「他にもお庭にゴミが投げ込まれたり、動物の死体が入った小包が届いたり……」
使用人たちはげんなりした顔で言った。
「お嬢様、私たちは、お嬢様が悪役令嬢Rなどではないと信じていますからね」
「元気をお出しください」
私が何も言えなくなっていると、使用人が励ますように言った。「これは燃やしてしまいましょうね」と、悪口の書き殴りを持って奥に下がっていく。
なんか、胃の中が苦しくなるような感じがした。
最悪だ。本当に最悪。きっとうちに嫌がらせしてきた人たちは、MNSを見たんだよね。それにしても、私の身元、もう割れちゃってるの!?
「私は悪役令嬢Rじゃないっていうのに……」
私はどんよりした気分で食堂へ向かった。私が悪く言われているだけならまだしも、家にまで迷惑をかけてくる人たちが許せない。
「リーゼロッタ!」
食堂に入るなり、大声で名前を呼ばれた。声をかけてきたのは、私のおじい様だった。
「使用人どもが噂をしておるぞ! あのアームストロング家の小せがれが、SMLとかいうのを使って、お前辱めたそうじゃないか!」
SMLじゃなくてMNSです、おじい様。飲食店で飲み物の大きさを聞かれてるんじゃないんだから。
なんてツッコミをする気も起きなくなるくらい、おじい様は怒ってた。顔を真っ赤にして、持ってた杖を振り回してる。
「おまけに、誰だか知らんが、この屋敷に嫌がらせまでしてきおって! わしは影からコソコソと相手を攻撃する奴が大嫌いだ! やるなら正々堂々とやらんか!」
おじい様が、テーブルを思い切り叩いた。そこに乗っていたのは、私がさっき見たような、悪口の書かれた紙だった。
「こうなったのも、全部あの小僧のせいだ! 来い、リーゼロッタ! 今からアームストロング家へ行って、抗議してやる!」
「ま、待ってください、おじい様!」
私は急いで止めた。
ロードリックさんが悪いっていう意見には全面賛成だけど、おじい様をアームストロング家へ乗り込ませるわけにはいかなかった。
だって、おじい様は癇癪持ちだから、散々怒鳴り散らした挙げ句、余計に事態をややこしくするのが目に見えてるもん。
「おじい様、私、自分のアカウントで、『私は悪役令嬢Rではありません』って言います。きっと皆分かってくれますよ」
「そんなわけあるか! そのアカ何とかというのを見ているのは、どうせうちに嫌がらせをしてくるような、性根の曲がった奴らなんだろう!?」
「皆が皆ではありませんよ! ……もしそれでダメなら、私がアームストロング家へ行きますから。……一人で」
話しながら、私は急いで食堂を出て自分の部屋へ戻った。空きっ腹がグウグウと鳴ってたけど、気にしてる場合じゃない。早く皆の前で、私の身の潔白を証明しないと!
私は机の上に置かれてる、大きさがハードカバーの本くらいの魔導書を開いた。私専用のMNSの書だ。魔力を流し込むと、紙の表面がちょっと光る。
MNSの書は、普通の本と同じように縦向きに開いて使う。左側のページに『パスワードを教えてください』と出てきたから、私は付属のペンを使って、右ページに自分の誕生日と同じ数字を書いた。
すると、『ようこそ、リタ@手芸 様』の文字の後に、ホーム画面が……えっ、通知が大変なことになってる!
『通知』は、自分の投稿に反応があったりした時に教えてくれる機能なんだけど、その通知の数が百件を越えてたんだ。
こんなこと初めてで、私は戸惑いつつも、どうなってるのか調べることにした。
どうも反応は、私の一番最近の投稿についてるらしい。そこを開いてみると……。
『アンタ、裏アカで悪役令嬢Rやってるんでしょ?』
『最低です。死んでください』
『婚約破棄ざまぁ』
……うわ。見ない方が良かった。ついてるコメント、皆こんな感じじゃん。
MNSには、一対一でメッセージのやり取りをする機能はないから、ここについたコメントは、MNSのユーザーなら、誰でも見れる。
皆が悪口を書き込んでるのを見て、軽い気持ちで嫌がらせコメントを送ってきてる人もいるみたいだ。私は殴り放題のサンドバッグじゃないんだよ! と抗議したい気分だった。
おじい様の言った通りかもしれない。今私が何か弁解しても、火に油を注ぐような結果にしかならない気がする。
私は黙ってMNSの書を閉じて手提げカバンの中に入れると、廊下にいた使用人に声をかけた。
「馬車の用意を! アームストロング家へ行くよ!」
こうなったら、全ての元凶に文句を言ってやるしかなかった。