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しあわせの箱

作者: ウォーカー

 これは、おまじないが大好きな、ある女子中学生の話。


 「お届け物でーす。」

ある日の夕方、その女子中学生の家に小包みが届いた。

宛名は、その女子中学生の名前になっていた。

その女子中学生は、小包みを受け取って首をひねる。

「わたし、通信販売で何か買い物したっけ。

 それとも、パパやママのものかな。

 でも、宛名は私の名前になってる。」

その小包みは、小物を運ぶサイズの小さめ箱だが、

中身が詰まってるのか、見た目よりもずっしりと重い。

「宛名は確かにわたし宛になってるし、開けてみよう。」

仕方なく、小包みを開けてみる。

そうして小包みの箱の中から出てきたのは、箱だった。


 小包みの箱を開けて出てきたのは、黒い箱だった。

その黒い箱は、よくあるスマートフォンの箱くらいの大きさで、ずっしりと重い。

封筒が添えられていたので開けると、短い手紙が入っていた。

「ご当選、おめでとうございます。

 ご応募いただきました、

 しあわせグッズプレゼントキャンペーンにご当選されました。

 景品として、しあわせの箱を贈ります。」

そこまで読んで、その女子中学生に心当たりがあった。

つい一ヶ月ほど前、雑誌の懸賞に応募したような気がしたのだ。

「あー、あの雑誌の懸賞かな。あれに当たったのね。

 しあわせグッズっていうから、景品はお守りか何かだと思っていたのだけれど。

 この黒い箱が、しあわせグッズなのかしら。」

手紙の続きを読む。

「このしあわせの箱は、持ち主にしあわせが訪れる箱です。

 使い方はとっても簡単。持ち運ぶか近くに置いておくだけです。

 近くにある間、ずっと効果が続きます。

 ただし、ご利益があるのは、そのしあわせの箱に最後に触った人だけです。

 悪しからず、ご了承ください。」

その女子中学生は、その黒い箱を手に持って観察してみる。

「説明によると、この黒い箱・・・ううん、しあわせの箱か。

 このしあわせの箱に今触っているのはわたしだから、

 持ち主のわたしに、しあわせが訪れるってことになるのかな。」

その女子中学生は、思わず笑ってしまう。

「なんちゃって。ただのおまじないよね。

 おまじないは好きだけど、箱に触っただけでしあわせになれるなんて、

 世の中そんなに都合よくないわよね。」

その時、台所から母親の声が聞こえた。

「夕ご飯、出来たわよー。」

「はーい!」

その女子中学生は、顎に指を添えて少し考えた。

そして、しあわせの箱を手に持って、居間に向かった。


 その女子中学生は、居間の食卓の上を見て、小さく歓声を上げた。

「わぁ。今日の夕飯はシチューだ。

 わたし、シチュー大好きなのよね。

 でもママ、今日の夕飯は焼き魚じゃなかったっけ?」

母親が台所から背中越しに返事をする。

「それがね、シチューの材料が特売で安かったのよ。

 だから、今日は予定を変更してシチューにしたの。

 あなた、シチュー好きでしょう。喜ぶと思って。

 パパは今日も仕事で遅くなるみたいだから、私達だけで先に食べましょう。」

その女子中学生は、手に持っていたしあわせの箱をじっと見た。

「・・・もしかして、これがしあわせの箱の効果?まさかね。」

その女子中学生は、好物のシチューを頬張りながら、

しあわせの箱をじっと見ていた。


 それから次の日。

その女子中学生は、試しにしあわせの箱を持って学校に登校してみた。

すると、学校に向かう短い時間でも、しあわせなことが相次いだ。

夜の間に降っていた雨が、出かける直前に急に止んで青空になった。

目の前の信号が、タイミングよく青信号になった。

いつも吠えてくる犬が、今日に限って大人しくなった。

どれも単独では偶然起こったと言えることだったが、

それが立て続けに起こったとあっては、ただの偶然とは思えなかった。

その女子中学生が元々おまじないや占いなどが好きなのも手伝って、

学校にたどり着く頃には、しあわせの箱の効果を確信するようになっていた。


 その女子中学生は、学校の教室に入って自分の席につくと、

しあわせの箱を取り出して、それをうっとりと眺めた。

「これだけ効果があったら、本物に違いないわよね。

 やっぱりこれは、本物のしあわせの箱なのよ。

 えへへ、良いもの手に入れちゃったな。」

そして、ちょっと冷静な顔になって考える。

「でも、効き目が強すぎてちょっと怖いかも。

 おまじないは好きだけど、こんなに効果が強くなくていいのに。」

その時、今登校してきたらしい、隣の席の友達が話しかけてきた。

「おはよっ!それ、新しいスマホでも買ったの?」

その女子中学生は、手を振って応える。

「ううん、違うの。これ、しあわせの箱なんだよ。」

「しあわせの箱?」

隣の席の友人は、首を傾げる。

「うん、そう。懸賞で当たったの。

 これを持ってると、しあわせが訪れるんだよ。」

「まさかー。」

「信じられないでしょう?

