腐敗政治を利用して
随分前に、あるウェブサロンに参加した。
これはネット上で興味ある話題について話し合う事ができるという一種の交流サイトで、“立場や肩書きを取り払った匿名希望”というのがウリだった。それほど流行った訳ではないけれど、一時はそれなりに利用する人がいた。が、今はすっかり寂れてしまっている。
僕は週に一回程度はそのサイトを今でも利用している。運が良いと、ニ、三人くらいとなら話せるんだよ。
その日も、僕はそのサロンを利用していて、そこには古参の一人がいた。しばらく話していると、突然彼はこんな事を言いだした。
「実は僕は政府関係者なんですけどね、ちょっと頭を悩ましている事がありまして」
その突然のカミングアウトに、僕は多少、動揺した。僕は彼を勝手に若い人だと思っていたし、今までに何度か失礼な事を言ってしまってもいたからだ。
ただ、冷静になって、これは何かの冗談…… “なりきり遊び”みたいなものなのじゃないかと考えた。
それで僕は「どんな事で悩んでいるんですか?」と、それに付き合ってみることにしたのだった。
「既得権益って知っているでしょう? まぁ、特定の人間達が既に握っている利益や権限ですよ。これを確保したいが為に、政治家や官僚が結託をしていて、まぁ、腐敗政治の原因の一つになっています。
そしてそれで、その既得権益の為に新産業の芽を摘んでしまったり、普及を邪魔したりする連中がたくさんいる」
“ふむ”と、それを聞いて僕は考える。
これは有名な話で、例えば原子力発電所関連にはその利権に群がる団体があって、“原子力村”などと呼ばれている。
再生可能エネルギーに対するネガティブキャンペーンを時折耳にするけど、恐らくは、この原発利権を護る為に、再生可能エネルギーの普及を阻もうとしているのだろう。
しかも、その主張はまったく理に適っていない。
データの見せ方を操作して、再生可能エネルギーを貶めたりして、「再生可能エネルギーは非効率だ!」と叫ぶくせに、明らかに無駄な公共事業などは野放しにしてしまっていたりするからだ。
こういった利権構造が出来上がっていると、多少の問題点…… いや、場合によっては大きな問題点が見つかったとしても、その分野の予算は大幅に取られ、強引に推進されてしまう。
社会を良くする為に行われるのではなく、一部の権力者たちの為に行われる予算配分。
結果として、社会全体の成長の為に必要な産業が抑制され、成長が見込めないような産業が保護されたり、資源を無駄遣いされたりする。
これを放置すれば、いずれは日本社会全体が沈んでいってしまうだろう。
「断っておきますが、」と彼は語った。
「政府関係者の全ての人達が、腐敗している訳じゃない。この社会の為に尽力しようっていう矜持を持った人もたくさんいます。
が、しかし、いかんせん、腐敗した連中の権力は強すぎるのです。相手が悪い。どうにも勝てそうにないのです。
だから、成長が見込める産業がなかなか成長をしない。これは由々しき事態です」
僕はそれに「なるほど」と返すと、ちょっした思い付きを言ってみた。
「勝てないのなら、勝たなければ良いのじゃありませんか?」
一瞬の間の後で、それに彼は「と言いますと?」と訊いてくる。
「権力者には歯向かわないで、味方につけた方が良いと言っているんです。
この国では、“権力者のいる分野にしか成長の為の資源が割かれない”と言うのなら、権力者達に“成長させるべき分野”の利権を握らせてしまえば良いのです。
そうすれば、原子力事業が強引に推し進められたように、その“成長させるべき分野”も成長するのではないですか?」
それに彼は「なるほど!」とそう返して来た。
「それは盲点でした。確かに、理想を言うのなら、腐敗政治は一掃した方が良い。ですがそれは無理だ。ならば、利用すれば良いという訳ですか」
「はい」と言ってから、僕は続ける。
「再生可能エネルギーでは、日本はかなり出遅れていますし、情報技術では後進国になってしまっています。急がないと駄目だと思いますよ……」
……彼はそれから「ありがとうございます」とお礼を言うと、そのサロンサイトを退室した。僕は偶にはこんな遊びも良いかもしれない、などと思っていた。
その時は、だけど。
それからしばらくが過ぎた。
風力発電やら太陽光発電やらといった再生可能エネルギーの産業が、少しずつではあるけど、着実に日本でも普及が進んでいるというニュース記事を見た。
僕は「へぇ」と思うのと同時に、「どうせ利権とセットなんでしょ?」と思った。検索をかけてみるとやっぱりそんなような記事がたくさん出て来る。
つまり、権力者たちの得になるから、再生可能エネルギーは普及しているのだ。
この日本社会においては、もう、健全な産業の育成は望めないのかもしれない。腐敗政治が強固に根を張り過ぎている。まるで社会主義国家だ。これでは中国を笑えないなぁ…… などと思う。ただ、それなら、その腐敗を利用していくしかないのだろうけど。
と、そこまでを考えて、僕は以前、ウェブサロンで行った“彼”との会話を思い出したのだった。
いや、もちろん、“まさかね……”とも思っていた。だけど、またある日、こんなニュースが流れた。
「――情報技術分野の前進のため、デジタル庁を創設するに至りました……」
オンライン教育が日本ではあまり進んでいない。しかし、情報技術分野の教育はかなり遅れていて、実はオンライン教育によって効率化を進めるのは急務なのだ。教育可能な人材が限られているから、直接教える方法では、全ての生徒達に教えきれない。
ところが、それに文部科学省が抵抗しているらしい。
教育の効率が上がってしまうと、教員が削減され、それによって自分達の予算を削減されてしまうのではないかと恐れているのだという。
……もしかしたら、これって、デジタル庁を創設して役人に利権を握らせ、その文部科学省の権力に対抗しようとしているのだったりして……
思わず、そんな想像をしてしまった。
いや、“まさかね……”とは思うのだけどね。