64 魔女と大魔女 1
「これは驚きじゃ。私の他にまだ魔女が生き残っていたのかえ? 久しぶりの同朋との邂逅じゃ」
女は背が高く、痩せていたが美しい曲線を持っていた。長い黒髪が体にまとわりつくように揺れている。
顔は魔力で隠しているのか、首の上だけ靄がかかったようになっていて、はっきりしない。しかし、体から発せられる力は、波動といっていいほどに強かった。
「……ふむ。とるに足らぬ気配のようじゃな。これ、出てこぬか、小娘」
その声は厳しくはあったが、意外にも冷酷ではないようだった。ザザを敵とみなしていないのかもしれない。
「出てまいれ」
ザザはそのつつましい性格ゆえか、気配を隠すのが得意だ。今まで自分で隠れようと決めたら、誰かに見つかったことはない。しかし、そんなザザのわずかな気配もスーリカは感じ取ったようだ。
「ここです」
ザザは腹を括って隠れていた灌木の茂みから出た。
石を軽く投げたら届くところに大魔女が立っている。空の黒を背景に、黒いドレスを全身に巻き付けてやや前屈みの異様な姿だ。
対してザザはいつもの古ぼけた黒い服の上に、フード付きの黒い外套を羽織る普通の魔女の服装だったが、この女の前ではいかにも平凡に見えた。
「そなた……小さいの。名は何という?」
「ザザです」
ザザは曇った鏡に映ったような顔に向かって言った。
「妾はスーリカじゃ」
女がそう言ったとたん、顔の周りの靄が晴れていく。
「……」
現れたのは、狂おしいまでに美しい顔。青白い肌に赤い唇がくっきりと浮かび上がっていた。瞳は大きくて、虹彩も瞳孔も真っ黒で表情がない。
それは多くの毒を含んでいて、ザザにはただただ恐ろしく見えた。しかし、不思議と怯む気持ちは起きなかった。
「若いの……もっとも若く見せるのは、我らの定石だから見た目通りとはいかんか……いくつじゃ」
「二十年生きました」
「なんとな。小娘と思っていたら、本物の小娘ではないか。ほんに珍しや。妾が眠る前には、魔女はもう生まれなくなっていたに。生きている者も多くは殺されたしな。いやこれは興味深し。血は残っていたのじゃな。そなたの他にもまだおるか?」
「いいえ、母も師匠もなくなりました。多分、私が最後の魔女です」
「そなたと妾が、であろうな。最後の生き残りじゃ……切ないのう」
おそらくスーリカ自身は百年以上生きていると思われたが、ザザには尋ねる勇気がない。しかし、意外にもよく喋るので、もしかしたらこれが、この女が本来持っている性質なのかもしれなかった。
よかった。少し緊張がほぐれてきた。
だけど、いつまでも悠長に世間話をしている訳にもいかない。
「魔女スーリカ。魔女ザザがあなたに尋ねます」
「なんじゃえ?」
「下の街に眠りの呪いを撒いたのはあなたですか?」
スーリカは目を大きくした。瞳孔が見えないのにきつい眼差しだ。
「……そうじゃ。妾がやった。妾が、大気に呪いを含ませ、吹き下ろしたのじゃ」
「どうしてそんな事をするのですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
スーリカは逆に尋ね返した。
「そなたに何の関係があるのじゃ」
「街の人が困ってます。そして私のあるじも困っているからです」
「ほう、そなたの主がのう……それでそなたは何とかしようとしてここに来た訳か」
スーリカは心得顔で頷いた。同じ魔女として主の持つ意味はわかるのだろう。
「そうです。街は十分傷つき、人々は苦しんでいます。もうこれ以上、呪いの風を吹かすのは、どうかおやめください」
ザザは片足を大きく引いて深く腰を曲げた。魔女の最深礼である。
「……聞けぬなぁ。残念ながら」
しばらく間をおいてスーリカが答える。
「……理由は?」
「古王国が憎いからだ。かの国に我が手で少しでも痛手を与えてやろうと思っている。まずはあの街からじゃ」
スーリカは細く長い指でアントリュースの街を指した。
「なぜ、憎いのです?」
「たんと尋ねる小娘じゃ。だが、教えてやろう。そなたは久しぶりに会うた同胞じゃ」
スーリカは額に落ちかかる黒髪を無造作に払った。その額は白く、今はなんの印も現れていない。
「妾が古王国を憎む理由はただ一つ……かつてかの国は我が主を我が元から奪ったのじゃ」
ザザは目を見張った。
「奪った? 殺されたということですか?」
「いいや、奪った」
魔女が主を奪われるとはどういうことなのか、ザザにはわからなかった。
「憎しや、憎し。王国も、あの女も!」
スーリカの昔語が始まる。