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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
二章 魔女 未来に向かって
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71 魔女と城壁の戦い 4

 夜が明け染める。

 冬の朝はその日もよく晴れていた。

 山の(すそ)が不気味に動き出す。チャンドラ軍が進軍を開始したのだ。冬枯れの平原に土煙が巻き起こる。

 迎え撃つアントリュースの城壁は傷だらけで、この街が幾多の攻撃を押し返したことを物語っている。ところどころに火が焚かれているのは、城塞戦で使う湯を沸かすためだ。


 どっどっどっ


 規則正しい進軍の足音。

 ぴったり二百サール(メートル)手前で全軍は停まった。矢の射程距離だ。一斉に盾の壁が作られ、弓兵による一斉射撃が行われる。

 城壁の上にばらばらと矢の雨が降ってくる。矢は下から射る方が威力が弱くなるので、ここは殆ど鉄を打ち付けた木製の盾で防ぐことができた。しかし、弓兵による攻撃は休むことなく続き、城壁上の兵士の注意はそちらに集中した。

 その間に歩兵がどんどん進んでくる。長い梯子を運ぶ兵士も何組かいる。城壁をよじ登るための道具だ。

 その数約二千。中央に城門を破る破壊槌が据えられている。高く昇った朝日を背後に受けて、それは不気味な影を落としていた。

 威嚇のためだろう、チャンドラ軍は足並みを揃え、並足から次第に駆け足となってアントリュース城壁の正面門に迫った。

「立て!」

 ホルバインの号令で、平原だと見えた土の下からパージェスの兵士が飛び出した。

 昨日、陽が落ちてすぐ、ザザが土と樹木の力を借りて掘った堡塁(ほるい)に、ギリギリまで潜んでいた者たちだ。城門の両側に長さが三十サール(メートル)、深さと幅が一サールの溝を掘った魔女は、疲れてしばらく休まなくてはならなかったが、その効果は絶大だった。

 両側にそれぞれ百人ずつ、三列に並んだ兵士たちは、手に手に強弓(こわゆみ)を持っている。

「放て!」

 十字射撃である。

 直進する敵に対し、両側から十文字を描くように矢を射掛けるその戦術は、味方には損害はないが敵に多大な痛手を与える。ましてや、今まで何もないと思われたところから突然、大勢の弓手が出現したのだ。チャンドラ軍の混乱は面白いほどだった。

 歩兵が右往左往している隙に、城壁上の弓兵が敵の弓兵に矢を射掛ける。最初の攻撃で矢を使いすぎたチャンドラ軍は大いに乱れた。

 敵の先陣が崩れたところで、アントリュースの弓手は剣に切り替え突撃を開始する。たちまち城門の前は剣の交わる音や、鎧のぶつかる音が無数に響く戦場と化した。

 アントリュース兵も果敢に戦うが、数は減ったとはいえ、チャンドラ兵の方がまだ多い。双方、合い乱れての乱戦となる。

 半分ほどの兵士の動きが明らかにおかしくなったのはその時である。

「……う?」

「ああ?」

 彼らは剣を取り落とし、鎧の重さに耐えかねたように膝をつく。ザザの薬が効き始めたのだ。

 チャンドラ軍の隊長と思われる男が必死で兵を叱咤するも、その男の口調さえも呂律が回らなくなってきている。アントリュース守備兵はそれを見定めるや否や、一旦堡塁へと引く。それを追うこともできず、動きが鈍くなったチャンドラ兵は、城壁上の弓手のいい的になった。

「いいぞ! どんどん射ろ! 敵の士気を下げるのだ!」

「ぎゃあ!」

「た、立てない! うわあ!」

「息……息がつまる……」

 戦いが始まって一刻も経たぬ内に、チャンドラ軍の二千の精鋭で戦える者は、一気に半分以下にまで減ってしまった。

 しかし、チャンドラ軍とて何も定石通りばかりではない。

 歩兵の後ろにそびえている、切っ先を城門に向けた破壊槌は、ほとんど無傷なのだ。

 それは巨大で長大な鉄樫(てつがし)の丸太である。先端が鉄の塊が取り付けられている。大きな車輪で勢いをつけてぶつけられたら城門はひとたまりもないだろう。

 破壊槌の後には、矢による攻撃を免れた大勢の兵士が車を押している。彼らは槌を真っ直ぐに城門に向けて据えると、勢いよく押し始めた。

 さらに背後からは繋がれた多くの牛が追い立てられ、もうもうと唸りながら、破壊槌を追い越して駆け抜ける。牛たちの暴走のおかげで更に車輪の勢いが増した。多少の登り坂など何の障害にもならないようだ。

