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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
二章 魔女 未来に向かって
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70 魔女と城壁の戦い 3

「はぁもう、酷いもんだったなぁす。みんなぺっちゃんこだで」

「俺たちはギリギリのところで命拾いしただよ。あんたたちはどこにいたんだい?」

 開けた谷間でへたり込んでいるのは、兵士ではない。ただの平民たちである。総勢二十人もいただろうか。そのうちの一人が、隅にいた体格のいい男に話しかけた。

「ああ、俺たちは一番あとから配属されたもんで。前の方で何があったかわからなかっただよ。なぁ、お前?」

 男は汚れた頬をした小柄な妻に話しかけた。もちろんギディオンとザザの二人である。

 前回は祖父と孫娘だったが、今回は夫婦者としての偵察である。

「うん。あ……あんたぁの言うとおりだで。すごい土煙の他は、なんも見えんかった」

 痩せた女は小さな声で答えた。

「わたしらは悪魔のような唸り声がしたで、一目散に反対側へ逃げたんだ」

 ここは峡谷の奥、チャンドラ寄りの地点だ。最後尾で兵站(へいたん)を担っていた平民たちが、命からがら逃げてきたところである。

 二人は平民に化けてけてチャンドラの陣の壊滅の混乱を利用し、集団に紛れ込んだ。

「それにしてもこんな危ないとこに若い女とは珍しいなぁ。ここにも女は少しいるけど、大抵は年増だべ?」

 男たちの一人がザザを見ながらいった。

(うち)のは、料理の手際がいいけぇ選ばれたんだよ。特別に給料弾むからってよう。なぁ?」

 さりげなくザザを自分の背に隠しながらギディオンは答えた。

「う…うん。そうだね、あんた」

 年増の意味をわからないまま、ザザはとりあえず頷く。

「そうか。でも、これからどうすんだらなぁ。前におった騎馬の兵隊さん達は、あらかたやられてまったし、逃げた人もおっけど」

「たぶん、次の軍隊が来るんだよ。俺は準備しているところを見ただ。きっとこの知らせを聞いて慌てて駆けつけているところじゃねぇかな」

「見たって?」

 一人の男が訳知り顔で喋りだすのへ、ギディオンは身を乗り出した。

「もう次の軍隊が来るんだか? 確かか?」

「ああそうだ。俺の家は国境だで間違いねぇ。国はなんとしても川が欲しいからってよう。えらい意気込みだったで」

「大きな人数だか? 俺たちの仕事が増えるのかなぁ」

「多分そうだら」

「だら、俺らはこのままここで待ってりゃいいのけぇ? 逃げりゃぁ給料はもらえねぇもん」

 別の男が尋ねる。

「そうだ。幸い二日分くらいの糧食は残ってっからなぁ。幸いパージェスの軍隊もこんなところまで来ねぇようだし。ここで隠れて次の部隊を待ってりゃええで。なんたって軍隊たぁ、なんも生まねぇ代わりに、なんでも欲しがるで」


 男の言葉通り、それから半日ほどしてチャンドラの第二陣の大隊がやってきた。今度は四千以上の大部隊である。これがおそらくチャンドラ軍の主力だろう。

 退却した兵士たちから様子を聞いたのだろう。今度はどの士官も兵士達も緊張した面持ちである。中には憤怒の形相の者もいる。

 部隊は用心しながら谷を進んでいる。地形の所為で隊列が長くなるのはやむを得ないが、斥候もあちこちに放っているようで、谷を見下ろす崖の上からも一部の隊が俯瞰(ふかん)で警戒している。前回の轍を踏まないためだろう。

「さて、どうするか。このまま無傷で谷を抜けられたら、一気に攻め込まれるぞ。新たに破壊槌も二台もあるし」

 前と同じ手は使えない、そう考えたギディオンは、今回は内部から仕掛けることにした。

「姑息なやり方だが、使える手はなんでも打とう。ザザのおかげで、民間の者たちが使役されていることがわかったからな」 

「どうするのですか?」

「チャンドラ軍の一般兵の糧食は、乾燥した豆や雑穀をスープに入れてふやかしている。そのスープに薬を混ぜ込めたらと考えている」

「薬。毒ですか」

 ザザは恐る恐る尋ねた。

「毒といえば毒なんだが……なに、死なんでもいい。数時間程度体を弱らす程度でいいんだ。ちょっと都合がいいような気がするが、そんな薬を作れるか?」

「えっと、そうですね……大怪我の治療時に麻酔として使用する薬を濃いめに煮出せたら、少なくとも半日くらいはぼんやりします。やったことないけど……たぶんできます」

「いいぞ。スープを濃い味にしたら、味もごまかせる。戦闘直前の食事に硬いパンを添えて出したら、兵たちは喜んで食べるな。どのくらいで効き始める?」

「血に直接入れずに消化吸収を待つので……おそらく一刻後かと」

「いいぞ。戦闘が本格的に激しくなる頃に効果が出る」

「では細かく刻みましょう。塩味を強めにして……って、どうしました?」

 ギディオンは急に難しい顔になっている。

「ザザ」

「はい?」

「すまない……結局お前を巻き込んでしまっているな、俺は。一緒に戦うとザザに言いながら、まだ覚悟が定まらない」

「私は自分からこの戦いに参加しているのです。これはもう私の戦いです。あの者が恨む気持ちはわかりますが、それだからと言って、関係ないギディオンさまや、街の人に苦しみを与えることは理不尽です。それに人の心を操ったことも許せません」

