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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
二章 魔女 未来に向かって
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69 魔女と城壁の戦い 2

お馬さんが傷つく描写があります。苦手な人は回避を。

 峡谷を(はやぶさ)が舞う。

 高みを飛ぶ鳥から見えるのは青い川、深い渓谷、そしてその間を縫うように進軍する兵士たちだった。

 そして軍隊の後方から少し間を開けて、民間の人間達が荷駄(にだ)を引いて付き従っていた。

 冬場で水の少ない川の音が絶え間なく聞こえる中、蟻のようにチャンドラ軍は確実に進んでいく。

 彼らはあと少しで、渓谷の入り口近くの狭まったところを通り過ぎようとしていた。

 鳥の目は高みから人間の営みを、ただ見ているだけ──。


「……っ!」

 はっとザザの顔が上がった。椅子に深く腰掛けていたので、上から覗き込んでいるギディオンの瞳と、まともにぶつかる。

「ザザ! 戻ったか! 気分は? 辛くはないか?」

「大丈夫です。私はどのくらい、こうしていたのですか?」

「ほんの一時だ。例えるなら、水から湯を沸かす間くらいかな」

 いつも通りのザザの様子に、ほっとしたギディオンだが、それでも心配そうに額に手を当てた。少し体が冷えている。

「……そうですか」

「何か見えたか? モスの目は借りれたか?」

「はい」

 ザザはもたれかかっていた背中をまっすぐに直したが、態度とは裏腹に疲労の色が見えた。隼のモスの目を借りて、山中の索敵をしていたのだ。万が一、能力を借りた動物が死にでもしたら、術者の精神にもかなりの打撃を与える危険な魔法だが、ザザはどうしても試したいと言って聞かなかったのだ。

 ギディオンは背中から毛布を巻きつけてやる。

「チャンドラ軍はもう直ぐ、谷間の一番狭いところを通ります」

「そうか! 見えたのか!」

「間違いありません」

「よし! フリューゲル!」

「は!」

 すぐさま側近が背後に立った。

「今動かせる我々の兵士は少ない。弓兵や歩兵はやり過ごし、一番精鋭の多い騎馬を壊滅させる」

「は、直ぐに指令を送ります」

 てきぱきとフリューゲルは出ていく。

「あとはどんな様子だった?」

「はい。最初のご報告通り、先発隊は約千人余りで、その少し後ろから、兵隊さんとは思えない荷駄を引き連れた人たちが百人ほど」

「ああ、おそらく糧食や予備の武器を運ぶもの達だな。兵站(へいたん)の抜かりはないという訳か。チャンドラは補給に兵士を使わないらしい……なるほど、それなら付け込めるかもしれない」

「つけ込む?」

「いや、作戦の第二陣としてだ。第一陣の攻撃は直ぐにでも始まる」

 

 いよいよ争いが始まる。

 

 ザザの身に緊張が走った。

 ギディオンの作戦はこうだ。

 谷の一番狭いところを通る軍隊に、山の両側から岩を転がして攻撃する。大きな岩は後続軍の足止めにもなる。そして、大きく隊列が乱れたところで、正面切って迎え撃つのだ。

 アントリュースに駐屯する国軍の守備隊は常に二千程度だが、今回は地形を利用して三百の兵で動く。少ない人数で動く方が気づかれずに済むし、痕跡を残さずに待ち伏せるために苦労して獣道を登ったのだ。

 チャンドラとの戦いは、これが前哨戦と言うだけで、ずっと後方には本隊が待機しているのだろう。

「東の国境軍から援軍が来るまで、なんとか持ち堪える。今頃はこちらに向かっているはずだ」

 ギディオンは立ち上がり、隊を指揮するために出て行った。ザザも後に続く。ここから谷を見下ろす峡谷の上までわずかな距離だった。

 

 いよいよ殺戮が始まる。

 怖くない、怖くなんかない!


 ザザは冬枯れの下生え踏みしめながら、大きな背中に続いた。やがて開けた高台に出る。ザザがモスの目を借りて見た、狭い峡谷の上だ。

 空にはまだモスがゆったりと舞っていた。

 ギディオンは腹這いになって、眼下をゆくチャンドラ軍を注視している。

 この辺りは樹木が少なく、下からの見晴らしもいいので、見張りが難しい地形だった。

 チャンドラ軍もアントリュースの街が壊滅状態であるという情報で、油断しているとはいえ、警戒していない訳ではない。常に斥候を放って様子を探っている。

 その意味でモスの目を借りたザザの遠目は非常に良い手段だった。

「まだだ、歩兵をやり過ごしてから……」

 下からは見えないように注意して、沢山の岩が集められている。中にはザザより大きなものもあった。これが転がって下の人間に当たればどうなるのか、ザザは想像したくなかった。

 先頭の弓兵や歩兵が無事に難所を通過して、もう安心だと思っているのか、騎馬隊には誰も顔を上げるものはいない。

「今だ、落とせ!」

 ギディオンの合図で谷の両側から、巨石が転がり落ちる。澄んだ空気がひどく濁り地鳴りのような音が谷中に響いたかと思うと、下方から大勢の悲鳴や馬の(いなな)きが湧き上がってきた。

「……」

 ここまで勇ましくギディオンについてきたザザだが、とても下を見る勇気はなかった。後ろで耳をふさいでしゃがみ込んでいるザザを見て、ギディオンは何も言わずに自分の上着をかけてやる。

「そのままでいろ。見るな。見ないでくれ」

「すっ、すみませ……」


 あんなに威勢よく大口をたたいたのに……弱虫!


 ザザは立ち上がろうとしたが、ギディオンに押しとどめられた。

「いい。無理をするな。こんなものに慣れる方が普通じゃないのだ」

「ギディオン様!」

 フリューゲルが声をかける。

「終わったか」

「はい。騎馬隊のほとんどは二度と馬に乗れません。その馬も大半は潰れるか、離散してしまいました。今は部隊の先頭に弓を射かけておりますが、後ろの壊滅状態を見て、戦意を喪失した者も出ています。間もなく決着がつきましょう」

 当然ながら弓は上から下へ攻撃する方が威力があるし、命中率も高い。チャンドラの先発隊の歩兵、弓兵は戦う前に負けたのだ。

「そうか。緒戦としてはうまくいったな。敵とは言え、けが人には応急手当てを。助からないものは楽にしてやれ」

 楽にする、その言葉の意味は明白だった。ザザの白い顔が一層白くなった。

「捕虜は……北の窪地に集めろ。そこなら逃亡もできないし、見張りも最少人数で済む。食糧は最低限分けてやれ」

「はい。完全に無事なのは、列の最後尾にいた兵站(へいたん)を担う平民どもですが、どうしますか? 逃げたものもいるようですが」

「放置せよ。荷駄は貰っておけ」

「は。伝令!」

 既に戦いの事後処理が行われているのだ。

「第二陣が来るのは、早くて明日か……ザザ、魔女は姿を見せるだろうか?」

「は、はい。あの者は先日、フリューゲルさまによって重傷を負わされました。いくら癒術(いじゅつ)()けていようと、あの大怪我を治すには数日かかると思われます。大きな魔法は体力も要るのです。明日はまだ無理かと」

「そうか。疲れているだろうにすまないが、俺と一緒にもう一働きしてくれないか? ザザ」

「もちろんです」

 自分でも役に立つ任務と期待し、ザザは意気込んだ。

「なにを致しますか?」

「そうだな……、とりあえず、俺と夫婦になってくれ」

 




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