 でも本当だよ。実際に効果があったんだもの。

 昨日の晩ごはんは好物のシチューになったし、

 今朝も学校に来るまでに、一度も信号に引っかからなかったの。」

友人は、半信半疑といった様子で応える。

「あんたがそこまで言うなら、信じてあげたいけど・・・。

 そうだ、その箱、ちょっと借りてもいい?」

「うん、いいけど。どうするの?」

「学校内の自動販売機、あれ当たり付きよね。

 そのしあわせの箱、だったっけ。それを使って、当てられるか試してみる。

 どうやって使えばいいの?」

その女子中学生は、かばんから封筒を取り出して、しあわせの箱と一緒に手渡す。

「えっとね、これに使い方が書いてあるの。」

受け取った友人が、あやうくしあわせの箱を取りこぼしそうになる。

「おっと、意外と重たいのね、この箱。

 こっちが使い方か。どれどれ・・・なるほど。

 つまり、この箱を持っていれば良いってことね。

 よし、じゃあちょっと試してくる。」

友人は、しあわせの箱を持って教室から出ていった。

それから数分後。

廊下の向こうから、ドタドタと走る音が近づいてくる。

教室のドアが勢いよく開かれ、隣の席の友人が飛び込んできた。

「当たった!当たったわよ!これ、本物のしあわせの箱よ!」

ものすごい形相をした友人の両手には、それぞれ缶ジュースが握られていた。


 それから授業が終わって放課後。

その女子中学生と友人は、ふたりで教室に残っていた。

友人が興奮気味に話す。

「すごいわ、このしあわせの箱!

 試しにもう一回自動販売機で使ってみたら、また当たりよ!