 チャンドラの車輪の性能は高いようで、正確に狙いをつけた槌が地響きを立てて城門に迫る。

 しかし、敵に潜り込んでいたギディオンはその存在を知っていた。

「今だ! 引け!」

 堡塁に引いた弓兵たちは、今度は地中に隠された、鋼蔦(はがねづた)の網を渾身の力で引っ張り上げた。

 鋼蔦は非常に丈夫で、普通は船の舫綱(もやいづな)などに使われる植物だ。もちろんそれを編んだのはザザの魔法である。

 鋼蔦を複雑に編み込んだ網は、迫りくる車輪に絡み、その速度を大きく下げることに成功した。たちまち車輪の軋む物凄い音と土煙が巻き起こる。多くの牛や人が地面に叩きつけられた。

 しかし、完全に破壊槌を止めることは不可能で、巨大な物同士がぶつかり、破壊される大音響が空間を満たす。城壁そのものもひどく揺れ、湯を沸かしていた鍋がいくつかひっくり返った。鋸壁(きょへき)から転がり落ちたものもいるようだ。

 地響きと土煙が収まった時、城門の前は破壊と死にあふれかえっていた。

 城門は大破は免れたものの、両扉が内側にひん曲がってしまった。人二人が並んで通り抜けられるほどの隙間が開いている。

「状況は!?」

 すぐさま立ち直ったのはギディオンである。視界はひどく悪い。

「生きているものは声をあげよ!」

 すぐさま近くの何人から応答があった。

「城門が内側に開いております。全開ではありませんが、すでに何人かが市街に入った様子です!」

 城壁の内側を覗き込んでいたものからすぐに報告が上がり、ギディオンはすぐに内側の壁に駆け寄った。

 内側の方が視界は良い。チャンドラ軍は開いた扉の隙間から、押し合うようにして市内に侵入していた。何人かは扉に取り付いて、内側からこじ開けようとしている。そうはさせじと、城門前を守っていた国軍の兵士が応戦にしていた。

「この後すぐに投石機で攻撃されるだろう。そうすれば一気に街へ雪崩れ込まれる。ホルバイン殿!」

「ここにいるぞ!」

「あなたは、ここにいて戦況に対応してください。すぐに第二陣がきます! 俺はひとまず下に行って、入ってくる敵を蹴散らしてきます!」

「心得た! ものども! 残りの兵を殲滅(せんめつ)しろ! 梯子をかけて昇ってくる奴らには、熱湯の雨を降らせてやれ!」

「ははっ!」

 大鍋の湯のいくつかはまだ零れずに残っていた。

 絵の長い柄杓でぶちまけた熱湯は、梯子をよじ登る兵士たちの手や顔を焼いて、次々に墜落させていく。その上から梯子が倒れ、城壁の外は倒れた兵士や、散乱する木片と瓦礫で目も当てられない光景となっていた。

 この時点で太陽は中天をやや過ぎている。


 後少し、後少し持ちこたえてくれ!

 

 ギディオンは、石段を駆け下りながら願った。後ろにはフリューゲルやデルスら、彼が率いてきた二十人の精鋭が続く。

 内部に侵入してきたチャンドラ兵は約百人だった。そのうちの三十人ほどが城門に取り憑き、残りは国軍の兵士たちを迎え討っている。城門前の広場の攻防だった。

「城門を守れ! 開かせるな!」

 そう言いながらギディオンは石段を飛び降りざま、チャンドラ兵を二人蹴り飛ばした。その後は敵味方入り乱れての乱戦となった。

 城門の外側でも内側でも戦闘は続く。

 ギディオンの剣技は冴え渡り、彼と刃を交えた敵は、ほとんど数合も合わせず斬り伏せられた。フリューゲルやデルスも確実に敵を倒している。城門を開けようとする自国の兵を援護していたチャンドラ兵の殆どは、ギディオンの手勢と国軍の奮戦により、戦闘不能になってしまっていた。

「もうこちら側に味方はいないぞ! 投降しろ!」

 ギディオンは内側から城門を開こうと躍起になっていたチャンドラ兵に向かって叫ぶ。

 扉を閉めていた巨大な(かんぬき)は破壊槌のお陰で真ん中から折れ曲がり、そのさらに内側にある落下柵も、扉が折れ曲がった衝撃で真ん中が裂けていた。

 扉に取り付いていたチャンドラ兵は倍以上の兵士に取り囲まれて、不承不精剣を捨てた。国軍の兵士たちによって、鎧兜も取り払われて、連行されていく。

 しかし、ギディオンは開いた門の隙間から、新たにチャンドラ兵が侵入してこないことが気になった。これは悪い前兆だった。弓兵に歩兵、破壊槌の後ろには騎馬がいるはずだった。


 もう第二陣が来たのか! 騎馬兵はそれを待っているのか!


 ギディオンは再び石段を駆け上がる。

 そこには谷の方を絶望的に見つめるホルバイン達の姿があった。


 見つめる先には──

 櫓型(やぐらがた)の投石機が二台。

 ごろごろと音を立てて平原を進んでくる。

「突然……突然何もないところに現れたんだ……」

 ホルバインは茫然と呟いた。


  

 


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