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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
二章 魔女 未来に向かって
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80 魔女と主の願うこと 4

「離れなさい!」

 ザザはギディオンにすがりつき、彼を自分の空間に取り込もうとしているスーリカを全身の力でで突き飛ばした。

 狙ったのは以前フリューゲルが刺した脇の傷のあたりだ。卑怯な気もするが、なりふりなどかまっていられない。

「ぐっ!」

 たまらずにスーリカがよろける。

「わたしのギディオンさまに触るな!」

「ザ……ザ」

 呪縛がとけたギディオンは、崩れるようにその場に倒れた。

 かろうじて意識はあるが、目がよく見えていないようだ。朝から戦い通しの体にスーリカの毒と術を受けて、彼の体力と気力も限界に近いのだ。

「おのれ、小娘! 重ね重ね邪魔を!」

 スーリカはすぐに立ち直り、黒い渦を掌上に作り出した。黒々と渦巻くそれをザザに向かって投げつける。ザザは素早く避けたが、すぐにそれは戻ってきた。


 毒の霧だ! まともに受けたらすぐに死ぬ。


 黒い塊はザザを狙い、(かわ)しても躱しても襲いかかる。霧が触れた服は布が朽ちて穴が空き、髪はぼろ切れのようにちぎれた。

 ザザは地に倒れ伏したギディオンを見た。その体は無数の傷だらけで、自分のものとも他人のものともわからない血に塗れている。

 向こうには彼の腹心たちであるフリューゲル達が、じわじわと這い上ってくる氷に体中を覆われかけていた。分厚い鎧を着ているから、体が冷え切るまでには時間がかかるが、口や鼻を覆われてしまったら窒息してしまう。

 この場で戦えるのはザザだけだった。そしてもう時間がない。

「ははははは! 思いあがるな小娘!」

「はい!」

 スーリカが血走った目で嘲笑うのへ、ザザは大きく頷いた。


 思い上がってなどいない。


 生まれてから今まで、思い上がったことなど一度もなかった。

 いつもいつも。

 物心ついた時からザザは、自分が弱く小さく、なんの価値もない存在だと思い込んで生きていきたのだ。

 ギディオンに会うまでは。


 わたしにできることなんか、たった一つしかない!


 黒い霧がザザの額を掠めた。前髪が散り、肌が毒に侵されて紫色に変色する。

 服も髪もずたずたで、ぼろ雑巾のようになりながらも、その黒い瞳と、額に輝くつなぎの印だけは、真正面からスーリカを睨みつけていた。

「……できる!」

「ザ……」

 ギディオンがもがきながら、ザザの方へと顔を上げた。必死で伸ばした腕で地面を弄っている。何か武器になるようなものを探しているようだ。

 それへ、ザザはふわりと笑顔を向けた。大丈夫だというように。そして傷ついた腕でそろそろと胸元の石を手で探り、(ゆわ)えた紐を切る。

「あははははは!」

 背を仰け反らせて笑いながら、スーリカは舞うように腕を振り下ろした。霧はやや速度を落としながらも、逃れられぬように広がりながらザザに向かってきた。そのせいで少し濃度が下がったように見える。

「来なさい!」

 ザザは身構えた。霧は黒いヴェールのようになって、ザザの顔を包み込もうと不吉な形になった。

「醜く崩れ果てて死ぬがよい!」

 ザザは胸の輝石を突き出した。その輝きは額の印と同じもの。二つの輝きが繋がり、光が星のように溢れ出す。

「ああっ!?」

 スーリカは目を見張った。よく見えぬ目でも、その光だけは感じられるのだ。自分の放った黒い毒が、小さな魔女の光の中に吸い込まれ、消滅していく。蜘蛛の巣が溶けるように。

 光は失われなかった。

 ザザはゆっくりと大魔女に向かって歩き出す。

「お、おのれ……」

 スーリカが初めてザザを前に身を引いた。

「弱い小娘の分際で……」

「その通りです。わたしは弱い。とても弱い」

「……」

「ずっと強くなりたかった。弱い自分が嫌いだった。だけど、あなたのようには強くなりたくない。わたしはギディオンさまだけを守れる強さがあれば、それでいい」

「……強大な魔力があれば、それも容易かろうが!」

 スーリカは目を覆いながら言い返した。また一歩下がる。しかしそれ以上は下がれなくなったのか、見えぬ目に恐慌(パニック)の色が滲んだ。

「いらない! わたしのあるじ……いいえ、大好きなギディオンさまはそんなもの、わたしに望まれない! わたしは!」

 ザザはまた一歩進んだ。

「なんだというのじゃ!」

「一緒に歩けたらそれでいい!」

「なんだと!?」

「同じ歩幅で、同じ速さで、いつまでも並んで歩きたい!」

 二歩、三歩、ザザはスーリカに向かっていく。スーリカは光に絡めとられたように動かなくなった。

「それがギディオンさまと、わたしの願いだ!」

 ザザはぐっと腕を伸ばして、スーリカの額に輝石を押しつけた。

「や、やめよ!」

 スーリカは身をよじって逃れようとするが、ザザは容赦しなかった。

「なぜですか? これはあなたの愛したお方の石。あなたの望んだものです」

「ちがう! わ、妾は、妾の望んだものは……あああああ!」

 ザザの印はつなぎの印。それは自然(じねん)の力を結ぶ印である。そして輝石モルアツァイトは、選んだ者の力を高める魔鉱石だった。

「魔女スーリカ、あなたの力をこの石につなげます!」

 ザザは叫び、額からあふれる魔力をモルアツァイトに注いだ。

「ぎゃあああああああ! やめよ、やめよぉおおおおお〜〜〜!」

 大魔女の体が棒立ちになり、がくがくと震えだす。彼女の掌を焼いた石は額に貼りつき、その光は全身を覆っていた。

「い、いやじゃ! いやじゃ! 妾はあの方と……!」

 突然スーリカは棒のように倒れた。

 目をかっと見開き、歯を剥き出して唇を歪めている。痙攣(けいれん)は一層激しくなり、体が弓形に反り返っていた。

 

 どのくらいの時間が経っただろうか?