 それだけじゃないの。

 お昼に食堂で買った中華丼に、うずらの卵が2つも入ってたの!」

「そ、そう。良かったね。」

その女子中学生は、苦笑いを浮かべている。

それを見て友人は、ちょっと不満げな顔になった。

「なによ。あんた、しあわせの箱が手に入ったのに、嬉しくないの?」

「嬉しくない、ということは無いけど、ちょっと怖いなって。」

「怖い?何が?」

「効き目が強すぎるからよ。後で、とんでもないことになりそうで。」

それを聞いて、友人も冷静な顔になる。

「言われてみれば、しあわせばっかりなんて都合が良すぎるかもね。

 でも、じゃあどうするの?使わないで押し入れにでも仕舞っておく?」

その女子中学生は、首を横に振る。

「既に一度触ってしまったから、押し入れに入れても効力が続きそうで怖いわ。」

「それもそうね。

 押し入れに入れても同じ家の中だし、近くに置いてあると言えるかもしれない。

 あの注意書きには、所有者を消すって項目は無かったわよねぇ・・・。」

その女子中学生と友人、ふたりは頭を突き合わせて考えた。

しばらくして、友人が何かを思いついたようで、顔を上げて言った。

「しあわせの箱の中って、何が入ってるのかな?」


 その女子中学生と、隣の席の友人は、

しあわせの箱を調べるために、中身を見てみようということになった。

注意書きには、箱を開けてはいけないとは書いてなかったので、

開けても大丈夫だろうというのが、一応の理由になった。

その女子中学生は、喉をゴクリと鳴らすと、しあわせの箱の蓋をそっと開けた。

その中身は・・・箱だった。

「・・・箱よね、これ。」

「うん、箱だわ。」

間が抜けたやり取りを交わす。

しあわせの箱の蓋を開けて出てきた中身は、

一回り小さい、同じ様な黒い箱だった。

「あ、ここに封筒があるわ。きっと注意書きよ。」

最初に小包みを開けた時と同じように、封筒が添えられている。

封筒の中身はやはり手紙だった。

その女子中学生は、手紙を取り出して目を通した。

最初と同じ注意書きのようだが、ひとつだけ追加されている項目があった。

その女子中学生がそれを音読する。

「注意事項。

 箱の中身を取り出しても、効力は続きます。

 しかし、箱の中身が入っていないと、

 その分だけ効果が減少します。・・・だって。」

注意事項を読み終えて、

しあわせの箱と、その中から出てきた一回り小さい箱を触る。

中身が抜けた方の箱は軽く、中から出てきた箱はずっしりと重かった。

友人が注意事項を要約する。

「つまり、外側の箱も、中に入っていた箱も、

 両方ともしあわせの箱ってことか。」

「そして、中身を抜くと、それだけ効力が減るということね。」

そこでその女子中学生は、ふと思いついて、

箱の中から出てきた箱の蓋をさらに開けてみた。

想像通り、中にはさらにもう一回り小さい箱が入っていた。

あなたも見て、というようにその女子中学生は箱を友人に手渡す。

「箱の中から小さい箱、その小さい箱の中からさらに小さい箱。

 まるで外国の人形みたいね。」

そう言いながら友人が箱の中身を取り出し続けている。

箱を開ける度に、中から一回り小さい箱が出てくる。

それを眺めていたその女子中学生は、何かを思いついて、手を打った。

「わたし、良いこと思いついたの。手伝ってくれる?」

「いいけど、何するの?」

「それはね・・・」

その女子中学生と友人は、しあわせの箱を抱えて教室を出ていった。


 学校の帰り道。

その女子中学生は、きょろきょろと辺りを見渡す。

隣の席の友人が、しあわせの箱を抱えて付いていく。

やがて、その女子中学生は何かを見つけたようで、立ち止まって言った。

「ちょっと、ここで待ってて。」

「う、うん。わかった。」

その女子中学生は、しあわせの箱をいくつか持って、向こうに走っていった。

それを友人が、少し離れた場所から眺める。

その女子中学生が向かう先には、見知らぬ通行人がたくさんいる。

その人達に、何かを話しかけては、しあわせの箱を手渡していく。

そうして、持っていったしあわせの箱を全て手渡すと、

友人のところへ戻ってきた。

友人が、不思議そうに尋ねる。

「何をしてきたの?知り合い?」

「ううん、知らない人たちよ。

 えっとね、しあわせの箱を、配ってきたの。」

「配っちゃったの!?」

友人は、驚いて聞き返した。

しかし、当のその女子中学生はケロッとしている。

「うん。

 このしあわせの箱、わたしには効果が強すぎるし、

 中身を取り出したら効果が分散するけど、無くなりはしないみたいだから。

 それならいっそ、人にあげてしまおうと思って。

 誰にだって困っていることはあるだろうから。

 あなたも、いくつか持っていっていいわよ。」

友人は深くため息をついて言う。

「あんたって、本当にお人好しなのね。

 折角手に入れたしあわせの箱を、知らない人たちに配っちゃうなんて。

 でも、それがあんたの良いところだものね。

 わかった、あたしも付き合うわ。

 しあわせを独り占めなんて気分がよくないし、後が怖いものね。

 そうと決まれば、配れるだけ配っちゃおう。」

そうして、その女子中学生と友人は、

しあわせの箱を開けて中を取り出しては、それを人々に配るようになった。


 しあわせの箱の中からは、次から次へとしあわせの箱が出てきたので、

一日や二日で配りきれるものでは無かった。

そうして、その女子中学生と隣の席の友人が、

しあわせの箱を配り続けてしばらく。

ふたりは今日も、しあわせの箱を配るために集まっていた。

しかし、しあわせの箱を配るのは、もう無理そうだった。

「・・・しあわせの箱を配り続けて、こんなになっちゃったね。」

「うん。でも、これでいいの。」

今、その女子中学生の掌の上には、しあわせの箱が乗せられている。

しかし、その大きさは、ずいぶんと小さくなり、

もう肉眼では砂粒くらいにしか見えなくなっていた。

これではもう、しあわせの箱を手で開けるのは無理そうだった。

しあわせの箱の中身が減ることで、その効力も減ってしまい、

今ではもう、自動販売機の当たりを当てるようなご利益はなく、

せいぜい自動販売機を探すのに困らない程度の効果しか無くなっていた。

しかし、その女子中学生に後悔は無かった。

その女子中学生と友人のふたりは、顔を見合わせて、くすっと笑う。

その時、一陣の風が吹き抜けた。

その風に、砂粒ほどの大きさになったしあわせの箱が飛ばされ、

蓋が開いたのか、散り散りになって空に消えていった。

その女子中学生と友人は、しあわせの箱が散った空を見上げていた。

「これでもう、しあわせの箱は無くなっちゃったね。」

「うん。」

「・・・帰ろっか。」

その女子中学生と友人は、

しあわせの箱を配り終えた満足感を持って、帰っていった。


 しあわせの箱が空に消えてからしばらく。

しあわせの箱を失ったその女子中学生が、予想もしなかったことが起きていた。

しあわせの箱を開けて、中からひと回り小さいしあわせの箱が出てくる。

それを繰り返すと、

しあわせの箱は限りなく小さくなっていくが、決して0にはならない。

空に消えたしあわせの箱は、小さく散り散りになったが、

決して消えてはいなかった。

風に乗って飛ばされたしあわせの箱は、自然に蓋が開いて、

砂粒よりもっと小さくなって、街中に広がっていった。

そして、小さなしあわせの箱たちが、街中に降り注ぎ、

街中の人たちにしあわせが広がっていった。

広がったしあわせのひとつひとつは小さいが、

小さなしあわせが集まって、大きなしあわせを生み出し、

そしてまた散り散りに広がっていく。

それを繰り返し、しあわせが人から人へと伝播して、

たくさんの人達にしあわせをもたらしていった。

そしてそれは、その女子中学生も例外ではなかった。


 その日、その女子中学生は学校から帰ると、夕飯の準備の手伝いをしていた。

台所にある鍋の蓋を開けると、中には好物のシチューが入っている。

その時、居間で電話をしていた母親が、台所にいるその女子中学生に話しかけた。

「パパの仕事はさっき終わったそうだから、

 もう少し待って、家族揃ってから食べましょうね。」

「うん、分かった。」

その女子中学生は、しあわせそうに返事をする。

人に配ったしあわせは、もっともっと大きくなって、

その女子中学生のところに戻ってきたのだった。



終わり。


 人から人へと伝染するのが、病気じゃなくてしあわせだったら良いのに。

そう思って、この話を作りました。


お読み頂きありがとうございました。


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