「確かにな。魔女と人とは対等だと言ったのは俺だったな。やっぱりザザは偉いな」

 そう言って、ギディオンはザザの肩を引き寄せると、軽く唇を触れ合わせた。

 向こうからは「お熱いねぇ」だの「仕事中にばっくれんなよ」という囃子声(はやしごえ)が聞こえてきて、ザザは真っ赤になったが、そのせいで余計に疑われることなく、二人は仕事に取り掛かることができた。


 かくして、攻撃前夜。

 谷の出口にチャンドラ軍は迫った。民間人は足手まといなので、ここまでである。

 アントリュースの正面城門まで、平原を南西にわずか五ファンサール(キロ)余り。馬ならば一瞬の距離だ。

 軍が谷を出るまでにギディオンはうまく敵の本陣に迫り、護衛兵に食事を配るフリをして幾つかの情報を得ている。

 それによると、チャンドラ軍は全軍を一気に街に雪崩れ込ませるのではなく、二千、千、千の三隊に分け、波状攻撃を仕掛けるという戦法のようだった。無論、細かい指令までは知るよしもないが、そこまでわかれば潜入は成功だ。

 また、これはギディオンの感じたことだが、チャンドラ軍は一兵卒から将官に至るまで、スーリカをかなり怖れている。

 大魔女は、その能力を重視され、敬われてはいるが、自分たちとは違う異質な存在であると、(おそ)れ避けられてもいる。それはパージェスでもそうだったから、ザザにはよく理解できた。

 おそらくスーリカに直接指示を出せるのは、チャンドラの中でもかなり位の高いごく限られた人間だろう。

「よし、できることは全てやった。離脱するぞ!」

 ギディオンはザザを振り返った。これから街に戻るのだ。

 二人はこっそり後方から隊を抜け出し、モスの案内で斥候のいない道を潜り抜けて谷を出た。川沿いにはフリューゲルが待ち受けていて、二人を城壁内に迎え入れる。

「おそらく戦闘開始は明日の未明になる」

 宵闇が迫るの城壁の上でギディオンは言った。山並みの下に黒い帯のようなチャンドラ軍が見える。奥にある大きな組み木は破壊槌と投石機だ。城壁を破壊するためのものである。

 それらは夜目にも威圧的に見えた。

「夜陰に乗じて何か仕掛ける可能性もある。警戒を怠るな」

 国軍守備隊長のホルバインが言った。

「は! 歩哨には十分な人数を割いてございます」

「俺の作戦は行き渡っているな」

「一兵卒に至るまで!」

「市民の様子は」

「はい。概ね落ち着いています。動ける老人や女子どもの避難は完了しました。それと街に残ると言った者も多く、多くは若者ですが彼らなりに市街戦に備えている様子で」

「そうか。しかし、自分の身は自分達で守ってもらわないとな。眠り病の人たちは?」

「彼らは避難もできないので、市庁舎の地下に集めた。付き添う家族もいる。あれから患者は出ていないのが不幸中の幸いだ」

 答えたのは城壁に登ってきたエーリンク市長だ。

「この数日で何人かだが、目覚めた者もいるようだ。術をかけた者が弱っているからだと聞いた。お嬢さんの手柄だな。私からも礼を言いますぞ、お嬢さん。いやザザどの」

 エーリンクは恐縮するザザに向かって頭を下げた。

「いえそんな。それに、まだ全部終わった訳ではないですから」

「確かに。援軍が到着するまで、少なくとも半日は持ちこたえなければ」

 エーリンクが重々しく呟く。

「士気は上がっています」

 ギディオンは空高く漂うモスを見上げて静かに答えた。

「大丈夫です」

 ただ、気がかりは──。

 重傷を負ったスーリカがどこで復活し、どのような形で戦闘に加担するか。

 その気配は魔女であるザザにしかわからない。

 スーリカの強力な攻撃魔法は、誰もその全貌を知らない。そして知らないと言うことは脅威だった。

「だが、無闇に怯えていても意味がない。不確定要素があると備えるだけで今は仕方がない。まずは第一陣の攻撃を凌ぐのだ。魔女はこの戦闘に介入する可能性は低いと思う」

「わたしもそう思います。まずは人間同士の争いになると思います。あの者は視力がかなり弱っているようでした。あのくらいの大魔女になると、視力だけに頼らないでしょうけど、昼の強い太陽光の(もと)での活動は控えるかと」

「ザザさんの仕込んだ薬は、どの程度効果があると思いますか?」

 尋ねたのはフリューゲルだ。

 例の痺れ薬は乾燥させた野菜に混ぜ、スープの具材として攻撃開始直前の糧食で、配給予定になっていた。

「はい。即効性だとすぐに気づかれてしまいますので、遅効性にしました。半刻ほどすると、手足の痺れやうまく喋れないなどの効果があります。でも、全軍が同じものを食べる訳ではないので、効果はある程度、と言ったところでしょうか」

「それでもありがたい援護です。何しろ向こうは得体の知れない魔女が潜んでいるんですから、こっちだって正攻法じゃいられない」

「わたしだって魔女ですよ、デルスさま」

「そうでした。でも、俺にはザザさんは、いまだに湖の城の食堂ですっころんで泣きそうになっていた、小さな娘さんとだとしか思えないんですよ」

「あの頃のわたしとはもう違います」

「そうだ、違う。ザザは強くなった……そして俺もそうなる」

 ギディオンは城壁と、そして街に集結した国軍守備隊を見渡した。モスが一声高く鳴く。


 この夜が明けたら(いくさ)が始まる。

 私は、ギディオンさまと一緒に戦うんだ!


 ザザはギディオンと、その肩越しに旋回する隼を見つめた。





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