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【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!  作者: 文野さと
一章 魔女 扉をあける
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 5 魔女と騎士 5

ギディオンの一人称は普段は「俺」です。公式の場や、主君の前では「私」。


 ()ぎ払われたという自覚もないまま、ザザは宙を飛んで椅子にぶつかった。フェリアの悲鳴や、家具が倒れる音がやけに大きく聞こえる。

「お、おいっ!」

 ギディオンが慌てて駆け寄った。

「俺は! すまん、大丈夫か⁉︎」

「……」

 ザザは天井と、自分を覗き込む心配そうな青い目を見ていた。

「払いのけるだけのつもりだった。こんなに軽いとは思わなかったんだ。ここまでするつもりは……申し訳ない」

「へいき、です」

 差し伸べられたギディオンの腕が触れぬように、ザザはひっくり返ったまま後退(あとじ)さった。

「ギディオン! ちょっとあなた、なんてことするのよ! ザザ、大丈夫?」

「フェリア様」

 ギディオンは重々しく女主の名前を呼んだ。こんな声を出す時のギディオンには従わないといけないと、フェリアは知っている。

「な、なによ」

「申し訳ありません。ほんのしばらくの間、外に出ていてください。扉を薄く開け(ひさし)の下にいて、決して遠くに行かれないように。ハーレイもいますし、彼が守ってくれるでしょう」

「……わかったわよ。でもザザをいじめるのはやめてちょうだい」

「いじめません。今のは完全に私の誤りです」


 フェリアが出て行った途端、ひっくり返ったままのザザは力強い腕に助け起こされた。

「怪我はないか? 本当にすまなかった」

「大丈夫です」

 ザザはギディオンを安心させるために、腕をぶんぶん振ってみせる。それを見て彼は少し緊張を解いたようだった。

「それでな……さっき俺は思ったんだが、ザザ、お前はまさか……」

 ギディオンがその先を言い(よど)む。

「いや、しかしそんな。()()はもう……この国にはいなくなったはず……」

「私は魔女です」

 ザザは彼の言わんとすることを察して静かに言った。ギディオンの青い目が見開かれる。

「魔女」

「はい。魔女です。私は魔女のザザです」

「……まだ、生き残っていたのか」

 そういうとギディオンは、握ったままのザザの腕を放すと、前髪を払って額を露わにする。そこには輝きが失せ始めている不思議な紋様があった。

「そうか……これが魔女の印といわれるものか」

「はい」

「魔力を何のために使った?」

「泉では、風で水を抑えるため。今はフェリアさまの痛みを和らげるために使いました。それと傷跡が残らないようにと」

「そうか……それが本当なら、良い目的のためということになるな」

「……」

「お前に悪意がないことくらいは俺にもわかる。だが、魔力とは忌むべきものだ。お前はどの程度の魔法が使えるのか? 正直に答えなさい」

「風を少し呼べるのと、病や怪我を癒すくらいです。師匠のドルカはおそらく最底辺の水準だろうと」

「最底辺」

 ギディオンは力が抜けたように言った。

 だが、彼はまだ、すっかり警戒を解いたわけではないだろう。自分はこの人の信用を得るには程遠い。ザザにはそれがよくわかった。

「でも、わたしは師匠の他に魔女を知らないので、それが正しいかどうかはわかりません」

「師匠とやらは亡くなったのか」

「はい。二年前に」

「家の周辺には墓らしきものはなかったが」

「魔女に墓はありません」

 ザザはなんでもないことのように言った。

「……お師匠は強い魔女だったのか?」

「強いということがどんなことなのか、わたしにはよくわかりません。ですが、少なくともわたしにできないことがおできになりました」

「例えば?」

「地面を歩いて水脈のあるところがわかったり、水を氷にしたり、です。師匠は水の印の魔女だったので」

 ザザは質問にすらすら答えることができて嬉しく思った。自分は役に立てていると思ったからだ。しかし、ギディオンはそんなザザを見て、ますます難しい顔になった。

「いいか、ザザ。この国では……というか、現在大陸にあるほとんどの国ではな」

「はい」

「魔女など、とうに忘れ去られた存在なのだ。それも夜を好む恐ろしい女、(いと)わしい存在として、闇の歴史だと人々は思っている」

「はい、そう聞いています」

 ザザは頷いた。

 それについては辺境での旅で、いやというほど思い知らされてきた。

 どこにいても自分たちは嫌われ、目的を果たせば追われるように村を出た。

「竜や魔族は何百年も前に滅んだ。ただの伝説だ。魔女も同じだと……ついさっきまでそう思っていた。それがなぁ……」

 太いため息とともにギディオンはザザから目をそらして、狭い部屋を歩き回った。

 椅子が転がっている。それはさっき、ザザを払いのけたせいでひっくり返ったものだ。彼は腕を伸ばしてひょいと元に戻した。指先で簡単に持ち上げられるほど、小さく粗末な椅子だった。

「いったいどうしたものか」

 ギディオンは頭を抱えてその椅子に座った。

 異端者として役人に突き出せば、牢につながれるかもしれない。下手をすれば裁判抜きで処刑という可能性もある。

 パージェス古王国の内乱時代にはそんな事実もあったのだ。

「……あの」

 ギディオンがのろのろと顔をあげる。

「……なんだ」

「わたしは、あなたさまのお役に立ちたいです。どうかご命令をください」

 その言葉を口にした瞬間、ザザは自分に驚いていた。初めて望みが心から(こぼ)れ落ちた。こんなことは初めてだった。

 どうしても言わずにはおれなかった。

「……だからな、ザザ。魔女などもう誰もあてにしてやせん。魔力など、あってはならない前時代の悪しき遺物なのだ」

「……」

「それにはっきり言って、俺は魔力など信用していない。というか、嫌いだ」

「それでも命じてください。お役に立ちたいです。どんな小さなことでも」

「お前のような痩せっぽちの小娘に命令を下さねばならないほど、俺は落ちぶれてはおらん。隊に戻れば部下もいる。それにお前はここで暮らしているのだろう? 我々はすぐにでも王都に帰るのだし」

「ついて行ってはだめですか?」

 ザザは一生懸命に言った。ここであきらめてはいけない。胸の前で組み合わせた手がぶるぶると震えた。

 ザザは。

「なんだと?」

「わたしは、あなたについて行きたいの、です」


 行きたい。

 ついて行きたい。どうしても。 


 ザザには最初から、いや、出会う前からわかっていたのだ。

「あるじさま」

 (あるじ)

 それは魔女にとって幸せと同義だった。






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