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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
二章 魔女 未来に向かって
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84 魔女と愛する人 4

 市庁舎の広い地下室は、臨時の病院となっていた。多くの者が床に(わら)と毛布を敷いただけの寝床に寝かされている。ここは主にチャンドラの負傷者を収容している。

 地下室なので、大きな火が焚けない。負傷者には辛い環境だった。

 戦争終結から一週間が経っていた。


 ギディオンがザザを見つけた時、魔女はアントリュース守備兵の胸に、薬を塗った布を貼り付けているところだった。その男は胸に大きな刀傷を負っている。市街戦でやられたものだろう。

 その横にはウェンダルもいて、同じく負傷者の手当てをしていた。こちらは数カ所に矢傷があり、骨折もしているようだった。

「だいぶ良くなってきていますよ。熱も下がっていますし。痛みはどうですか?」

 ザザは年若い兵士の額に手を当てて、自分と比べている。

「まだ少し……いや、かなり痛みがあります」

「では、痛みを和らげる煎じ薬を持ってきましょう。苦いですが」

「大丈夫です……あなたが飲ませてくださるのなら」

「俺が飲ませてやろう」

 割って入ったのは無論ギディオンである。若い兵士は突然現れた歴戦の勇士に顔を強張らせた。

「おいおい、セルヴァンティース卿。あんたが顔を見せると、怪我人が怯えるから来るなって言ったでしょうが」

 ウェンダルが面倒臭そうに抗議する。彼に注意するのはこれが初めてではないのだ。

「そうんなことをおっしゃっても、この娘は俺が言わないと休まないのです」

「ギディオンさま。こちらの方が終われば休みますから」

 薬湯を持ってきたザザは、怯えた様子の兵士に微笑みかけた。

「今起こしますから」

「手伝おう」

 ギディオンは若い兵士の背中に腕を回して、ゆっくりと起こした。そしてザザから受け取ったカップを持たせてやる。

「飲めるか?」

「……」

 兵士は苦そうに顔を顰めながらも、大人しく緑色の液体を飲み下す。ザザも心配そうにその様子を見守っていた。

「よかった。飲めましたね。せっかく起き上がれたのですから、包帯を巻きましょう。ギディオンさま、もうしばらくこの方を支えていてください」

「心得た」

 ザザは器用に兵士の背中に腕を回して包帯を巻いていく。小さな魔女の腕が背中に回ると兵士と顔が近づき、彼はふにゃりと表情を和らげた。

「……」

 もちろん、ギディオンは気に入らない。大人気ないから何も言わないだけで、ザザが他の男の肌に触れることが非常に不愉快なのだ。明らかに彼はうっとりとザザを見つめている。

「できましたよ。ギディオンさま、ありがとうございました。寝かせてあげてくださいませ」

「ありがとう……ザザ」

 元通りに仰向けに寝かされた兵士は、かすれた声でザザの名前を呼んだ。彼はパージェスでは珍しい黒い瞳と髪を見つめている。

「ザザ、朝から一度も休んでいないはずだ。上に行こう」

「そうだぞ。私は君と交代しにやってきたんだ。卿と一緒に上がりなさい」

 ウェンダルも賛成する。

「……でも」

 ザザは地下室にずらりと並んだ負傷者を悲しそうに見渡した。

 ここ数日、寒さがどんどん厳しくなっている。外では本格的に雪が降り出したようだ。このままでは風邪が流行してしまうかもしれない。

「……」

 ザザは本能的に胸に手をやった。小さくなって紐が結べなくなった輝石は小さな袋に入れられている。もうその石は魔鉱石ではなく、ただの綺麗な石になってしまったが、まだほんの少し温もりがあるように感じた。

 そして、ザザは突然あることに思い当たった。

「そうだ! 温石(おんじゃく)!」

「温石?」

 馴染みのない言葉にギディオンが問いかける。ウェンダルも手を打った。

「なるほど、温石か。久しぶりに思い出した」

 温石とは火で(あぶ)って温めた丸い石の事である。今のように、各家庭に暖炉が普及していなかった頃は、広場で焼いた石を家庭に持ち帰って水を温めたり、それこそ暖房に使ったそうだ。そのままで使うのは熱すぎるので、布で巻いて使う。

「そういえば聞いたことがある。俺の母が昔、冬の旅で使ったと言ってたっけ」

「ギディオンさま、フリューゲルさん達に頼んで、温石を作っていただくことできませんか?」

「ああ、それは多分、できるだろう。石を集めて広場に大きな焚き火を作れば」

「是非! お願いします! そしたら、体を温めたら傷の治りも早くなると思うのです」

「わかった。おい、すまんが来てくれ!」

 ギディオンは向こうで看護に当たっていた兵士を呼んだ。すぐにやってきた兵士に、ザザとウェンダルから聞いた温石の作り方を伝え、上で働いているフリューゲルにすぐさま対応するように命じる。