 それは突然終わった。

 光り輝いていたモルアツァイトは急速に光を失い、ただの綺麗な石になって、ころりと地面に転がった。そして六角柱の結晶は真ん中でひびが入り、半分に折れて転がる。

 スーリカの額に、もはや黒星の印はなくなっていた。ただ、どす黒く滲んだ醜い痣があるのみだ。

「……」

 ザザはゆっくりと仰向けに倒れたスーリカに膝を折る。

「スーリカ」

「……」

 まぶたがゆっくりと開いた。真っ黒な洞窟のようだった瞳の色が濁っている。ひび割れた唇からかすれた声が漏れた。

「……お……わり……か?」

「そのようです」

「……そう、じゃの……妾にもわかる」

 禍々しい美貌に満ちていた顔は今はやつれ、美の片鱗(へんりん)を残した死相が浮かんでいる。それを痛々しく見下ろしながらザザは言った。

「……あなた、本当はもうずっと前から、知っていたのではないのですか? 今までずいぶんと体を痛めてきたのでしょう?」

 ザザにはわかった。

 スーリカは寿命が近づいていたのだ。

 主に対する(ゆが)んだ愛と執念がなければ、何年も前に絶えた命だった。それをチャンドラの太守が(よこしま)な希望を与えて無理やり伸ばしたのだ。

 刺客の心を操り、悪い風を起こし、傷つきながらもいくつもの大魔法を放って戦った。そして最後に、グレンディルの再来と信じたギディオンと逝こうとした。

「ふふん……同情などいらぬ」

「同情などしていません。あなたのしてきた事は許されるものではない。だけど、あなただって、わたしと同じように、弱い小娘と(ののし)られた時代があったのでしょう? おっかないお師匠さまもいたのでしょう?」

「そんな大昔のこと……覚えておらぬ」

 大魔女は微かに笑った。

「グレンディル様に出会ってからは……あの方がわたしの全てだった。過去はどうでも良くなった」

「それはわかるのです。同じ魔女として。わたしは弱いままギディオンさまに出会えてよかった。これからもずっとわたしは弱いままです。あなたは自分の強さを頼り過ぎた」

 ザザの声は静かだったが、言葉に揺らぎはない。

「魔女は待つもの。そして耐えるものです。魔女がもし幸せになるとしたら、待って、耐えた先にあるのだと思います」

「妾に説教か……小さき魔女よ」

 スーリカはまた笑ったようだった。

「この石をあなたにあげます。あなたの愛した方のものでしょう? どうかこれで許してください」

 ザザは転がったモルアツァイトの欠片を魔女の残った左手に握らせてやる。割れた半分である。

 もうその手には握力もなく、握りしめることができないので、ザザは胸に石を置き、左手をその上に重ねてやった。

「まだ暖かい……妾はあの方と触れ合ったことなど、一度もなかったに……」

「……」

「そうじゃ……そなたは正しい。妾は共に……あの方と共に歩きたかったのじゃ……やり方をまちごうてしもうたが故に、それは叶わなかったが」

「スーリカ」

「小さき魔女」

 スーリカは光を失った目を正しくザザの方へ向けた。

「そなたはグレンディル様の忘形見じゃ」

「……はい」

「この生の終わりにそなたに会えてよかった……我が同胞(はらから)、主が娘……最後の魔女よ」

「はい」

「よく生きよ」

 ザザもスーリカの最後の言葉を受け止めるため、気を張り詰める。

「はい!」

「魔女の時代はもう終わる。後はそなたに託す……毒は妾が持っていってやる故」

「……」

「グレンディルさま……」

 スーリカは力の篭らない手で胸の石を抑え、空を見上げた。早くも星の光が瞬いている。

「向こうに行っても、あなた様には会えませぬなぁ……」

 虚空(こくう)を見つめるスーリカの(まなじり)から涙がこぼれ落ちた。

 それが大魔女、スーリカの最後だった。




スーリカの最後。

今回の副題の魔女には、ザザだけでなく、全ての魔女の望みが込められています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昨夜から読み始めてここまで辿り着きました。 流し台が悲惨な状況です。 素敵な物語をありがとうございます( ^^) _旦~~ この後も楽しみにお待ちしています。
[良い点] スーリカの最後が、大魔女にふさわしいものでした。役目を終えたモルアツァイトをスーリカに渡したのも、よかったです。ザザは常にスーリカに敬意を払っているのが、ザザらしくてよいと思います。 作者…
[一言] 更新、ありがとうございます!・・・涙。スーリカ姉さんの壮絶な最後。最後までブレない方でしたね。「思い上がるな、小娘!」「はい!」このやりとり、好きです。「これからも私は弱いままです。」ザザち…
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