「すぐにできる。難しいものではないし、奴は仕事が早いからな」

「よかった……」

 ザザが思いついてから僅か数分で事が動き出した。ウェンダルが感心したように呟く。

「おさすがですな、セルヴァンティース卿。攻めは迅速を(もっ)てよしとなす、ですか」

「いいや。この娘を早く休ませたかっただけです」

 ギディオンは平坦に聞こえるように言った。

「なるほど。さぁ、ザザ。休んでおいで」

「ありがとうございます。ではウェンダルさま、みなさん、また参りますね」

 ザザはなぜ、いつも仏頂面のウェンダルが、面白そうにしているんだろうと(いぶか)りながら地下室を後にした。

「ザザは負傷者たちに、いちいち名乗っているのか?」

 階段を上がりながらギディオンは尋ねた。

「はい。いけませんでしたか?」

 首を傾げるザザにギディオンは何も言えない。自分のばかげた独占欲に自分で呆れているくらいなのだ。

「別に構わないが……あまり親しくはするな。俺たちはもうすぐこの街を離れるのだから」

「はい」

 ザザは素直に頷いた。彼の言葉になんの疑いも持っていない。

「部屋に食事を届けさせる。一緒に食べよう」

「レストレイさまの御用事はもういいのですか?」

「そっちも片付いた。デルス! 軽い食事を部屋に運んでくれ」

 なんで他の男の話ばかりが出るのだろうか? 通りかかったデルスに、ギディオンは短く命じて階段を上がる。デルスは何か用事がある風だったが、すぐに心得たような顔で「承知致しました! ノックをしますからね」と二人の背中に告げた。


 扉が閉まると同時に、ザザは男の腕に囚われた。

「ん……む」

 息もできないくらいの圧力に、ザザの背中は折れそうになる。しかし、倒れることもできなかった。背中は冷たい壁に押し付けられ、前は熱い壁が遠慮なく迫ってくるのだ。

 がつがつと貪られて、ようやく解放された時にはザザは息も絶え絶えだった。

「あの……ああああの?」

「これでも我慢しているんだ」

 ギディオンはザザを睨み付けている。

「……」

 自分は何をしでかしたのか? 必死で考えるザザの耳に遠慮がちなノックの音が聞こえてきた。デルスが食事を持ってきたのだろう。

 反射的に自分が受け取りに行こうとしたが、足が動かず、床に崩れ落ちてしまった。ギディオンが三歩で扉を開いた。

「……?」

 扉の影で二人が二言、三言話している。

「お気持ちはわかりますが、今は勘弁してやってくださいよ。まだ本復してないのですから」

「……わかってる。早く行け!」


 なんのこと?


 ザザがぼんやりしていると、すぐに食事をのせた盆を持ったギディオンが戻ってきた。

「あ、ごはん……」

「そうだ。食べるぞ」

 そう言って、へたり込んでいるザザを救い上げると、ギディオンはこの部屋に一つだけある大きな椅子にザザと一緒に沈んだ。脇に小さな卓がある。盆はそこに置かれた。

「ごはんでは?」

「ここで食べなさい」

 ギディオンはザザを膝に乗せたまま、粥をすくった匙を差し出す。

 意味がわからなくてザザが匙を見つめていると「熱くないから口を開けなさい」と言われ素直に口をあげると、香ばしい粥が口に運ばれた。

「むぐ」

 ザザにはこの状況が理解できない。急いで粥を飲み込んで尋ねようと、口を開けたらすぐに次の粥が突っ込まれる。幾度かそんなことを繰り返しているうちに、粥はすっかりなくなってしまった。

「あのぅ、お肉も食べたいです」

「そうか。俺も食べたい」

 食事は二人分あるのだ。こんな不自然な食べ方をしなくても、向こうに食事用の卓と椅子がある。

「あ、そうですか? じゃ、じゃあ向こうで一緒に」

「ザザ、俺はお前に結婚を申し込んだんだぞ! わかっているのか?」

「もちろんです! 結婚とはふうふ? になるしきたりのことですよね?」

「なんで疑問形なんだ! だがその通りだ。そしてお前は承知したんだ。覚えているよな?」

「はい、えっと……」

 スーリカを弔った後、二人でザザの母の手記を読んだギディオンは、ザザに結婚を申し込んだのだ。

 実はその後のことをザザはよく覚えていない。

 いきなり目の前がふにゃりとなって、気がついたら、帰りの馬の背に揺られていたのだ。もちろんギディオンの腕の中で、である。

 その時、ギディオンは「母上の望みは叶えることができた。もうずっと一緒だ」とザザに言ったから、ザザは自分が承諾したと言う自覚のないまま、そう言うことになっているのだ。

「私はずっとギディオンさまのお傍にいたい、です。望みはそれだけです」

「そうか……ならいい」

 ギディオンは猛烈な勢いで自分の分を食べ出した。

 ザザも自分で小さな燻製肉をつまむ。しばらく二人は黙々と食べ続けた。やがて、ギディオンが大きなため息をつく。食事をとって満足している風ではない。

「……ギディオンさま?」

「いいんだ。俺が馬鹿なだけだ。ただな、ザザ。他人の心配もいいが、たまには俺の心配もしてくれ」

「私の一番はギディオンさまです!」

 心外な! という風にザザは胸を張る。

「そうか。だったらな、今からしばらく俺だけの温石になってくれ」

「え? お眠りになるのですか? なら、寝台へどうぞ。わたしは下へ行って温石をもらって……」

 すぐに駆け出そうとしたザザの腕を素早くとって、ギディオンは再びザザを抱き寄せる。

「いや寝台へは行かない。行ったら大変なことになりそうだからな。しばらくこうしていたいだけだから……」

「……?」

「気にするな。俺の(たが)が外れかかっているだけだ」

「はい……」

 そう言いながら、ザザも彼の腕に身を任せた。温石の意味をやっと理解する。

 ギディオンはザザを温石と言ったが、ザザにとっても彼は温石だった。温かくて安心でき、そして眠くなるのだ。

「……そろそろきついな」

 まぶたが閉じる前に聞いた呟きの意味はわからなかったけれど。





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― 新着の感想 ―
[一言] 更新、ありがとうございます!!ギディオンさん、我慢の為所だ!こらえてこらえて!!どうどう!!ザザちゃん、まだキツいんだから。けが人の手当も頑張ってるし。温石、いいアイデアですね。つまり昔風の…
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